共闘

 身のすくむ強さを持つ黒きアム。そのアムを助けるために俺は、折れた剣を打ち込み、全力で法術を放つ。


「エアロ・スパイラル・アローラ」


 折れた法剣を突き出し、複数の風の矢が猛然と撃ちだされた。


 素早く剣を振り回し迎撃されるが大半の矢は黒きアムの足元に打ち込まれ足場をくずす。


「セイング・レイン・ブラスト」


 踏ん張れずにバランスをくずしたところに、アムサリアの法術が襲った。


 上空に描かれた法術陣から光の雨が降り注ぎ、小さな爆発が多数巻き起こる。


 この法術には覚えがある。あのときエイザーグを追い込んだ法術のひとつだ。


 黒きアムの強力な陰力のオーラを穿うがつ光の豪雨が次々襲い、地面をもくずして黒きアムをその崩壊に巻き込んだ。


「すごい……」


 霊体になってもやはり聖闘女の法術は凄まじい。あのときの異常な強さを思い出し感心したと同時に、『聖闘女の力?』と疑問が浮かんだ。


「打ち止めだ」


 そう、輝力が使えないと言っていたエイザーグであるアムサリアが聖闘女の力である輝力の超上級法術を使ったのだ。きっと彼女の中にあるアムの心がそれをしたのだろうが、陰力の極限であるエイザーグがそんなことをしたら……。


 思った通り彼女の消耗が著しい。


 グラグラっと地面が揺れる。地中に没した黒きアムの仕業だろう。かなりのダメージと陰力の減少を感じるが、じわじわと力が高まっていく。


「あいつの力は無尽蔵か? おじさんをこんなにした上に俺の輝力とアムサリアの法術の直撃を受けて、さらにあれだけの力を使ってるくせに」


 そう愚痴る俺にクレイバーさんが答えた。


「あの剣だ。あの剣は蒼天至光そうてんしこうと直結している。あの剣を通じて蒼天至光そうてんしこうから陰力が流れ込んできているんだ」


「なんで蒼天至高そうてんしこうから?!」


 よくよく考えてみればなんでアムの魂が蒼天至光そうてんしこうに? それになんで無数の邪念にりつかれているんだ? 輝力に満ちその輝力を放つことで、人々の心のよりどころにさえなっている神具から膨大な陰力が流れ込んでくるなんて。


 さらに俺は黒きアムの持つ法剣に目を向ける。黒い陰力のオーラでハッキリとは見えないが、なんとなく見覚えがあるような……


「邪聖剣クリア・ハート。アムがエイザーグとの最終決戦に挑んだときに使っていた最悪の能力を持つ剣だ」


「最悪の能力って?」


 俺は振り向かずに聞き返す。


「クリア・ハート。聖にも邪にも染まる無色の剣。どちらの力にも対応する、あれも奇跡の法剣だ。あの剣によりアムは邪法を使ってエイザーグと渡り合った」


 ドックン……


 俺の中で嫌な記憶が蘇った。


 それは、どこからか流れ込む濃密な陰力を吸い上げ自らの魂で浄化し、途方もない輝力を作り出して圧倒的な力でエイザーグを打ちのめしたアムのことを。


「なんであの剣は蒼天至光そうてんしこうと繋がっているの?」


「クリア・ハートはラディアと同じで私が作りアムが生み出した剣。その剣の心であるリンカーが蒼天至光そうてんしこうの中にいるからだ」


「クリア・ハートがリンカーだって?! それに、リンカーは生きているのか?」


 その剣の使い手であり、その剣に討たれたアムザーグが驚嘆きょうたんの声を上げた。


 リンカー。奇跡の鎧だった俺と一緒に生まれ、アムのために力を振るった戦友の名だ。アムの過信よって失われた奇跡の闘刃とうじん。自らを犠牲にしてアムを逃がしたリンカーが邪聖剣クリア・ハートだったというのだ。


「リンカーとの接続に成功したことで、蒼天至光そうてんしこうの中にアムの魂があることを知ることができた。そして、アムの魂を助けるためにリンカーの体であるクリア・ハートを使って、リンカーとの道を開くことにも成功したが、その道を利用されて蒼天至光そうてんしこうの中から邪念と陰力が解放されてしまったんだ」


 それがこの国に陰獣が再び現れた理由。クレイバーさんが自分の研究が原因と言っていたのはそういうことだったのだ。


「危険を承知で解放を促しクリア・ハートの中にアムの魂を救出しようとしたが、無数の邪念がアムの魂を媒介に集まって形を成した。それが、第二のエイザーグとも言うべき奴を生み出す結果となってしまった。私としたことがアムの魂を目の前にし、焦って事を急ぎ過ぎた……。邪念をはらってアムの魂を救うという目論見が甘かったと言わざるを得ない」


