凌駕

「ラグナ、動きが硬いぞ。怖がるな」


『あぁ、わかってる』


「それでは力が乗らない、動きに逆らうな」


『そう言われても……』


「踏み込みが甘いぞ」


『あれに踏み込んで行くのか?!』


 矢継ぎ早に飛んでくるダメ出しを受けながら、俺の常識を超えた闘いが繰り広げられている。法術の撃ち合いでは分が悪いために間合いを詰めての近接戦闘。さらに法技を出させないための超接近戦。


「エアロ・スラスト」


 ときおりこちらは速度重視の初級・中級法技を織り交ぜつつ、手数で相手の強攻撃を抑える闘いをしている。だが、戦況は六対四で押され気味だ。


 俺は今、命を懸けた闘いの中で聖闘女の名が本当に伊達じゃないことを痛感している。


「せあぁぁ!」


 俺を狙う剣に向かって踏み込んでいくのだが、その恐怖に俺の体が強張こわばりブレーキをかける。結果として踏み込みが甘く彼女の思い描く闘いにならない。


「もっと深く早く踏み込むんだ」


 俺の考える動きより一段早く二段深い。


『深い踏み込みとはこれほどなのか?! 攻撃を引き付けるとはここまでやることなのか?!』


 自分とのレベルの違いと恐怖によって、彼女の動きを追従ついじゅうできないのだ。


「大丈夫だ、キミの鎧はクリア・ハートにも劣らない奇跡の鎧だ。リンカーが抜けた空っぽの剣になど負けるものか!」


 そう、そのクリア・ハートが曲者くせものだ。彼女はそう言うが、俺は過去にその強大な力を見知っている。この鎧すらも豆腐のように斬り裂くのではないかという恐怖が足を引っ張っているのだ。


 そんなアムの闘いは基本に忠実であるのだが、俺のおとうさんよりもさらに攻撃特化の剛速の剣である。


 さらに相手の間合いとタイミングをつぶす、せんせんを主軸としながらもせんでカウンターさえも合わせていくのだ。防御さえも攻撃に転じさせる、正に攻めるための剣術である。


 しかしながら、俺のせいで力と速さが乗り切らず、黒きアムの手数に押され気味だった。


 だが、さすがと言うべきかそれでも前に出ながらさばき続けるという驚異の剣技を見せていた。


「あいつの剣技はわたしのモノじゃない。過去に存在した達人の邪念が振るっているのかもしれないな」


 俺を数段上回る剣技を持つ彼女が苦戦するのは、俺が足を引っ張っているからだ。


 過去の闘士の剣技に邪聖剣の力が乗せられた黒きアムの攻撃に、力が出し切れない俺たちの不完全な剣撃が弾かれ間合いが開く。


「くっ」


 その間合いを使って振り上げられた剣に漆黒の光弾がまとわれた。


「心力を上げろーー!」


 言葉以上の危機感が俺の中に響き、その危機に反応して俺は全力で心力を増幅。


「セイング・エクソシス・ウォーラル」


 彼女にとって禁断の輝光法術による防御障壁を発現したが一秒足らずで打ち破られた。そのわずかな時間を使い危ういところで漆黒の光弾をかわす。


 床を転げたところで後方の壁が大きく吹き飛んだ音が響いたが、それには目もくれずにすかさず間合いを詰めて休みない攻撃を再開した。


「まずい、あれは暗黒力の領域に達しつつある。そこまで力を出すほど深く沈んでいるのか」


『どういうことだよ』


 その言葉からは大きな焦燥感を感じる。


「覚えているか? わたしが神聖法術の絶対断絶障壁をエイザーグとの闘いで使ったことを。聖なる力を上回るのが神聖力で、その力と対極にある力が暗黒力だ。クリア・ハートの作用だろうが、あいつは旧エイザーグを上回る力を身に付けつつあるってことだ」


 危機的状況が絶望に変わろうとしている。あいつの繰り出す法術法技はさらに一段上に向かっているらしい。


 だが、アムの力がかなり減衰している。極大の輝力を使ったからであろう。にもかかわらず、彼女はその苦しみに耐えて力を振るっているのがわかる。


 ダメージや疲労があるのは俺の体だが、憑依状態のため感覚が鈍くなっており、アムサリア次第で無理が利く。しかし、操るアムサリアの力が衰えたことで動きが少しばかり悪くなってしまった。


 一気に押し切られないのは黒きアムの力も暗黒力を使って衰えているからだろう。ただし一時的であるようで、クリア・ハートを通して陰力が流れ込み徐々に力を取り戻していた。


