解呪

  アムが対峙している相手に向かって子どもたちは「お父さん」と叫んだ。


  『お父さん?!』


  「どういうことなんだ?」


  「わからんがあの子らがそういうのだからきっと父親なのだろう」


 アムがこいつに手出しなかたったのはそういうわけだったのだ。確かに人型ではある。今までこれほど人に近い獣は見たことはない。


  「もしかしたらこれが森の妖精が言っていた呪いの影響なのかもしれないな」


  「人を獣に変貌させる呪い」


  「となると、この魔女がらみの闘いは苦しいものになりそうだ」


  これはやっかい極まりない。呪いの解呪といえば巫女の専売特許だ。なのに、元巫女であるアムの心力は解呪する力である輝力ではなく、呪いと同種の陰力に大きく傾いている。というより、むしろ陰力の塊だ。呪いの解呪なんて絶対にできやしない。例え上級法術士の巫女でも人の姿が変貌するほどの呪いを解呪するのは困難なことだろう。


  「誰か解呪の法術を使える人を探してこないと」


  だが、アムは俺のその言葉を否定した。


  「探してくる必要はない」


  「なんでだよ」


  「ここにいるからさ」


  「どこにだ?」


  突き出される大きな爪を仰け反ってかわしながらアムを見ると俺を指差していた。


  「ラグナ、キミがやるんだよ」


  解呪の法術は輝力の強さよりも輝力の質が重要だ。破呪であれば勢いのままに呪いを破壊すればいいのだが、それには当然物理的な力も大きく働く上に心身ともにダメージを与えることになる。なので、今破呪の法術法技を使えば、俺の後ろで涙を流して叫ぶ子どもの父親を傷つけてしまう。最悪殺してしまいかねない。


  「ラグナの輝力なら解呪の法術としては十分過ぎる」


  俺という存在に奇跡の鎧が入って元通りひとつになったことで、俺の輝力は聖闘女であった二十年前のアムを上回っているとクレイバーおじさんは言っていた。


  「だけど俺は解呪の法文を知らないし理解してないから使えないぞ」


  当たり前だが、法文を唱えれば法術が発現するわけではない。法文を唱えるのは錬成した法術を明確にしてこの世界に組み上げた法術を顕現させるためだ。ただ口にした法文は言葉でしかない。


  解呪のように特殊な法文は呪いを読み取るという能力も必要で、その上で錬成した法術をぶつけて文字通り解いていくのだ。


  「解呪の法文は【カーサルヴ】。多分ラグナは法文を理解してなくても使えるはずだ」


  アムが何を根拠にそんなことを言っているのかわからない。


  「合わせる法文は【ウェイバー】が妥当だろう。まずは呪いの放つ力への同調。ラグナほどの心力なら影響を受けたりはしない」


  呪いに同調するということは同じ呪いの影響を受けかねない。それが解呪をおこなう者が限定される理由だ。輝力の質が高いほど影響を受けにくい。


  アムの言うがままに呪いに同調してみると、エイザーグと対峙した時に近い感覚の陰力が心身に浸透してきた。その不快な感覚に動きが止まる俺に呪われた者が襲いかかる。


  その攻撃をアムが弾きそのまま体当たりで地面に押し倒した。


  「今だ!」


  法剣を構え増幅した輝力を流し解呪の法術の錬成をおこなう。


  「カーサルヴ・ウェイバー」


  法剣の一部に一筋の光が走る。法剣に施された外法刻印技法で刻まれた法文が反応して、俺には足りていない錬成力を補い前方に法術陣を発現させた。


  アムが抑え込んだ呪われし者に法術陣の光の波動が照射される。


  「うっ」


  アムが一瞬小さく呻くと、呪われた者は苦し気にもがきアムを押しのけようとするが、すぐに力を抜いて動かなくなった。そして、黒いモヤが立ち込めると体を覆っていた体毛や爪や牙は少しずつ消え、人の姿を取り戻していった。