「なにか手はないんですか?」


 グラグラと地面が揺れ、噴き出した赤黒い光の柱によって土砂と瓦礫が巻き上がる。


「ある」


「え?」


 諦め半分で聞いてみたがその返答は確かに「ある」と返ってきた。


「あるのか?」


 存在が不安定なアムザーグも問い返す。


「アムの半身である君がいなければ無理なことだったがな。可能性はある」


「どどど、どうすればいいんですか?!」


 気が焦り、どもりながらその答えを求めた。


「条件はふたつだ。ひとつはクリア・ハートをアムの手から離すこと。そうすればアムへの陰力の流入を断つことができる。ふたつ目は……」


 クレイバーさんは若干言葉を溜めて言った。


「アム、君が自ら奴の中に飛び込んで魂を奪い返すんだ」


 彼女に向かってそう告げた。


「元々ひとつだったんだ、元に戻ることは可能だろう。ただ、懸念はある」


 一度伏せられた目を開けてアムザーグに言った。


「君が本気でひとつに戻ろうと思えるか。そして、聖闘女だったアムの心が邪念の巣くう陰力に満ちた場所に耐えられるかだ」


 確かにそうだ、あれほど憎んでいた自分の半身を受け入れられるのか。そして邪念と陰力の化身の中に飛び込んでアムの心は耐えられるのか。


「そんなことか」


 予想に反してアムザーグは拍子抜けというような声で言った。


「それなら問題ない。ふたりはアムサリアの心とエイザーグだったわたしが別々にあると思っているんだろうがそうじゃない。確かに最初は自分がエイザーグだったことを受け入れられず心を閉ざしていたし、聖闘女だったアムサリアをうらやみ憎んでいたことで、ふたつの心は別々のようになっていた。だけど、今は違う。ラグナと話しているうちにそんな壁は消えてしまったようだ」


 清々すがすがしくさえ思える表情でサラッと応えた。


「ホントかよ」


「さっきセイング・レイン・ブラストを使って見せたろ? アムサリアの心とエイザーグの心はひとつ。今キミと話しているわたしは一緒に馬に乗って野山を走ったアムサリアでもあるんだ」


 彼女から感じられる気配はあの頃のモノではないが、こうして話をしている感覚は確かにあのときのアムサリアだ。


「だけど、陰力の満ちたあいつの中に入るなんて、アムの心が耐えられるのか?」


「心配ない。今もこうしてエイザーグだったわたしと共にある。それにエイザーグとの闘いの中で大量の陰力を取り込んで力を奮っていたんだ」


「……信じていいんだな?」


 彼女は真剣な表情の中でほんの少し口元をほころばせてうなずいた。


「よし、アムザーグ。やることは決まった。さぁ決戦だ」


 ゴゴゴゴゴゴゴーーーーーー……


 地鳴りが響きアムが上がってくる。さっきよりもいっそう力を増しているようだ。


「ラグナ、この剣を使いなさい」


 クレイバーさんは腰の鞘から剣を引き抜いて俺に渡した。


「クリア・ハートには及ばないだろうが、その折れた剣よりは役に立つ」


 剣を受け取りひと振りしてみると、この剣の圧倒的な等級の高さがわかる。


「ありがとうございます。リナさんのことをお願いします」


 そう言って向きなおった俺は、向けられた殺気を振り払うようにもう一度剣を振るった。


「しかし、どうやってあのアムから剣を手放させるか。正直なところ俺の剣技じゃ打ち勝つ自信はないぜ。だからって法術の撃ち合いじゃ太刀打ちできないのは証明済みだしな」


 やる気は十分だったが勝機が見いだせない。そんな俺に彼女がとんでもない提案をしてきた。


「わたしが闘う」


「ん?」


「わたしがキミの体を使って闘うんだ」


「えーー?!」


「キミの体ならわたしの力に耐えられるだろう。ただお互い輝力と陰力の力はそうそう使えない」


 俺の中で最大限に陰力が練り上げられると思うとぞっとする。


「相手は聖闘女の片割れと、それに群がる邪念の烏合の衆。こっちは聖闘女の片割れとそれを守護する元奇跡の鎧、そして破壊魔獣エイザーグだ。これだけの者がいて負ける道理があるか?」


 滅茶苦茶な計算だがここは乗っかるしかない。


「わかった、目一杯やっていいぜ。そして、アムを救おう。ついでに蒼天至光そうてんしこうの中にいるリンカーも助けてやるか」


 俺はアムザーグに手を差し伸べた。


「そうだな、リンカーには大きな借りがある。そのためにもこの闘いに勝利しよう」


 その手をアムザーグが微笑みながら握り返す。すると、彼女はなんの抵抗もなく俺の中へと入ってきた。


 二十年ぶりのアムサリアとの共闘だ。かつての宿敵エイザーグともひとつになって、自身の半身、いや正確に言えば半魂はんこんを奪い返し、真のアムサリアに戻るための闘いが始まった。

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