仙人と英雄

  「この街は大昔に猛威を振るった魔女が封印された地に作られたものなんだ。封印したのはハム=ボンレット=ヤーンという聖霊仙人で、今でもどこかでこの街を見守っているという言い伝えがある。その聖霊仙人に封印された魔女が、弱まった封印を破って復活しようとしているんだ」


  ここに来る途中、森の妖精から聞いた通りの内容だった。


  「百年以上前にも一度再封印がおこなわれているんだが、今回はその時より状況が厳しくて苦戦している。魔女が生み出す妖魔が記録にある情報よりも強くて数も多いんだ。作戦通りに行けばそろそろ封印法術陣を発動させるはずなんだが、突然風の精霊法術陣が消えちまってな」


  それは俺たち、正確に言えばアムが俺たちを襲ってきた者たちもろともほこらを破壊したからだ。


  「君らがここに来る少し前に状況確認と風の陣の再形成のために団員が向かったところだ」


  それはきっと林道を抜けたところですれ違った人達のことだろう。


  「封印法術陣は聖霊仙人の使った術を模したもので、多くの法術士たちが形成した封印法術陣を四大精霊法術陣で強化して発動するという大規模なものなんだ。聖霊は四大精霊を使役する力があるらしいのだが、それをひとりでおこなうんなんてすごいことだよ」


  「なるほど。そうすることで神聖法術に匹敵する力を発現させるというわけか」


  「そういうことらしい。だが、風の陣が消えちまった今の状況では封印は不可能なわけだ」


  タカさんがため息交じりにそう言ったとき、俺たちが歩いてきた林道の奥からドンと響く音が聞こえた。すると、林の中から空に向かって赤く光る玉が煙の帯を引いて登っていった。


  「あれは……。風のほこらで何かあったらしいな」


  タカさんもトシさんも険しい顔で赤い玉を見上げる。

  数秒後、黄昏時が間近に迫り薄暗がりの空を街の上空に形成された法術陣が煌々と光を発して街を包み込んだ。


  「法術陣を未完のままで発動させたのか?」


  その光が眼を眩ませると街を覆う街門と街壁も薄っすらと光って何かの力が流れ込んできたのを感じた。

  街の上空の封印法術陣は消えて、街周辺を照らしていた光源を失ない、沈みかけの夕焼けがあたりを照らす本来の薄暗さを取り戻す。


  「どうなったんだ?」


  未完成の封印法術陣を発現させたようだが、魔女の封印が成功したのだろうか。


  「静かになったな」


  「あぁ」


  アムの言う静かになったとは音のことではなく法術の発する力や精霊の活動といったもののことだ。


  「タカさん。俺たちはどこに向かえばいい?」


  街や闘う人たちを心配するタカさんには俺の質問で我に返った。


  「あ、あぁ状況を確認するならこの街の中心の館に行くのがいい。そこには四つの塔があって塔のそばの白い館にこの街を統治する一族の族長が住んでいる。その族長の息子が闘士団を率いて魔女の封印作戦を指揮しているんだ」


  「その人の名は?」


  「ヘルトだ。俺たちの、この街の英雄だ」


  ぴくっ


  『英雄?』


  アムが反応したことを俺は見逃さなかった。


  「そうだ、あいつは今までにこの街周辺の魔獣災害を収め、魔女の使徒と闘い、時折り湧き出す妖魔を倒した。実力もあるし人望もある。正に英雄の中の英雄だな」


  「ほほう、この街の英雄か。それは楽しみだ」


  魔女の災厄で街が脅威に晒されている状況に似つかわしくない表情で目を爛爛とさせていた。

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