困惑

 彼女がなにを言っているのか瞬時には理解できない。


 俺と共にあったというアムの心。奇跡の鎧に納められていたエイザーグの心と魂。さらに邪念に取り付かれて黒き闘士となっているアムの魂。それらはすべてひとつだったと彼女は語った。


 アムは強い英雄願望によりグラチェを母体とし、自らの半心半魂はんしんはんこんを使って宿敵のエイザーグを作り出し、その宿敵を討つ英雄となった。


「来るぞ!」


 クレイバーさんの声と同時に黒きアムが動き出した。近付くだけで不快になるオーラに包まれ、肩にかついだ剣を勢いよく振り下ろす。


 俺と彼女はそれぞれ左右にかわすが、俺は法技の猛烈な剣圧によって砕かれた瓦礫がれきごと吹き飛ばされた。


「お前もアムサリアだって?!」


 床を転げながら数秒遅れて問い返した。


「ゴーラ・ファイム・トルネイド」


 自身がエイザーグだと告白しながらアムサリアだともうったえた彼女。憎しみと悲しみの感情を乗せた闇の火炎竜巻が黒きアムに襲いかかる。


「そうだ、だから許せなかった。英雄となるためにわたしをエイザーグにして聖闘女となったあいつを。聖闘女になりたかったのはわたしも同じだ」


 この言葉にも憎しみと悲しみの感情が入りまじっている。ときおり感じた理解しがたかった表情や感情の意味をやっと理解した。


「あぁぁぁぁぁぁ」


 黒きアムのうめく声で火炎竜巻が内側から弾け、中からより大きな氷刃ひょうじんの波動が天を突いた。黒きアムが剣を振り下ろすと氷刃ひょうじんの竜巻は勢いよく地を走り俺たちに向かってくる。


 避ければリナさんたちに当たる。そう瞬時に把握してその場に踏みとどまることを決意。最大限の心力増幅から最速で上位法術の錬成。そして、剣を正面に向けて渾身の力を込めて叫ぶ。


「エクス・ロッグ・ウォーラル」


 俺と竜巻のあいだに岩の壁が屹立きつりつして氷刃ひょうじんの竜巻の進行を食い止めた。……ように思われたのも一瞬で、またたく間に削り砕かれていく。


 奇跡の鎧と一体となり、以前とは比べものにならないほどの増幅力と錬成力を身に着けたが、その法術を発現させるにはこの刀身が砕けた法剣では役不足だと感じていた。


 そう考えているあいだにも岩壁の半分が削り砕かれ、あと五秒も耐えられないだろう。


「エクス・ファイム・ブラスト」


 アムサリアの法術が、目前に迫った竜巻の根元で大爆発を起こした。


「うおぁ!」


 残りの岩の壁ごと竜巻を爆散させた勢いで、俺は後方へ吹き飛ばされ背中を床でバウンドさせ一回転して仰向けで着地した。


「無事だったな」


 爆発を起こした当人から一方的に安否を確定された。


「誰が無事だって……?」


「リナとクレイバーだ」


「俺は数に入ってないのか」


 彼女の信じがたい告白に対して疑念だけでなく怒りすら覚えていた俺だが、この以前にもあったようなやり取りによって、彼女がアムサリアなんだと思えてしまった。


『本当にお前もアムなのか』


 だけど、目の前にいる邪念に捕らわれ苦しむアムのことを想うと、その言葉は口に出せなかった。


 足を振りその勢いでヒョイと起き上がり俺は彼女に声をかける。


「おい、アムザーグ」


「な、なんだその呼び名は?!」


 その焦り方や切り返す言葉は、ラディアではなくラグナの知るアムサリアと同じものだった。


「お前が本当にアムサリアなら今は俺に力を貸せ」


 彼女はその申し出に言葉を詰まらせた。


「なにかするにしてもまずはアムの魂を救うためにあの邪念をはらってからだ」


 彼女は顔をしかめながらも小さくうなずいた。


「俺が前に出るから援護しろ。隙があったらデカいのを撃ち込んでくれ。上手く抑えることができたら俺の輝力の波動でアムの魂に群がる邪念を吹き飛ばしてやる」


「……わかった」


 俺たちがそう言葉を交わして黒きアムに向き直ると、俺の意志に呼応してか、なげきに聞こえるうなり声を上げて剣を横に振るった。


 すると、体を取り巻いていた赤黒く禍々まがまがしい陰力が剣に絡め取られる。


「なにをする気だ?」


 それは一気に密度を増し、振りかざした剣先から放出されて獣の形を成した。


「な……」


 エイザーグ、そこに現れたのは紛れもなく破壊魔獣エイザーグだ。


「ばかな!」


 自らがエイザーグだと告白した彼女が声を漏らす。信じられないがその姿と|脅威きょういは俺の記憶とも一致する。


 低い唸り声からの激しい咆哮が体と心を震わせた。


「これはやばいな」


 そう言ってまばたきする間に、俺の側面にエイザーグが現れた。


 不意を突かれた俺は視線だけを向けると、凶悪な爪を有する左腕が振り上げられていた。


 しかし、振り上げた腕は俺に振り下ろされず、飛び込んできた黄緑色の獣がエイザーグに組み付き押し倒した。


「ぐおぉぉぉぉぉぉ」


 その獣は頭部に三本の角をかんし、しなやかで強靭な尾を唸らせ、きらめく黄緑色の体毛に包まれて、白く輝く光を発していた。


「グラチェ!」


 色と内包する力は違えどエイザーグに似た獣はグラチェだと言うのだ。


「どうなってんだ?」


 次々に展開する事態に俺の思考はまたしても置いていかれてしまった。


「グラチェは私の輝力を受けて聖獣に変化したんだ」


「おじさん!」


 そう話したクレイバーさんはつらそうにしている。


「グラチェが心に語りかけてきてな。それに同意して輝力を渡したのだ。かなりの量を吸われたんで少々こたえたが、魔獣を抑える戦力としては申し分なかろう」


 今、エイザーグと壮絶な闘いをしているグラチェはエイザーグの母体だった。そのグラチェがクレイバーさんの輝力を受けてエイザーグそっくりな聖獣となって闘っている。


「ラグナ、グラチェが偽エイザーグと闘っているうちに、わたしたちは奴をなんとかするぞ」


「おう」


 それから約三分、俺とアムザーグはギリギリの回避と微妙な法術の連携で黒きアムと闘っていた。

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