宿泊

  食事を終えたヘルトは明日の作戦に向けてやることがあるため、いそいそと帰り支度を始めた。ヘルトが帰ることをひどく悲しむブラチャとシエスタと一緒に、彼を見送るために玄関を出る。


  「では、わたしたちは早朝から北の森の探索に入る。夕方には戻ってくるようにするからグラチェのこと、よろしく頼む」


  「わかった。魔女の件は何かあればすぐに伝令兵を走らせるし、信号弾を上げるようにする」


  俺たちはヘルトと握手を交わした。


  「ワイフルさんごちそうさま。シエスタ、ブラチャ、明日も変わらず訓練をこなすんだぞ」


  「わかってるって、おれたちはサボったことなんて一回もないよ」


  さも当然のようにヘルトの言葉を受け止めて落ち着いた返答するブラチャ。きっと本当にサボったことなどないのだろう。


  彼らには子どもっぽさの中に鍛えられた精神の強さを感じる。こんな子どもが前線にでることがないように力添えしなければならない。


  馬車に乗ったヘルトを見送ってから家に入るとワイフルさんが俺たちを部屋に案内した。


  「今夜はこの部屋を使っておくれ」


  ドアを開けて俺たちが何かを言う前に背中を押して部屋に押し込んだ。


  「ふたり別々の部屋がいいなんて贅沢なことは言わないよね?」


  と、にこりと笑う。


  「は……い」


  素直に返事をするしかない。


  「すぐにお風呂が沸くからシエスタと一緒にアムさんから入りな」


  そう言って階段を下りていった。


  荷物を整理しながら少し硬くなった空気をほぐそうと言葉を発する。


  「まぁ、再会してから数日間は寝食をともにしていたしなな」


  「寝はともかく食はともにできなかったこともあったがな」


  「……」


  皮肉のこもった言葉が返ってきた。


  それが一緒の部屋のことに対するものか、食のことに対するものかは判断しかねるが聞き返せない。


  『おまえは外で寝ろ』


  ぼそっと言葉を発するリンカーに振り向いて睨むと、


  「肌寒くなってきたこの季節に外で寝かせるのはさすがにかわいそうだろ。せっかくの好意で泊めてもらえるんだからゆっくり休ませてやろう」


  アムの優しげな言葉にホッと息を吐く。


  「その代わり、旅路での食事はもう少し頑張ってもらおう」


  と、声から感じ取れるものは、出会ってから今日までのアムに負けず劣らずの意志が込められており、それを受け流す精神力が俺にはなかった。


  「頑張るよ」

 

 

 

  俺が風呂から出て部屋に戻るとアムが布団を敷いていた。


  「ワイフルさんが朝食を用意してくれるって?」


  「五時には家を出るつもりだと伝えたのにそれは逆に気をつかわせてしまったようだ」


  明日の準備を整えてふたりして布団に入ると、アムは大きく息を吸い込んだ。そして、


  「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


  大きな声とともに息を吐きだした。


  「どうしたんだ?!」


  「ずっと今日一日のことや明日以降のことを考えていたんだ。そのストレスを一気に吐き出してみた」


  数時間の短い時間の間に起こった出来事に俺たちはほとんど流されるままにここに居る。


  大まかな話しは聞いたが自分たちの考えでここに至っていないので、どうにも地に足が付いていない感じが不安をあおる。


  街の中心では今にも恐ろしい魔女が復活するかもしれないのに実感がない。なのに、この街の人たちは逃げ出すこともしない。今夜ここで寝て安全なのか? とも思う。


  「俺もモヤモヤとしたストレスがあるんだ。下手をすれば明日には街が……」


  「よし、寝よう!」


  俺がストレスを吐き出そうと話し始めると、唐突に話を区切られてしまった。


  「そんなことは明日起きてから考えればいいさ」


  「おいおい、アムがストレスがって言ったから俺もちょっと吐き出そうってなったのに」


  「だから私は一気に吐き出したからもう大丈夫だ」


  さっきのでっかい溜息みたいなので全部出し切ったらしい。なんと単純で割り切った思考だ。この切り替えの早さがアムの精神的強さのひとつなのだろうか。


  時間があると無駄に考え過ぎてしまうのが俺の悪いところだ。疲れていて考えがまとまらない。今夜はゆっくり休むことにしよう。


  「そうか、なら明日起きたら聞いてくれ」


  だが、その言葉に返ってくるものはなく、小さな寝息が部屋の中を静かに流れていた。


  アムの言う通り明日のことは明日考えよう。数日ぶりの柔らかな布団は入眠を強く促し、俺もすぐに眠りへと落ちていった。


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