紹介

  第三層に戻ると魔女や妖魔の気配はほとんど感じなくなる。これが聖霊仙人が作った壁の力なのだろう。


  バラバラに退避した闘士団は各地区の住民を先導しながら第三層まで誘導し、東の街門通りに集まって補給と治療、何より呪いを受けた者の解呪に徹している。そして、この作戦のリーダーである英雄ヘルトの代わりにトラスという勇ましい風格の女性が代わりにこの場を仕切っていた。


  彼女は住民を含め、再封印作戦の現場の外で間接的に助力してくれていた人達に現状を説明する。その説明を聞いた俺とアムは、改めて自分たちがしでかしたことに罪悪感を覚えつつ、不可抗力であり突然襲われたという被害者意識によってその罪悪感を無理やり相殺していた。


  俺が解呪した呪怨者だった人の治療も終わり、その父親は無事に意識を取り戻した。子どもたちと共に丁寧にお礼言われた俺たちは、タカさんのいるテントに戻る。

  そこには深刻な顔で話をするタカさんとサウスさん、それとサウスさんよりさらに屈強そうなノーツという彼の兄が話し合っていた。


  「おう、ラグナ君戻ったか。彼の具合はどうだった?」


  「怪我も大したことなくて呪いの影響もないだろうって」


  「そうか、それは良かった。呪いを解いた君のおかげだな」


  「いや、呪いを解けたのは偶然ですよ」


  「謙遜するなって、偶然で呪いが解けるかってんだ」


  確かに偶然で呪いは解けるはずはないのだけど、実際どうやって解いたかよくわからない。きっとクレイバーさんの法剣の助力なのだろう。


  「なぁおやじ、彼らは誰なんだ?」


  ようやくそのことを口にできたという顔のサウスさん。その質問にタカさんが答える。


  「彼らはイーステンドから来た人たちだ。この街の災厄に力を貸してくれるというんだよ」


  「彼らが?」


  「こんな若い子らが力になれるかって疑問なんだろ? 心配するな、この子らの実力は実証済みだ。呪いを解いたラグナ君もさることながら、後ろに控えめに立っている彼女はとんでもねぇぞ! もしかしたらお前らふたりがかりでも勝てねぇかもな」


  タカさんは自分のことのように自慢げに話して笑った。


  「本気かおやじ?」


  ふたりは苦笑いしながら顔を合わせてからアムを見る。

  風のほこらを壊してしまったことで肩身が狭いアムは、普段より大人しくなっていた。


  「信じてねぇな。アムさんの何が凄いって……」


  息子ふたりを驚かそうとウキウキしながら話し始めたところで、天幕の入り口が開き青年がひとり入ってきた。


  「ヘルト!」


  タカさんは立ち上がり、その息子ふたりも振り向く。


  「起きて大丈夫なのか?」


  大柄な体を少し小さくして心配気に声をかけるノーツさんを見て、ヘルトというリーダー存在の大きさがよくわかる。


  「心配かけたね、もう大丈夫だ」


  言葉とは裏腹に顔色はあまり良くない。


  「タカさんも心配かけてしまったようですみません。不測の事態に動揺してしまって……」


  街の英雄はすまなそうにうつむく。


  「おまえがそんな顔するなよ、みんなが余計に不安になる。だが、そんな中でひとつ朗報があるぞ」


  暗い雰囲気を一掃する声でそう言って、控えめに立つアムを前に連れてきて満を持してアムを紹介する。


  「彼女はイーステンド王国の英雄、聖闘女の称号を受け継ぐアムさんだ」


  「イーステンド王国の英雄?!」


  一同が眼を見開く。


  「聖闘女、聞いたことあるな。イーステンドの教団の闘う巫女の中で最上位の者だろ? 伝説のって言えば確かとんでもない魔獣を倒したって」


  「そうだ、その伝説の聖闘女の娘さんで、先代の聖闘女に勝るとも劣らない強さだぞ。その彼女が力を貸してくれることになったんだ」


  タカさんのテンションに対して三人の反応は薄いが、普通に考えたらそれは当たりのことだろう。自分たちより年下のアムがこの街の英雄を前にして、伝説という大それた言葉が付与された英雄だと言われて受け入れられるはずもない。アムからもいつものよくわからないオーラが出ていないこともあって、普通の少女に見える。


  「おまえら、その顔はまったく信じてないだろ? 俺はこの目で見たんだ、彼女の凄ささをな!」


  「タカさんにそこまで言わせるなんてそんなに凄いんですか?」


  英雄ヘルトは興奮するタカさんをなだめるように、落ち着いた声でゆっくりと問う。


  「アムさんはな、戦闘法術を法文なしで発現させることができるんだぞ」


  「戦闘法術を?!」


  「それは確かに凄いな」


  ふたりの息子の反応にニヤリと笑う。


  俺がタカさんとトシさんを驚かせようとしたときと同じ心理なんだろう。


  「それだけじゃねぇ。なんと彼女は法具なしで法術を発現させることができるんだ」


  この言葉に落ち着いて聞いていたヘルトもさすがに驚きを見せた。


  「法具なしで法術を使えるなんて聞いたことないよ」


  「ちょっとした特異体質なんだ」


  驚きと疑いの視線を受けたアムが覇気のない小さな声で答えると、そんなアムの心境をを知らないタカさんは自然石を貫く剣技の冴えを誇らしげに語る。


  今のアムはわずかな陰力の放出もさせないために意図的に力を抑えている。だから上級の闘士や法術士が発する風格すらも感じられない。そのアムがそれほどの力を持っていると言われてもピンとこないだろう。そんな内に隠した力を感じ取れるのは上級法術士くらいなものだ。


  そう考えたおれはあることが頭を過ぎり、


  「あーーーーっ!」


  叫びとも取れる声を上げた。


  アムも含めみんなが俺を見る。


  「どうしたんだラグナ?」


  「すみません、大したことじゃないんです。ちょっと忘れていた重要なことを思い出して」


  大したことない重要なことなどと変なことを口走ってしまったことに気付き、あたふたしてしまう。そんな空気の天幕の向こうからキリっとした女性の大きな声が聞こえてきた。

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