融和

  「やぁふたりとも、さっきは堅苦しい場で息苦しかったろ?」


  「いえ、ちょっと長旅で疲れていただけです。ヘルトさんに気にしてもらうほどのことじゃないですよ」


  「そんなにかしこまらないでくれ、ヘルトでいいよ」


 大部隊のリーダーで街の英雄だという彼から感じるものは、その立場と肩書とは裏腹になんとも居心地の良い雰囲気だった。


  「そうですか、じゃぁヘルト、俺はラグナです。そんで彼女はアム、英雄アムサリアの後継者です」


  年上の英雄といういろいろ立場が上の彼を呼び捨てにするというのは少々気恥ずかしさがある。確かアムと再会したときも同じようなことを感じたなと、ひと月ほど前を思い返した。


  「イーステンド王国の英雄、破壊魔獣エイザーグを倒して国を救った聖闘女に興味があるんだ。行商から手に入れた書物で少しばかり知ってるけど、英雄の娘である後継者の君ならもっと詳しく知っているだろ?」


  魔女のことで大変なときとは思えない屈託のない笑顔でそう言われ、俺とアムは顔を見合わせる。


  「わたしたちも魔女のことについてあなたに話を聞こうと思っていたんだ」


  「それなら丁度いい、この先のベンチで話そう」


  俺たちはヘルトの後ろに付いて薄暗がりの遊歩道を歩いた。


  恐るべき魔女の復活が目前とは思えない静かな夜の広場を月明りが優しく照らす。


  ふたつの並べられたベンチに向かい合わせに座ると、ヘルトは腰のポーチから袋に入った何かを出して俺たちに投げた。


  「この街の名産のひとつのカリパンだ。腹減ってるだろ?」


  そういえば早昼で干し肉と木の実を食べて以来食べていなかった。今は十九時になろうかという頃だろうか。


  「ありがとう」


  ふたりでヘルトに礼を言って袋からカリパンというものを取り出す。拳ほどの大きさで表面がデコボコしていて硬い。俺は大口でかぶりつくとサクッとした歯ごたえの表面とは対照的に中はフワッとした触感だった。餡子が練り込まれているようで、適度な甘さが丁度いい。アムも俺に続いてカリパンにかぶりついた。


  ヘルトはそれを見て腰にぶら下げた水筒から温かいお茶を注ぎ俺たちに差し出す。


  風が少しばかり肌寒さを感じさせる季節になったので、温かいお茶がよりありがたみを感じさせた。


  忘れていた空腹感を思い出し、それを満たした俺たちは、ヘルトの要望に応えて聖闘女と破壊魔獣の闘いの史実を語って聞かせた。もちろんアムの復活やエイザーグの正体、俺の転生のことなど以外ではあるが。


  「うーん、話を聞いただけでその闘いの臨場感が伝わってくるのは、君たちの親が実際に闘っていたからなのだろうな」


  「そうかもしれませんね」


  乾いた笑いでそう返す。

  親がエイザーグと闘ったことは事実だが、アムと俺が当事者であるということは伏せておくのが賢明だろう。


  俺たちが驚いたことだが会話の中で登場したクレイバーおじさんをヘルトは知っているという。なんと、ヘルトたち守人貴族の闘士たちが振るう法具はクレイバーメイドだというのだ。クレイバーさんが聖都を往復する際に何度も立ち寄るうちに知合い、魔女や妖魔に興味を持ったクレイバーさんがその情報と引き換えに作ったのだそうだ。


  聖闘女と破壊魔獣の物語のあとは互いの法具の話しで盛り上がった。


  闘刃リンガーに非常に興味を持ち、アムがヘルトに手渡して見せる。リンカーを手にしたヘルトがそのランクの高さと見通せない潜在能力に素直に絶賛すると、最初はギャーギャーと嫌がって文句を言っていたリンカーも気分を良くしたのかまんざらでもなさそうだった。


  「あれ? でもなんで失われた闘刃が今ここにあるんだい? クレイバーさんが複製したのかい?」


  『ばかやろー、その目は節穴か。このおれが複製されたバッタもんなわけねぇだろ! 闘刃リンカー様はこの世でただひとつのアムだけの生きた法具だぜ』


  聞こえるはずもないリンカーの抗議の声を部分的に伏せてヘルトに伝えると、ヘルトは複製品と言ったことを素直に謝った。

 

アムは蒼天至光の中に残されていたリンカーがクリア・ハートに宿ったのだと説明した。


  「なるほど、どれも信じがたい出来事だけどそれが史実なんだね。それで最強の法具である奇跡の闘刃リンカーと一緒に生まれたっていう奇跡の鎧のラディアは今どこに?」


  もしかしたら突っ込まれるかもと思ってはいたが、どう返したらいいかまでは決めていなかったので俺は言葉を詰まらせた。


  「奇跡の鎧はな……」


  一瞬躊躇した俺に代わってアムが答えを返した。


  「ラグナに譲ったんだ」


  「ラグナ君に?」


  「でも、そんな大荷物は持ってなかったようだけど、イーステンドの自宅に飾ってあるのかい?」


  その言葉に便乗して「そうです」と言おうとしたところ、アムは俺の胸を指さしてこう言った。


  「奇跡の鎧は今、彼の中だ」


  あまりに正直な答えに俺は驚く。


  「どうせ闘いになれば嫌でも使うことになるんだ。隠す意味もないだろ」


  ヘルトは驚きと疑問と興味の表情を順番に浮かべるが、その表情を読み取った俺はヘルトが次に発する言葉を察して彼に言った。


  「見せてあげたいのだけど、残念なことに奇跡の鎧を自分の意思で出すことはできないんだ」


  もともと自分の体だったはずなのに、自分の意思で装着できないという不便を強いられている。アムの半身を取り返す闘いのあとで鎧が現れたのは、この街に来る前に立ち寄った里の事件を解決する闘いの一度だけだった。


  素直な性格のヘルトが素直に残念そうな顔をするのが逆に申しわけなく思うが、できないものはどうしようもない。


  「そう残念な顔をしないでくれ。妖魔との闘いで必要になればきっと現れるさ」


  「そう願いたいよ」


  俺も苦笑いしながら答えた。


  「よし今度は僕が魔女について話す番だな」


  空になったコップにお茶を注ぎヘルトは魔女の物語を話した。その内容はクレイバーさんの手紙に書いてあったことと同じだが、もう少し詳しいものだった。

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