悩み
天幕を出ると外はまだ忙しそうに焦り顔の人々が動き回っている。
俺たちがテントから出てきたのを確認したグラチェは、自分に群がって遊んでいた子どもたちに挨拶するように頭を擦り寄せ、ゆっくり立ち上がると後を付いてきた。
その喧騒から離れてタカさんに教えてもらった広場に着く。広場には大きな池があり、その周りを囲むように木々が茂った遊歩道があった。その遊歩道を歩き始めるとテントに居たときから言葉少なく小さくなっていたアムが口を開く。
「なぁラグナ」
そう呼ばれてずっと手を握っていたことに気が付いて慌てて手を離した。
「ごめん」
「謝るのはわたしの方だよ」
その言葉を別の意味で受け取ったのか、アムは謝り返してくる。
「わたしは大変なことをしてしまったようだ」
「あれは仕方ない、アムは悪くない。襲ってきた彼らが悪いんだ。正当防衛ってやつだよ」
落ち込むアムを慰めようと慣れない擁護言葉を早口に並べる。
『そうだぜアム、先に手を出してきたのは奴らの方なんだから気にすることないぜ』
どんな時でもアムの味方のリンカーは俺を否定することなくアムを慰める。
「ふたりともありがとう。ただ、
「それは力の源である心力の質が正反対になったからじゃないのか?」
聖闘女と呼ばれたアムの力は本来輝力側だったわけだが、破壊魔獣エイザーグだった半心半魂と蒼天至光の中で邪念の浄化で陰力にまみれていたもう半魂がひとつに戻ったことで、アムの7割5分は陰力の極限と化してしまった。さらに言えばアムの中にはイーステンド王国に住む多くの民の邪念が宿っているという。そんな状態で負の感情の欠片も見せないアムは、ある意味人外の存在だと言えるだろう。
その片鱗としてアムの存在は高密度の陰力が肉体と結びついて構成されているらしい。普段はその力が体外に発せられないように内側に抑えているが、先刻襲ってきた法術士のように上級の者にはその内に秘めた邪念や陰力を感じ取ることができてしまう。
「あのとき放った法技は陰圧は抑えたものの思ったよりも規模が大きかった。傭兵や兵士さえどうにかすればあの場から逃げられると思ったんだが、後方の法術士どころか
二十年前のアムは、国が誇る十大勇闘士とそう大差ない強さだった。だが、聖闘女の持つ極大の輝力は魔獣のように悪しき者に対して大きな優位性を持ち、アムと一緒に闘う奇跡の武具の力を合わせれば並ぶ者はいなかっただろう。だが、今のアムの力はその頃を大きく上回っている。自らの命を削るような禁断の秘術によって神聖法術を繰り出し破壊魔獣を圧倒した限定条件で得たときの強さに勝るとも劣らない。ただし、神聖力とは正反対の暗黒力ではあるが。
「魔女の封印を阻害してしまった詫びのつもりで意気揚々と魔女退治などと思っていたが、その考えも甘かったかもしれん」
「魔女の呪いか?」
俺もエイザーグほどの脅威なんてそうそうあるわけないと高を括っていたのだけど、呪いによって異形な姿となった人を見て、この魔女という存在は強さとは別の脅威を感じたのだった。
「そうだな、魔女の呪いはやかいだ。それに英雄ヘルトだが」
夜風が吹いてぶるりと小さく身を震わせたアムを見て背負ったリュックに小さくして結んであったフード付きのケープを広げてアムの肩にかけた。
「ありがとう」
ケープの掴んで体を包むように抱き込みながらアムは話しを続ける。
「英雄ヘルト、彼は強い。英雄の名に恥じない実力を持っている」
「会っただけでそんなことがわかるのか?」
実力者は相手の強さを量る技量が高いが、逆にその強さを隠す能力も高い。確かにあのテントに居た英雄ヘルトとサウスさん、その兄ノーツさんの実力は高いとは感じていたが、アムが言うほどの強さと感じてはいなかった。
「技術面まではわからないがな。タウザンクラスであることは間違いない」
ヘルトに対するアムの評価を聞いて息を呑んだ。今のお父さんが全盛期ほどではないとしてもイーステンドで十指には入るであろうと思っている。そのお父さんに匹敵するかそれ以上だとアムに言われて、俺の中の英雄ヘルトの株が急上昇した。
「英雄ヘルトと彼が率いるノーツ殿とサウス殿たちも強い。わたしはあまり経験がないが、大部隊の統率の取れた組織戦をおこなう彼らが恐れ苦戦しているんだ、魔女とは一筋縄ではないのだろう。
「俺たちは魔女のことを全然知らないよな。部隊を率いるヘルトさんに話を聞きに行くつもりだったのに、何も聞かないでテントを出てきちゃったから」
「なら今から聞けばいい」
アムは後ろを振り返る。
「今から?」
アムが見る暗がりの遊歩道から走り寄ってくる人影が見えてきた。
「おーい」
走り寄ってくるのはヘルトさんだった。
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