研究施設
翌朝、まだ薄暗い時間にゼンマイ式の目覚ましがカタカタと鳴った。
眠りの世界から呼び戻されると、すぐにここが旅先のウォーラルンドの街だと思い出す。その街の英雄によって案内された人の家に泊めてもらったのだった。
寝返って隣を見るとすでにアムは起きており、リンカーだけが部屋の隅に立てかけられていた。
「リンカー、アムはいつ起きたんだ?」
『おまえが起きる三十分前には起きたぞ、寝坊助』
部屋壁の時計は4時20分を指している。
5時に出発予定だから確かにちょっと寝坊だ。安物のゼンマイ式の目覚ましは、細かく正確に設定できないが、野宿するような旅ならそれでも十分だった。
ゆっくり背伸びをして体をほぐし、着替えて荷物を整えると『おれも連れてけ』というリンカーを無視して階段を降りた。
下の部屋からは音と明かりが漏れていて、数人の気配があった。
「おはようございまーす」
「おはよう」
「おはようさん」
「おはよ」
「おはようございます」
力ない俺の挨拶に元気な挨拶が四つ返ってきた。
「みんな早いなぁ」
「おれたちはいつもこれくらいに起きてるんだ」
ブラチャは腕組みで自慢げに答えた。
「朝練はわたしたちの日課なんです」
シエスタも当然ですというように澄まし顔で答える。
「今しがた軽く稽古で汗を流してきたところだ」
「アムさんはまったく汗なんてかかなかったようですけどね」
「ほんとだよ、アムさんめちゃめちゃ強いのな。ヘルトが英雄と認めるだけはあるよ。でもヘルトには及ばないけどな」
「キミらもたちも大したもんだ。ヘルトの弟子というだけのことはある。だが、わたしの弟子のラグナにはまだまだ及ばないがな」
いつから俺はアムの弟子になったのか?
「ヘルトの弟子の俺が負けるかっ」
それぞれの英雄の弟子ということで競争心をかき立てたようだ。
「どっちが強いかは今度決めるとして、今は食べっぷりで勝負したらどうだい」
と、ワイフルさんがとんでもない大皿を三つ食卓に並べる。
「これは美味しそうだ。この闘いは負けられない」
弟子ではなく、なぜか師匠のアムが参戦をほのめかす。
「じゃぁみんな座って」
昨日の晩を上回る豪勢な朝食となり、ブラチャとシエスタに負けじと俺たちは遠慮なく料理をむさぼった。
15分とかからず三つの大皿をきれいに食べつくし、食後に出てきたデザートとお茶もありがたく頂く。
食事を終えるとすぐに荷物を背負い、改めてワイフルさんに丁寧にお礼を伝えた。
「用事が終わったらまたよっとくれよ」
「はい、施設跡はそんなに遠くないようだから昼過ぎには戻ってくるつもりです」
九分目を超えるほど腹いっぱい食べた俺は食休みも取らぬまま出発となった。
「食べすぎた……」
「腹八分目にしとかないからだぞ」
俺とそう変わらない量を食べていた気がするが、きっちり八分目で済ませたのだろう。
「さすがは元聖闘女、体調管理は万全か」
微笑を浮かべ身をひるがえしたアムはスタスタと歩き出す。
「けぷっ」
「…………」
聞こえなかったことにした。
「では行ってきます」
「ラグナさん気を付けてくださいね」
「ありがとう」
心配げなシエスタに笑顔で応える。
「シエスタたちも妖魔に気を付けろ」
「大丈夫だよ、昼間は妖魔はそれほど活発じゃないし、なによりおれたち強いから」
「ホントにブラチャたちは強いぞ。ブラチャとシエスタのふたりならラグナといい勝負するだろう」
と、なぜかアムが競争心をあらわにする。
「よーし、じゃぁラグナさんが帰ったら模擬戦やろうぜ」
「いいだろう、受けて立とう」
「おいおい」
なぜか当事者を差し置いて約束が交わされた。
俺とアムは三人に手を振って研究施設跡に向かって歩き出す。そして、歩くこと十五分、北の街門に到着した俺たちに、門番が気付いて監視台から降りて来た。
「君らがヘルトの言っていたアムさんとラグナ君だな」
「はい」
「話しは聞いている」
門番の人は手に持っていたバインダーから折りたたまれた紙を出して広げた。
「研究施設の跡地は門を出て少し西よりのこの辺りにあったらしい。途中までは森林道を通り、東にそれるこの辺りから西の森に入って行くのが良いだろう。北の森は聖霊仙人が住むと言われているから開拓されていないので、木々は深く森林道も整備されていない。当然聖霊仙人のいらっしゃる場所もわかっていない」
おそらくヘルトが昨夜のうちに手配してくれていたのだろう。門番は俺たちに何を言われるでもなくテキパキと説明してくれた。
「森は深く探索も困難だろうけど、獣自体は極端に少ない。出会う心配はないだろうと言っても良いくらいだが気を付けて行ってくれ。君らは魔女との闘いの貴重な戦力らしいからな」
「ありがとうございます」
過剰な期待の大半はアムである。少なくとも今の俺にはアムに比肩するような力は出せない。本来の力さえ発揮できれば……。
北の街門から5分もしないところに森林道の入り口があった。
地図の通りに三キロほど北上して行く。
森林道に一歩踏み入れたアムはそこで足を止める。
「なるほど、そういうことか」
ぼそりとアムが言う。
「どうしたんだ?」
「しかたない、押し入る」
そして、不自然に力の入った二歩目を踏み出した。そのままずんずんと進んでいく。
「おい、ちょっと待てよ」
俺も慌てて森林道に入るがすぐ前を歩くアムが急激に遠ざかっていくような感覚に襲われた。いや、実際すぐそこに居いるようで目の前に進んでいくアムの気配が薄くなっていく。
先を行くアムは足を止めると俺の方に振り返り、何かしゃべっているようだが良く聞こえない。
「なんだって?」
アムはリンカーを抜剣して地面に突き立てて何かを叫んだ。
ふぉっという風が耳元に流れたあとに薄っすらとした膜のような何かを吹き飛ばすと、アムの姿が消えた。
「アム、どこだ?」
周りをキョロキョロと見渡すと俺がいる道から分かれた細い獣道にアムが立っていた。
不思議に思いながら道を戻りアムのそばに駆け寄る俺に、彼女は説明してくれた。
「この森には法術が施されていたんだ」
「俺たちの国の周りの山や森にかかってる法術と同じものか?」
「うむ」
俺たちの住むイーステンド王国は領土外からの獣の侵入を極力抑えるために、領土を囲む山や森に法術結界をかけられている。
正規のルート、つまり森林道や山道以外で領土内に入るのは困難になっているのだ。
「地図の通り北上しているつもりでも北東に向かっているわけだ。木々が深く太陽もさえぎられてしまっているから方角も正確にわからない。一本道でしっかり整備された森林道を歩くのにクランが持たせてくれたような方角がわかる道具をわざわざ使う者もいないだろう」
「こんなことまでして森に入れないようにするってことは」
森の中に入れたくない理由や遠ざけたい何かがある。
「おそらく、発見されていない研究施設か聖霊仙人の住まいがあるはずだ」
俺は荷物からお母さんに渡された道具を出して方角を確認した。
「この道は北北西に向かっている」
アムもそれを覗き込む。
「行こう」
俺たちは方角を確認しつつ森の中を進んだ。
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