『暗黒力を使わせて力が落ちた隙を突くのが最良の策か』


「わたしもそう思うが力を使わせたとしてもあの剣技を打ち破ってこちらの攻撃を打ち込むことができるとは限らないぞ」


『力を使わせつつ反撃する方法……』


「ギャァーウ、グガァァァ」


 グラチェが広い大聖堂内を縦横無尽に駆け回り、ときには取っ組み合い、ときにはぶつかり、必死でエイザーグもどきと闘っている。


 聖獣に変化したとは言え生まれて間もない幼獣だ。だが、ひと回り大きい相手に対して一歩も引くことなく、全身傷だらけになって全力で闘っていた。


 四対六の戦況は三対七とより厳しくなった。


 クレイバーさんから借り受けた剣がいくら高い等級を持っているとはいえ、黒きアムが持つ邪聖剣には及ばない。俺の剣があっという間に折り砕かれたのに対し、この剣は微細な刃こぼれがいくつかある程度で済んでいる。それはアムサリアが極力攻撃をかわすことで剣への負担を抑えているからだ。この超接近戦で達人レベルの攻撃を十のうち七はかわしている。


 こんなに厳しい闘い方をしているのに優位に立てないのは……、


『俺のせいだ。俺があいつを恐れているせいで力を出し切れないんだ。俺が足を引っ張ってどうする。逆だろっ、アムを助けるんだろ! この手で護ると願い誓ったんだろう! この根性なしが!』


 無声の気迫をみなぎらせ、懸命に彼女の意思を読み取り動きを追従ついじゅうする。


『もう三センチ深く踏み込め』


 芯に響く重い手応えの斬撃。


『逃げるんじゃない。攻撃の側面へ踏み抜けるんだ』


 小さな衝撃と光の飛沫ひまつを幾度も散らす。


『俺の敵は恐怖じゃない。こいつだ』


 深く底が見えない眼光を見据みすえる。


「それだ!」


 押し出されるように体が動きふところに飛び込むと、振り下ろされる脅威きょういの剣を寸でのところでかわした。そして、返す斬撃よりも早く反撃の剣を繰り出して、黒きアムの剣を腕ごと跳ね上げたところで無防備の胴を斬り払う。


「軽いっ」


 まだ力が乗り切らない。その声に続いてさらにもう一撃返す刃で胴を薙いだ。一閃した横斬りは黒い光の霧へと変換され鎧に阻まれるが会心の手応えだ。


「あががががが」


 という奇妙な声で跳ね上げていたクリア・ハートが暗黒の力をまとって戻ってくる。


 やむなく下がろうとする彼女の思考を察してこれを制するように『打ち込め!』と強い意志を込めると、彼女は最上の踏み込みでそれに応えた。


 横切りからの切り替えしでさらに踏み込んだ俺の体は、目一杯捻転し力を溜める。前に屈むその背に暗黒の力が込められたクリア・ハートが打ち落された。


 大岩が落とされたかと思わんばかりの重さと、体に浸食してくるような気持ちの悪い感覚が全身を貫く。その威力にあらがうほどの光が広い大聖堂を隅々まで照らすのだが、鎧には亀裂が走った。


『本物を舐めるなぁぁぁぁぁぁ!』


 クリア・ハートの刃が鎧に一ミリ食い込んだところで一瞬止まると、彼女は溜め込んでいた力で左下段から右上に斬り上げた。


「ヴォルド・ザンパクト」


 上級精霊法技である雷属性の刃が胸元で爆発したような雷鳴を轟かせる。黒い鎧の胸部が砕け霧が噴き出した。


「ファイム・アクセラル・ファルッシュ」


 宙に舞った黒きアムに対して、続けざまに炎の剣が超高速で閃いた。またたく間に四連撃が打ち込まれると赤黒い陰力のオーラを削り散らし、その先の本体に刃が届く。


 さらに後方に吹き飛んだ黒きアムの追撃に飛翔した俺は、大上段に剣を構えた。


「やるぞラグナ」『おう!』


「『必倒! グラン・ファイス・ブレイバーーーー』」


 俺とエイザーグ、そしてアムの闘気と心力が込められた法技が渾身の力で炸裂した。


 暗黒力の使用で消耗させ、偽りの黒い鎧を打ち砕き、連撃で陰力のオーラを削り取ったところに、必倒の法技を叩き込む。


 黒きアムは吹き飛んだ先で地面を二度、三度と跳ねながら床を転げて大の字のまま倒れた。一拍置いてから上腕から斬り離された右腕ごと剣が地面に突き刺さる。


『やった……』


 もう一度できる自信はないが、あの一瞬は恐怖をいなして彼女の力を発揮できたようだ。


 床に倒れるアムは動かない。今の攻撃で陰力はかなり散り、クレイバーさんの言う通り新たな流入もなくなった。


『俺の役目はここまでだな。あとはお前次第だ』


「あぁ、そうだな。行ってくる」


 目の前に横たわる邪悪な念の中から、自身の半魂はんこんを取り戻すために彼女は飛び込んでいった。

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