代償

「お前がエイザーグ……」


 彼女の後ろにいるクレイバーさんすらも驚愕きょうがくの表情で見ている。これはいったいどういうことなのか?


 だが、彼女が本当にエイザーグだというのなら、クレイバーさんの研究所であったことの説明がつく。


 保管されていたエイザーグの肉体の破片が奇跡の鎧へと集まろうとしたことも、邪念獣が奇跡の鎧を狙っていたことも、鎧の中のエイザーグの心と魂を求めていたからだ。


 俺との闘いの中で邪念獣が霊体となったアムサリアに向かっていたのは、彼女が告白したように自身がエイザーグである証拠とも言える。


 この衝撃的な真実に俺は驚かずにはいられなかった。


「アムサリアはずっとずっと願っていた。聖闘女リプティのような人々に希望を与えられる英雄になることを。誰よりも強い想いで、毎日のように友人に話し、毎晩蒼天至光そうてんしこうの守護獣であるグラチェに語って聞かせていた。グラチェも彼女の願いを叶えたいと思っていたんだ。そして、ある日その願いは蒼天至光そうてんしこうによって叶えられた。ただし、ある大きな代償を払うことでな」


 彼女はキッっと歯噛はがみみした。


「うっぐあぁぁぁぁ」


 俺の後ろで片膝を付いていたアムの魂である黒き闘士が叫びながら立ち上がった。しばし抑えられていた陰力はさきほどより荒々しい。


「キミの輝力に感応したアムサリアの魂が邪念を抑えていたようだが、そろそろ限界かな。キミが護りたかった聖闘女の魂は無数の邪念に取り憑かれて苦しんでいるようだぞ。まぁそれも自業自得だがな」


 確かにアムの苦しみが伝わってくる。その苦しみは憑依されていたリナさんの比ではないのはあきらかだ。魂が消失してしまわないのが奇跡だと言える。


「自業自得ってのはどういうことだ。大きな代償ってのはなんなんだ?!」


蒼天至光そうてんしこうがエイザーグを生み出したと話したが、エイザーグには母体があるんだ。その母体となったのは……」


 すり寄るグラチェの頭をひとですると、寄り添っていたグラチェが目を閉じて小さく鳴いた。


「……まさかっ?!」


「そうだ、グラチェはアムサリアの宿敵になったんだ。そして、あいつはグラチェに大聖堂に集まる参拝者を皆殺しにさせて自分だけ生き残るという演出をさせた」


「人々を救うために闘ったアムが、英雄になるためにグラチェに参拝者を殺させただって?」


 そんなこと信じられるはずもない。彼女は人々のために命を賭して闘い、最後はその命を使ってエイザーグを討ったのだから。


 だが、研究所での闘いで途中で乱入してきたグラチェに対し、邪念獣が攻撃をしなかったのは、グラチェがエイザーグの母体であったためだとするならどうだ? 初めてエイザーグが大聖堂に現れたのも、アムの誕生祭に突如として奴が現れたのも、蒼天至光そうてんしこうの守護獣であるグラチェがエイザーグであるのなら説明がつく。


 『奴が神出鬼没なわけだ』


「お前がエイザーグでグラチェもエイザーグとはいったいどういうことだ? そんなおかしなことを言う奴の言葉が信用できるもんか!」


 だが俺は、自分で導き出した答えを否定したく、そう叫んだ。


「あぁぁぁぁぁ」


 狂気をはらんだ叫びを上げ、赤黒い濃密な陰力をまとったアムが再び襲い掛かってきた。そのアムの狙いはエイザーグだと告白した彼女だ。


「ぐがっ」


 咄嗟とっさにあいだに割り込んで攻撃を受け止めたが、エイザーグを名乗るアムサリアとの攻防に強力な法技を使ったため、力が入らず大きく押し込まれる。


「ラグナ、なぜわたしをかばう?!」


 ギーーーーン


 黒きアムの一合は必殺の一撃に相当する。鎧の力を取り戻してなければ受け止めることすらできなかっただろう。


 金属がゆがみ削られるような金斬り音が鳴り、それによる振動が腕の筋骨きんこつきしませる。


「なぜだ、なぜかばうんだ」


 攻撃を受けるだけで話してる余裕などないのだが、


「それはっ」


「お前の中のっ」


「アムの心をっ」


「護るためだーーーー!」


 重撃に抗う声をかき消す金属音が空気を震わせ、俺の自慢の剣は刀身の半ばから斬り砕かれる。強度重視で作られていたクレイバーメイドの法剣だったが、都度十回程度の打ち合いで限界を迎えてしまった。


 黒きアムの剣はそのまま俺の右肩に打ち込まれ、鎧が光の飛沫ひまつを散らしながらその剣撃に抵抗している。一撃で斬り抜けなかった黒きアムは鎧に阻まれた剣をもう一度振り上げた。


「せいっ!」


 剣を振り上げているアムの腹部を横蹴りで蹴り飛ばし数メートル間合いを取るが、その剣にはよりいっそうの力が込められた。


 慈悲の欠片も感じない鋭く尖らせた目からは、俺もろとも自身がエイザーグだと告白したアムサリアを粉微塵こなみじんにする殺意が込められている。そう感じた通りに黒きアムは、激烈な陰力をまとった剣をいっさいの躊躇ちゅうちょもなく振り下ろした。


「セイング・シルド・アブソール」


 白い菱形ひしがたの法術の盾がその殺意の攻撃を受け止めた。


 振り向くとクレイバーさんがリナさんの治療ちりょうをしながら懸命に法術を発現させている。


「お前がラディアだったとは驚きだぞ。ここを出たらじっくり聞かせてもらおう」


 苦しそうだがいつも通りクールにそう告げた。


「わたしの中のアムの心を護るためとはどういう意味だ?!」


 横から彼女が大声で問う。武器も破壊され考える時間もないこの窮地きゅうちに、そんなことを突っ込んでくるとは豪胆ごうたんなのか、わがままなのか。


「言葉の通りだ。お前の中にはあの夜明け前に俺の部屋に現れたアムの心がある。だから出ていけと言ったんだ」


「なに?」


「お前はあの日に会ったアムじゃない。今ならわかる。おじさんの研究所で邪念獣と闘ったあのときから感じていた違和感の正体はエイザーグであるお前だ」


「わたしに言った『出ていけ』という言葉はリナから出ていけということじゃなかったのか?」


 彼女は呆然ぼうぜんと俺を見ている。そして、わずかに口角を上げた。


「さっきの話には続きがある」


「続き?」


 そして、神妙な声で語った。


「アムサリアが叶えた願いの大きな代償だ」


「それはさっき聞いた。愛獣のグラチェがエイザーグの母体になったってことだろうがっ」


 吐き捨てるように言った俺の言葉にわずかに悲しげな表情を含ませた。


「違う……」


「え?」


「違う、グラチェは自らの意志でエイザーグになることを選んだ」


 クレイバーさんが張った法術の盾が何度目かの攻撃を受けて明滅する。


「アムサリアが英雄になる願いはグラチェがエイザーグの母体になるだけでは叶えられなかった。代償を払ったのはアムサリア自身。自分の心と魂をふたつに分け、母体のグラチェと一緒にエイザーグを生み出した」


「それって、まさか……?」


 シャリーンという音を発して法術の盾が霧散する。


「わたしはアムサリアの半身。エイザーグであるわたしもアムサリアなんだ」


 その言葉を口にした彼女は泣きすがるような声だった。

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