行方

  破壊魔獣エイザーグの出現以前の大昔に、蒼天至光の強奪を目論んだ組織があった。


  組織自体は当時の聖闘女が率いた闘女と王都騎士団が鎮圧したが、魔導災害自体は聖霊仙人ハム=ボンレット=ヤーンの助力によって収められたという。


  魔女との戦いのさなかにイーステンドに助力してくれたということは、もしかしたら魔導災害というのは魔女の事件に関係したのかもしれない。


  その聖霊仙人がこの地のどこかで魔女の封印に力を注いでいるというのだ。


  「あれを見て」


  ヘルトが指さす方を見ると像が見える。確か街門入ったすぐ先にも同じ像が立っていた。


  「あの雄々しい姿をした像が聖霊仙人だよ。像だから大きいけど本当は僕らよりも小さいらしい」


  そう言ってヘルトは笑った。


  聖霊仙人という名称から想像していたのとは随分違い、獣人というだけあってなんとも強そうだ。鍛え抜かれた肉体、それを覆う剛毛、雄叫ぶ口には鋭い牙があり、像からは勇猛果敢な雰囲気が放たれているように思える。森の妖精を率い、精霊を使役して魔女を封印しただけのことはある。


  「でも、その聖霊仙人に封印されて何百年も経つのに、いまだ力が衰えない魔女の怨念も恐ろしいな」


  「ヘルト、魔女はいったいどこからやってきて、その強い怨念の源はいったいなんなんだろうか?」


  アムの疑問にヘルトは首を横に振った。


  「魔女がどこから現れたのか伝えられてはいない。その目的もわからないんだ。人間や妖精を呪い、無差別に襲う魔女を解き放つわけにはいかない。なんとしても封印しなきゃ」


  「魔女の能力ってどういったものがあるの?」


  闘いにおいて相手を知ることは重要なことなので魔女にかんする情報を聞いてみる。


  「やっかいなのはやはり呪いだろう。呪いに抗う力が弱い者は、獣にされたり、精神を犯されたり、強力な幻覚催眠によって僕たちと敵対させられることもある。その呪いは魔女の攻撃にも付与されていて、その攻撃を受けた者は肉体から霊体が抜かれて妖魔にされたり、死んだ者は死霊となってやはり妖魔にされてしまう」


  まこと恐ろしい呪いの力を想像してラグナはぶるりの震えた。


  「現在の魔女は霧のような存在で基本的に物理攻撃は無効なんだ。法術法技、そして闘技ならそれなりに闘えるけど、本体ではないから決定的ではない。封印が弱まるほどに生み出す妖魔の強さも上がり数も増える。僕が生まれた頃は年に数匹程度だったらしいけど、この一年は毎日のように湧いている」


  俺はひとつの疑問が浮かび質問した。


  「なんでもっと早く封印をしなかったの? こんなに妖魔が湧く前ならもっと楽に封印できたんじゃない?」


  「確かにそうだな」


  アムも頷き俺に同意した。


  「それができたら苦労はなんだけどね」


  ヘルトは表情を曇らせる。


  「あまりに早く実行すると現在施されている封印が新たな封印術を弾いてしまうんだ。だから封印の力が弱まったところで強力な封印を施す必要がある。今ある封印の地を利用するには、これが僕たちの最善なんだ」 


  人間には扱いきれない特殊な封印術をおこなう上での制限というわけだ。


  「どこかにいる聖霊仙人がもう一度術を使ってくれないものなのだろうか?」


  「だよな、そうしてくれればこんな苦労しなくていいのに」


  「それは僕たちも考えたんだけどさ。前回の再封印の時には力を貸してくれたらしいんだけどね。今回も助けてくれるという保証はないよ。僕たちが自力で封印できたから自分は必要ないと思ったのかな?」


  「なるほど」


  それは一理ある。人間たちの力でどうにかなるなら自分が出張ってくる必要はない。


  「なら今回は出てくるのではないか? なんせ封印は失敗してしまったんだからな」


  アムの意見を聞いたヘルトは完全に太陽の沈んだ公園で顔を輝かせた。


  「そうか、そうかもしれないな! そこまで考えてなかったよ。大昔も王都や妖精の里が襲われたときには駆けつけてくれたんだ。僕たちが手に負えなくなったならきっと助けてくれるはずだよね」


  小さな希望の光を投げかけたアムだったが、今度は反対に光を奪うかもしれない疑問を投げかけた。


  「で、聖霊仙人は今どこで何をしているんだ? 誰か知っているならこちらからお願いしに行く方が手っ取り早いと思うのだが」


  ヘルトは顔の輝きを少し鈍らせて答える。


  「残念だけどそれはわからない。大昔は仙人に会ったという人はいるのだけど、以前の封印からは出会ったという記録はないんだ。この森のどこかの小屋に住んでいると言われているけど、辿り着いた人はいないんだよ。そんな小屋があるのかだって正直怪しい。そう考えると最悪もうこの世にはいないってことだってあり得る……」


  もしかしたらこの街の危機に駆けつけてくれるかもしれないという期待から一転、唯一魔女に対抗できるであろう聖霊仙人はもうこの世にいないのかも、という最悪の発想にヘルトは自ら行き着いてしまった。


  「わたしたちが知るべきは魔女の目的などその起源と聖霊仙人がまだ存在しているかだな」


  知りたいのは山々だけどそんなのどうやって調べるんだ? と考える俺の疑問の表情を見て、切り返す間もなくアムは俺に言った。


  「まずは魔女が襲ったという研究施設に行ってみるのはどうだろう? 何か手がかりが得られるかもしれないぞ。聖霊仙人の居場所はグラチェの鼻やリンカーの索敵能力を使ってみよう」


  それなりの考えがあったようだ。


  「ヘルト、研究施設と仙人の小屋はどっちが近いんだ?」


  「小屋も施設も北門を出た方にあるってことだけど正確な位置はわからない」


  「施設の場所も?」


  「記録によると深い森の中にあるんだけど、聖霊仙人の小屋と同様に誰も辿り着いた者はいない。魔女に襲われて跡形もなくなったんだろうって言われてるけどその証明もされてないからね」


  アムはため息をつく。


  「ならそれもグラチェとリンカーに頼ることにするか」


  『おれの出番か! まかせとけ、グラチェより先に見つけてやるぜ』


  いつものようにひとりでテンションを上げるリンカーだと思ったら、「ぐぅがぁぁぁぁ」とグラチェもそれに対抗するように咆えた。


  「研究施設は北門を出て少しだけ東に四キロメートルくらい北上したところにあったらしい」


  「わかった、早いに越したことはないから明日の早朝に出発しよう。魔女との闘いになるまえに済ませておきたいからな」


  そこで重要なことが気になる。


  「で、魔女の封印はあとどれくらい持つの? 次の封印術の発動の予定は?」


  「……わからない。こんなことは初めてだから。妖魔の湧き具合で封印の状態を知りたいが、街の中心部に封印の効力が集中していて魔女を抑えているはずなのに街の第一層と二層は妖魔の湧き出す危険地帯となってしまった。魔女自体は抑えているはずなのに、これほど妖魔が湧くのは僕たちにも理解できない」


  過去の再封印のときには無かった不測の事態ということのようだ。

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