  「お父さーん」


  その姿を確認した子供たちは、まだアムが覆いかぶさる父親に駆け寄ってきてすがり付きわんわん泣き出した。


  「ふぅー」


  とひと息ついた俺もアムのそばに寄って声をかける。


  「上手くいって良かった」


  だがアムは動かない。


  「おい、アム。どうした?」


  呪いの影響を受けたのかと心配になりアムを抱き起す。


  「アム、大丈夫か?!」


  アムはゆっくり目を開け、しかめた顔で言葉を漏らした。


  「気持ち悪い。解呪の光を受けたらなんかモヤモヤするというか気分が悪くなった」


  呪いの影響とは逆に解呪の光の源である輝力にあてられたことによるもののようだ。


  「お前はホントに元聖闘女か?」


  輝力の極限とまで言われたアムは、今ではその輝力が天敵となってしまった。そんな情けなさも感じさせるぐったりしいているアムの腕を引いて起こす。


  「この魔女の騒動は厄介だぜ」


  「邪念による負の力を自らの力にしていたエイザーグとは対照的に、負の力で周りの人間に影響を与える呪い。人の邪念のうちの怨みの力を受けて、それを晴らすために怨獣となっていた獣は言わば同意の上でのことだが、魔女の呪いは強制的な上に対象が人間だ」


 自分たちなら、特にアムなら街の人の力になれると高を括っていたが考えが甘かった。


  「街の人に力を貸すにしても、もっと状況を把握しないと」


「そのためにはこの街の族長に会わなければ」


  「そうだけど、その前にこの子らを避難させようぜ」


  いまだ泣き止まない子どもたちを見てそう言うと、道の向こうからグラチェが走ってくる。その後ろからタカさんもやってくる。


  「アムさん、ラグナ君、大丈夫だったか」


  慣れない妖魔を相手の闘いを心配していたのだろう。俺たちの無事を確認したところで倒れている者に気が付く。


  「呪怨者が現れたのか? 中心部からこれだけ離れた場所だというのに」


  タカさんの驚きようから事態の深刻さがうかがえる。

  タカさんが唸り悩んでいると彼とグラチェが来た方向からいくつかの光が揺れながら近づいてくるのが見えた。どうやら発光灯を持った団体がこちらに向かって来ているようだ。


  その光は強くなり、完全に陽が沈んだ街の路地を照らしはじめる。その大勢の中で誰かが何か叫びながらこちらに迫ってきている。


  「第一、第二層は破棄する、直ちに避難しろ!」


  「サウス? あれは魔女の封印作戦をおこなっていた闘士団だ」


  俺たちは路地の端に寄って道を開けた。


  「おーい、サウス」


  タカさんが先導する闘士の名を呼ぶと、タカさんに気付いたその闘士は、横を走る者に何か伝言してこちらにやって来た。


  たくましく闘士としての貫禄をかもし出すサウスと呼ばれた男は疑問めいた顔でタカさんの前で止まった。


  「おやじ、なんでこんなところに?」


  この闘士はタカさんの息子だった。


  「おまえこそこの事態はなんだ? やはり再封印は失敗したのか?」


  「あぁ、直前までは順調だったんだけど風の陣が消えちまったんだ。そのときに虚を突かれてヘルトが魔女の霧を受けてよ」


  「ヘルトが?!」


  確かヘルトとはタカさんが話していたこの街の英雄のことのはず。


  「大丈夫だ、命に別状はない。呪いも受けていないけどまだ意識が戻らないんだ。信号弾が上がったのは見えたろ? 何があったのかわからないけど風の陣の再形成は不可能となったから不完全な封印法術陣を発動させて一時的だけど魔岩石に抑え込んだ」


  「そうか、どうりで中心部だけに力が集中しているわけだ。聖霊様の力もそこに集約しちまってるんだな。しかし、なんで妖魔の力も外周部から消えちまったのだろうか?」


  タカさんが街に入ったときのことを思い出していると、


  「ともかく今はこの層から退避しよう。詳しい話はそのあとに」


  「そうだな」


  アムとタカさんは子どもを抱き、俺はいまだ目覚めない子供らの父親を背負って安全な第三層へと向かった。


  背後からは封印に抑えられながらも不気味な陰力を発する魔女の力を感じていた。だが、その力に隠れたもうひとつの脅威に誰も気付いていなかった。

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