森の妖精と獣人

  姿を現した森の妖精は品位と存在感を有した口ひげを蓄えていたのだ。


  その姿を見たアムは大笑いしていた。


  「ウラたんを笑うんじゃないにゃ~!」


  ポーズを決める森の妖精のかたわらから回転して飛んできた何かが、目の前で手足を伸ばして俺に蹴りを入れた。


  「な、なんだ?!」


  顎を押さえながらその何かに目をやると、俺を蹴り飛ばした反動でもう一度くるくる回り、森の妖精の隣に着地してポーズを決める。


  その何かは森の妖精の半分ほどの背丈の小さな獣人だ。


  「初対面でいきなり笑うとは失礼な奴だにゃ」


  「笑ったのは俺じゃなくてアムだろう」


  と言い返すと、


  「ぼくは女性に手は上げない主義にゃ」


  「今のは足だけどな」


  「申し訳ない、あまりのことだったので。大変失礼した」


  ひとしきり笑ったアムは涙目になりながら謝罪する。


  口ヒゲを蓄えた森の妖精の少女、そして全身に毛を生やした人語を語る珍獣。確かにこの組み合わせで人前に出ても信用を得られないのもしかたない。


  「こちらこそ姿を見せなかったことを謝罪いたします。あらためまして、わたしはこの森に住まう妖精、ウラ=マスータシュ=カイゼイルと申します。ウラと呼んでください」


  丁寧に頭を下げて自己紹介したウラは、そっと目線だけ上げて何かを期待するような笑い目で俺たちを見た。


  「で、どうだったでしょうか?」


  「ん?」


  「登場したときのわたしの舞ですよ~。会心の振り付けだったんですけど」


  「あ、あぁ言葉を失うほどのとても素晴らしい舞だったよ」


  というアムの感想を聞くと、


  「ムフッ」


  目元口元をほころばせた。


  「やった~、ハムにゃんの作戦大成功だ」


  と手を繋いで喜ぶ。


  『どういうこと?』


  「わたしたちの姿を見ると驚いたり敵視したりと話しすら聞いてもらえないのです。なので、華麗な舞で登場するのはどうかというハムにゃんの提案を受けてずっと練習していたのです。わたしは踊りが得意な方なので上手くいくかなと思い頑張っていました」


  「はぁ、そうですか……」


  過度で陳腐な演出はさておき、華麗な舞に魅入られた部分もあるにはあったが、最終的にはヒゲの存在が全てを打ち消してしまった。


  「わたしはアムサリア=クルーシルク。彼はラグナ=ストローグだ」


  ウラは笑顔で丁寧に頭を下げる。


  俺はアムの横に進み出て小声で話した。


  「あの姿はもしかして」


  俺の考えを察してアムもうなづく。


  「大体の事情はわかった。確かにその姿では街の人に話しを聞いてもらえないのも無理はないかもしれないな。笑ってしまったことを詫びよう」


  「その姿?」


  「その、あれだ。ウラのヒゲや隣の子の姿は魔女の呪いによるものなのだろ?」


  アムは少し言葉を詰まらせながら遠慮がちに言う。


  俺たちは昨日、魔女の呪いにかかった人に遭遇した。獣のごとき体毛とするどい爪を持つ人ならざる者に変貌していたのだ。


  幸いにも解呪を成功させることができ元に戻すことができたが、今も多くの人々が呪いに苦しんでいる。


  だがウラは、「このヒゲは付けヒゲです」と外して見せた。


  「ナニ?!」


  アムもその事実に固まる。


  俺たちは隣に立つ小さな獣人に目をやると、


  「ぼくは生まれてからずっとこの姿にゃ」


  なんの抑揚のない言葉が返された。


  「大昔にわたしの可憐な姿に魅入られた者がいたことによって、悲しい出来事がありました。もう二度とそのようなことが起こらないように自らの美を封印しているのです」


  「ヒゲを付けたくらいでウラたんの可愛さは抑えきれないにゃー!」


  「ダメだよハムにゃん。あの誓いを忘れたの? わたしもハムにゃんをモフモフするのは年に一度だけと戒めてるのだから!」


  もはやこの件に関しては言葉もない。


  ふたりのペースに付いて行けない俺は呆然とそのやりとりを見ていることしかできなかった。


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