偽りの恩人

  「封印法術陣形成部隊 第一支援隊隊長パシル、ただいま戻りました」


  「戻ったか、入って状況を教えてくれ」


  「では、失礼します」


  入ってきた少女はアムよりも若そうに感じるが、隊長というだけあって雰囲気が大人びていた。そして、俺はその少女に見覚えがある。


  「封印法術陣形成部隊 部隊長のトラス……」


  「そんなかしこまらなくてもいいよ」


  ヘルトは彼女の言葉を止めてにこりと笑った。


  「あ、はい……、トラスさんには先ほど報告してきましたが、風のほこらはやはり何者かに襲われていました。ほこらは半壊、風陣形成部隊は全員意識を失っていました。守護獣たちも戦意喪失。ですが幸いにも重傷者はいません」


  「そうか、それは不幸中の幸いだったな」


  「あれほどの手練れを全員倒すとは」


  サウスさんの言葉にパシルという少女は答えた。


  「魔女の使徒」


  「なに?」


  「部隊長の言葉です。怯えた声でそう言っていました」


  「風のほこらの部隊長はツバイさんだろ? あの人が怯えるほどの奴なのか」


  「魔女の使徒にそこまでの戦力が残っていたなんて予想外だったな」


  「ツバイって人は凄腕なんですか?」


  俺は小声でタカさんに聞いてみる。


  「そうだ、この街の法術士の中で一、二を争う使い手だよ。風の法術陣を形成してなければやられたりはしなかったはずだ」


  タカさんの言葉には悔し気な感情がこもっていた。


  『やっぱり』


  俺の予想は当たっていたようだ。


  「ただ……」


  そう呟いたパシルはそこでようやく俺の存在に気が付いたようだ。


  「あなたは確か、そっちの女性も」


  タカさんの影に隠れるように小さくなっていたアムにも気が付つく。


  「ん? パシルちゃん知ってるのかい?」


  タカさんが聞くと、


  「そうです、風のほこらに向かう時にすれ違いました」


  そして、彼女の顔が何かに思い至ったようにはっとなる。


  彼女の顔がテントに入ってきた時と同じ部隊長の顔に戻り、俺に向かって足早に歩み寄ってきた。


  『バレたっ』


  あのタイミングであの一本道ですれ違ったことを思い出し、風のほこらを崩壊させて魔女の再封印作戦を失敗に追いやった犯人だという真実に辿り着いたのだ。


  俺の背中に冷汗が噴き出す。


  英雄ヘルトと闘士団のリーダークラスがふたり。そして、その父親であるタカさんと少女とはいえ部隊の隊長を務めるパシル。この五人に囲まれた状況で無事に済むはずがない。ましてや俺は彼らを相手にに剣を向けるなんてことはできない。


  顔を引きつらせ半歩下がる俺の前に来たパシルは、


  「あなたたちですね」


  そういって右手が伸びてくる。


  「ひっ」


  と怯える俺の手を強く掴んだ彼女がもう一度言う。


  「あなたたちですね、みんなを治療してくれたのは」


  「え?」


  予想外の言葉に言葉が出ない。

  俺の目を見つめる少女。


  「魔女教徒に襲撃された部隊の人たちは奇妙なことに全員簡素ではありますが治療を受けていたんです。部隊の誰かが治療したとは思えません。そうなると、私たちと魔女教徒以外の第三者があの場に居合わせたのは間違いなく、そうであるならば林道であのときすれ違ったあなた方以外考えられません」


  一同の視線が俺に集まる。あの場に居たことを肯定してしまうのはそれはそれで不味いのではないかと思いつつも、引きつったこの表情で否定するのもまた不自然である。


  彼らを傷つけたのも、ほこらを破壊してしまったのも、彼らが有無を言わせず襲ってきたからであり、不可抗力だなのだ。結果として魔女の封印作戦が失敗という結果に追いやってしまったのだが、これは仕方のないこと。


