力の証明

  俺の意図を察したアムは数歩前に出ると、少し膝を曲げて腰の横で構えた手のひらにうっすらと白っぽい光が灯る。そこを中心に風が流れ始めた。

  次第に風が強くなって俺たちの髪や服をはためかせ、守衛たちは若干腰を落としてその風圧に耐えつつじっとアムの行動を見守っている。


  アムが腕を後ろに引いて左足を一歩踏み出すと、急激に強くなった風が体を打ち付けて守衛たちは後ろに転倒しそうになるのをなんとか堪えるも、アムの「せいやーっ!」という掛け声で発現させた法術が放つ衝撃に耐え切れず勢いよくひっくり返った。


  直後に前方の岩に炸裂した風の法術は激しい音を上げて岩を砕いて破片と土砂を撒き散らす。

  アムと俺は振り返り守衛のふたりを見ると若い男は驚きと感嘆の表情をしている。そして、年長の守衛は驚きと恐怖の表情でアムを見ていた。


  「すごいな。ただのか弱い少女じゃないようだけど、これくらいの威力の法術ならこの街の闘士団の法術士の人でも使う人はいるよ。まさか今のは七割の力ですとかそういうことなのかな?」


  かなりの威力が予想を超えていたようで、彼は少し皮肉を込めてアムに言った。


  さすがにアムが本気でやるわけはないく、今の風の法術の発現力は中の上といったものだ。七割どころか半分程度だと口に出さないのは大人の判断だろうか。


  「確かに全力というほどではないが細かいコントロールをするにはあのくらいが丁度良かったんだ」


  「なるほど、あれくらい離れた的に命中させるのは難しいからね。僕は法術より法技の方が得意分野だからあれに当てるのは難しいよ。タカさん今の風の法術どうでした?」


  タカさんと呼ばれた先輩守衛に目線を向けた若い守衛は、彼の表情を見てぎょっとする。


  「と、とんでもねぇ……」


  「どうしたんですか?」


  彼の言葉と表情に戸惑う彼に、タカという守衛は説明した。


  「風圧で自然石を砕く威力てのは半端じゃねぇんだぞ」


  砂塵が晴れた場所には先ほどの岩がなくなっていた。


  「それにおまえ、あの子が法術使うときになんて叫んだか聞いてたか?」


  「え、たしか、なんか気合こめてましたよね? めちゃくちゃ本気出してたと思いますけど」


  「お前どんな法術でもいいから同じことできるか?」


  「僕は法術は得意じゃないですけど初級法術ならあの岩に当てるくらいできま、す……」


  そう言いかけて言葉を切る。


  「法文の無詠唱!」


  「そうだ、それも今のは中級以上の法術だぞ」


  彼の顔から余裕の表情が消えた。


  「無詠唱は心力の強さと精密なイメージ。そして、それを確固たるものにする意志だからな。精霊法術ならその精霊との交信力や相性にもよるから比較的簡単だろう。わたしも風属性は得意なんだ。得意な法術なら訓練次第でできるようになるさ」


  「おいおい、俺も風属性は得意な方だけど初級法術だってできたことないぜ」


  素直にアムの高度な法術に感心するタカさんだが、彼は表情を改め再び上からアムを褒めた。


  「無詠唱とは恐れ入ったよ。君はホントに凄いんだな」


  「トシ、お前ホントにわかったのか?」


  引きつった笑いのトシという若い守衛にタカさんは話を付け足す。


  「彼女を良く見ろ」


  そう言われたアムは両手を広げてみせた。

  上から下までアムを見てからタカさんを見る。


  「わかってないな。トシ、やっぱり一度あそこに向かって法術を放ってみろ」


  なんのことを言われているのかわからない彼は腰の剣を抜いて体の前に構える。心力の配分をおこない錬成に入る段階で彼は大声を上げた。


  「あーーーーーーっ」


  そして、振り向いてアムを見る。


  「法具を使ってない!」


  「そうだ。法具を使わずに法術を発現するやつなんて聞いたことあるか?」


  そう、法具は錬成した法術出口。例え精霊法術でなく肉体強化の法術であっても法具なくして発現させることはできない。だが、その事実を目の前で見た彼は、叫び声をあとに言葉を失い呆然としている。


  ズドーーーーン


  大きな音をたて地面を揺らしたのはアムが法術の標的にした岩だった。砕け散ったかと思われていただろう岩が突然降ってきて驚いたのはトシさんだけでなく、タカさんもビクリと体を震わせその方向を見た。


  「さっきの岩なのか?」


  「そうだ、法術で砕いたのは地面に埋まっていた岩の根元で、露出していた部分は圧縮していた風を竜巻状に展開して上空に巻き上げて浮かせておいたんだ」


  「え?」


  守衛ふたりに加えて俺も「え?」と声を漏らした。


  「せっかくだから剣技も見てもらおうと思って標的を残しておいたのさ」


  細かいコントロールというのはこのことだったらしい。


  アムは背中に背負ったリンカーを抜いて鞘を地面に突き立てた。標的の岩に向かって左手をかざして剣を持つ右腕を引き絞る。


  「まさか、突き技をする気か?」


  「その通りだっ!」


  返事に合わせて飛び出したアムは風の精霊の助力を受けて初速からほぼ最高速に達する。


  その姿は空から急降下して地上を舐めるように飛ぶツバメのように軽やかで鋭い。


  「馬鹿、下手すりゃ剣が」


  タカさんが叫び終わる前にリンカーは突き伸ばされ、岩はビキッという亀裂音を発して貫かれていた。


  「……折れ……る」


  そのあとに続く彼の声は小さく消える。

  不規則でデコボコの曲面も持つ岩に刃を立て、割らず穿たず刺し通したアムの剣技に、衛兵のふたりだけでなく俺も驚く以外になかった。


  「いや参った。腕も剣も超一級品だな」


  『当たり前だ』


  だが、リンカーのドヤ声は聞こえない。


  タカさんは自分の頭をポンと叩いて笑い出した。


  「確かに君ならこの街の助けになれそうだ」


  戻って来たアムに清々しくそう言ったタカさんの横で、トシさんは信じられないと言った顔でアムを見ている。


  「それではわたしたちを街に入れてくれるか?」


  「もちろんだ。その力を我々に貸してもらいたい」


  突き立てておいた鞘をグラチェが咥えてアムに渡し、受け取ったアムはリンカーを納めて背中に担ぐ。何気ないそのしぐさも一流を超えた特別な何かを醸し出しており、ふたりはアムに見惚れていた。


  「彼女がこれだけ強いんだから君も達人級なのだろうな」


  タカさんが横目で俺を見てそういうと、


  「当然さ。彼は今見せた程度の攻撃なんて苦もなく弾き返すぞ」


  アムはニコリと笑って答える。


  かなり盛り気味に彼女は答えたが、俺は彼の問いに対する答えとして苦笑いを返した。


  「では、現在の状況を教えて欲しいのだが」


  アムは表情と声を引き締めて聖闘女モードに入ると、タカさんも同じように守衛モードになって説明を始めた。

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