新生
「大天使シルンよ、どうかアムサリアを護ってください」
「彼女に力を与えて」
歓声は祈りに変わった。静まり返った大聖堂内で祈る声がいくつも聞こえる。
「みんなの想いのこもった剣と鎧があっという間にこの有り様か。わたしの力が至らないばかりにすまない。だが、ここまで来たんだ最後まで付き合ってくれ」
この期に及んでそんなことを口にする自分がいる。
残った心力を法具に込めてエイザーグに走り寄る。さきほどまでのように互角とはならないが、本当に紙一重の状態での攻防となった。
体は重く呼吸も乱れ、法具もこんな状態だが闘いをやめるわけにはいかない。
「お願い法具たち。アムサリアを護って」
少女は強く祈っていた。
「俺たちの剣よ、彼女の力を魔獣に叩き込んでくれ！」
男性は叫でくれていた。
ときおり
「トルクス・エンハンサァァァァ」
筋力強化の法術と気勢を込めて振り抜いた剣は甲高い音を上げて剣先の三分の一ほどからへし折れてしまった。
腹部を深く突き刺された魔獣は苦しみの声を上げながら、振り向きざまに頭部を低く構えた。
「まだだ、まだ闘える」
「そうだ、まだやれる！」
そのあと押しの声は、まるで自分ではない者が発したように聞こえた。
低い姿勢から突き上げられた角をかわしながら、渾身の力で折れた剣を魔獣の頭部へ振り下ろした。
「ヘビー・クラッシュ」
頭部を叩き割る思いを込めた重撃の法技が剣の耐久限界を超えてしまった。とうとう残った刀身までもが砕け散り、わたしはエイザーグの頭突きを受けて宙に打ち上げられる。だが、同時に上がった魔獣の叫び声も確かに苦しみの叫びだった。
床に落下したわたしはエイザーグの反撃を警戒しつつ、力の入らない膝に喝を入れて立ち上がる。
そのわたしを見下ろすエイザーグの眼つきがさらに険しくなり、纏った陰力が頭部へと収束していった。それはさきほど見せた咆哮の予兆だ。
無駄とは思っていても腕を前に組んで下っ腹に気合を込めて身構える。
放たれた咆哮の猛烈な衝撃が体を打ち、濃密な陰力の放射が心を
「それでいい、体の護りは任せて心を強く持って魂で抗え。そして、その先に踏み出すんだ！」
怨念の咆哮を受ける中で語りかけられたわたしは、キラキラと光を放ちながらその絶望の淵から飛び出した。
終息し始める咆哮から体側へと飛び出し砕けた剣の柄を強く握ると、しっくりとした握り応えと確かな重みが感じられる。
「そのまま全力で振り抜け！」
さきほどとはまた違った声に後押しされ、体の自然な流れのままに、折れた剣が刺さる腹部目がけて横一線に薙ぎ払った。
刀身を失ったことで剣としての機能など無いはずなのだが、まるで法術で強化されたように斬撃に衝撃もともなって、魔獣の体を横向きのまま大きく押し込んだ。
振り向き身構えたときに右手に握られた剣を見ると、美しく輝く強靭な刀身を持ったひと振りの剣へと新生し、粉々になったはずの鎧は、咆哮受けて光の
国中の人々の想いのこもった法具が、目の前にいるこの破壊魔獣とのたったの一戦でボロボロになってしまったが、より力強い波動を放って今再びわたしと共にある。
（いったいなにが起こったんだ？）
しかし、今それを考えるだけの思考力も時間もない。
変わらず全身に痛みと
そんな中でも態勢を崩したエイザーグに向かい剣を振るってたたみかける手は止めない。
その攻勢に乗じて後方から歓声も聞こえてくる。
（この期待に応えるのがわたしの目指す英雄たる者の使命だったな）
「その意気だ。おまえの残った力をおれが奴に叩き込んでやるよ」
「まぁ待て、今は少しでも体を回復させなければ」
今度はハッキリと聞こえた。何者かがわたしに話しかけている。
「おまえたちは誰だ？！ どこにいる」
ギリギリの攻防が続く闘いの中で、近くとも遠くとも言えるその声の出どころがわからず声を上げて問いただす。
「おれはここにいるぜ」
「私は君と共にある」
わたしに話しかけているのは、確かにこの剣と鎧だ。
それとも闘いのさなかに客観視する冷静な自分と話すことで、自分が二重、いや三重人格になってしまったのか？
「きっと驚いているのだと思うが、今は成すべきことを成そう」
「奴をぶっ倒すんだろ！」
「違うぞ、人々をここから逃がすんだ」
法具たちの妙なかけ合いを聞いて、乱れていたわたしの心は少しだけ落ち着きが戻る。
わたしに起こったこの奇跡的な現象を今理解する必要はない。人々を助けて、わたしも生き残ることができたなら、そのときゆっくりと考えよう。
手を止めずにざっと辺りを見回すと、人々はわたしのために足を止めて様々な声を上げている。
「ロッグ・ウォーラル」
岩の壁が床からせり上がり、唸り迫る奴の
「今ひとつの奇跡が起こった。みんなの想いを込めて作られた法具は、わたしが倒すべき宿命の敵との闘いの中で真の力を目覚めさせたのだ。これからもみんなの想いが必要になる。だから今は生きてここから抜け出そう。わたしはもう大丈夫。どんなに離れてもこの法具を通じてその想いはわたしに届く。魔獣はわたしが絶対に抑えるから、みんなは慌てず進むんだ」
その言葉を聞いて少しずつ歩みを進め始めた。
大聖堂の出入り口の大扉は落ち着きを取り戻した人々によって大きく解放され、多くの人が通れるようになり、人の波はスムーズに流れ始めた。
最前列にいた人たちもゆっくり後退しながらわたしに声援を送り続けてくれた。
大聖堂の半ばを越えて人々が下がったところで、法術によって作られた岩の壁に亀裂が走り、勢いよく四散する。
飛び散る岩の破片をくぐり抜けてふところに飛び込むと、再び風切り音と金属音の飛び交う闘いが再開された。
扉が大きく解放されたおかげで人々の退避は順調だ。
（この調子なら二分はかからないな）
それを確認してわたしは言い放った。
「おまえたち、奴を抑える力を貸してくれ」
「心力をしっかり練り上げて錬成しろよ。そうすればおれが特大の法術法技を叩き込んでやるからな」
右腕に握られる剣の威勢のあるその言葉を聞くとやれそうなイメージが湧いてくる。
「落ち着くんだ。君の今の状態では法術を使える回数はそう多くない。適切に使い分けないと人々が脱出する前に力尽きてしまうぞ」
鎧の方が冷静に状況を把握しているようで、
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