  いまだタカさんの後ろで体を小さくして存在を消すアムを一瞥してから、俺は正直に話をすることを決意する。


  「確かに治療はしたんだけど……」


  「やはりそうでしか! ありがとうございます」


  その言葉の続きは言う間もなく、パシルはお礼を言って深々と頭を下げた。


  確かに治療したのは嘘ではない。それ以外のことを話せない俺の胸はさらなる罪悪感に押し潰されそうだった。


  正直に話すという決意は彼女の「ありがとうございます」の言葉を受けて粉々にくだけてしまい、どうしても口に出せない。


  助けを求めるようにもう一度アムを見るが、自ら手を下した彼女は俺以上に罪悪感を感じているのだろう。いつもの威風堂々としたアムとは別人のように存在感がない。


  「そうだったのか」


  とタカさん。


  英雄ヘルトも寄ってきて「ありがとう」と俺の手を握りながら礼を述べる。


  彼の俺を見つめる曇りのない純粋な瞳に比べれば、聖闘女をも上回るほどの良質で膨大で高圧な輝力を生み出すはずの俺の心など、土石流のように不純な泥水に等しいと自虐せずにはいられない。


  ここまで来るともう後戻りをするなどできなくなってしまい、


  「すみません……、あの程度のことしかできなくて」


  思わずあやまってしまった。


  「ただ……」


  パシルが再び口を開きヘルトの視線がそっちに移ったことでホッとする。


  「部隊全員が気を失って風のほこらも半壊するほどの惨状なのに、死者のひとりも出ていません。魔女の再封印を阻止しようとする理解不能な魔女教徒相手にみんな命を懸けて闘ったはずです。その部隊を相手に誰の命も奪わずに風の陣の形成を阻止するだけで済むなんてことあるでしょうか?」


  確かにそれは不自然な出来事だろう。彼らを襲ったのは魔女教徒ではないのだから当然のことだ。


  「ラグナ君はあの場で何か見たり、変わったことはなかったかい?」


  「えっ、変わったことですか?」


  そう話を振られて思いついたことは、


  「そういえば森の妖精を名乗る者に出会いました。姿は見ていませんけど」


  そう、突然俺とアムの心? に話しかけてきた謎の妖精だ。


  「森の妖精だって?」


  その名を聞いてこの場の空気がピリッとしたものに変わった。


  「何か言っていたか?」


  ヘルトさんが言い寄ってくる。


  「妖精たちは魔女の封印をしたくなかったとかそういう感じのことだったと……」


  「そうか、やはりあいつらは魔女の使徒だったんだな!」


  闘士サウスが拳を握り固めながら叫んだ。


  「いや、でも彼女はそんな悪い感じの者ではなかったように感じましたけどね」


  タカさんは「ふぅー」と息を吐いて俺に向き直る。


  「今までにあの森の妖精を名乗る少女に遭遇した者が何人かいるのだが、魔女の再封印をしてはダメだとか、更なる危機が迫っているとか言われたっていうんだ。おまけに封印の準備の妨害までしやがるし。幸い大した被害にはならなかったが、これまでもあれこれ物がなくなったりしてな」


  「僕はまだ遭遇したこと無いのだけど魔女の使徒は使い魔を連れているらしく、彼女らは呪われたような異形な姿だったらしいよ。それに妖魔を呼び出して準備の邪魔するなどから確証を持ったそうだよ」


  ヘルトさんもやれやれと言った顔でそう付け足した。


  笑顔でお礼を伝えてきたパシルは、年齢に似つかわしくない厳粛な表情に戻して話しを続ける。


  「なんだかんだと理由を付けて魔女を復活させようとしているのです。私たち守人は先祖代々魔女の封印を護るためにその使命を受け継いできました。書物や口伝で魔女の恐ろしさを知っています。絶対に魔女を復活させるわけにはいきません」


  再び場の空気が引き締まったところで青ざめたアムの表情を確認する。俺もそうだが、アムの心情を察するといたたまれなく思い、俺はアムを外に連れ出すことにした。


  「あのう、俺たちちょっと外の空気を吸ってきます」


  「そうか、そうだな。この街に来るなりこんなことに巻き込まれちまったら気がめいっちまうもんな。ここから東の街門に向かって少し歩くと商店街と住宅地の間に広場があるんだ。居心地のいいところだがら夜道の散歩も悪くないぞ」


  「ありがとうございます。さぁアム」


  タカさんにお礼を言ってアムの手を掴むと俺は足早にテントを出た。

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