決着
わたしの誕生祭に国民から贈られた素晴らしき武具は、その誕生祭に突如乱入してきたエイザーグとの闘いによって完膚なきまでに破壊されてしまう。しかし、その武具たちは奇跡的な現象によって意思を持って新生し、危機的戦況を盛り返した。
誕生祭がおこなわれた大聖堂から人々が逃げ出すまであとわずか。エイザーグはわたしを避けるように右に飛ぶと着地と同時に人々に向けて火炎を吐き出した。
「エクス・フォッグ・ウォーラル」
法術の霧の壁は今度も炎を
「あと二回」
炎を吐いて動きの止まっている魔獣の背中を斬りつけたわたしは、そのまま進行を阻むようにエイザーグの前に立ち塞がるのだが、すぐさま奴は反対方向へと飛び出していく。
「逃げる人々が優先か」
これまでのわたしの攻撃によって動きが悪くなっているとはいえ、わたしを無視して人々を襲おうとするエイザーグを追いかけるのは容易ではない。少しでも反応が遅れてしまえば、背を向けて逃げる人々は一瞬にして八つ裂きにされてしまうだろう。
「させるかぁ!」
万全でないのはわたしも同じだが、体に鞭を打ってエイザーグの動きを追う。わたしの側面を駆け抜けたエイザーグに向かい、全力で踏み込み飛び出すと、この体が羽のように軽く、風の
「これは?!」
「君が望んだろ?」
高速移動法術が発現したのだ。
圧縮された陰力を纏ったエイザーグの右腕が振り上げられ人々に襲いかかる。
「ここだ!」
「待ってたぜ!」
着地の勢いで沈み込み、両足でがっちり大地を踏みしめると、その反動で飛び上がり剣を斬り上げた。
「セイング・ヘビー・スラッシュ」
エイザーグが振り下ろす右腕とわたしが斬り上げる光の剣が
黒と白の閃光と衝撃音が入りまじり、わたしは地面に叩きつけられて転げ飛ばされ、逃げる人々数人を押し倒して止まった。
体の芯に響く衝撃が後を引く。倒れたまま横目でエイザーグを見ると、その腕は切断には至らなかったが深手を負っていた。魔獣はもうその腕を地に着いて立つことはできそうにない。今度こそ完全に
出口まで二十メートル。人数は百人程度。
「あと少し、ここをしのげば我々の勝ちだ」
鎧が言う。
「なに言ってんだ、こいつを叩き斬って勝ちだろ!」
剣が言い返した。
「奴を倒したいのは山々だが、わたしもそろそろ限界だ」
出血のせいか手足は
「あと……、一回」
全員の脱出まであと数十秒となり、残りは怪我人を抱えた巫女たちだけとなったとき、エイザーグに猛烈な陰力が集束し始めた。
「ぐるぅぅぅぅぅぅぅ」
唸る破壊魔獣の口元にバチッと電光が走った。
「
怨念のこもったあの咆哮と同じ、今までにない攻撃だ。
あれを防ぐ法術はない。放たれれば後方の人波もろとも通路を走る多くの人が黒焦げになるだろう。
わたしは
「これがわたしの取って置きだ! 剣よ鎧よ、頼む。奴の
いく度の絶望に折れなかった心から、心力を絞り出し、増幅して法技を錬成しようとするのだが、取って置きを錬成するにはあきらかに心力が足りない。エイザーグを討つため自ら構築している未完成の法技だが、奴の
その未完の法技を錬成するため、必死で心力の増幅を試みる。
「わたしの全力はこんなものなのか!」
心と体のありったけを注ぎ込んだ飛びそうな意識の中、わたしに優しく確かな言葉がかけられた。
「君はもうひとりではないぞ」
鎧が口を挟むとわたしの中に残ったひと握りの心力が
「おおおおおおおおお」
「くらいやがれ、クソたれ魔獣!」
気合のこもった剣の叫びに続けて、わたしも法技の法文を叫んだ。
「グラン・ファイス・ブレイバァァァァ!」
闘気と心力が込められた法技が一瞬早く放たれた。
陰力に雷撃を纏わせた咆哮を巻き込んだ斬撃は、|上段からエイザーグの頭を叩きつぶす。同時にわたしの体は咆哮の勢いと雷撃の
「アムサリアー!」
シエラさんは消えゆく雷哮を受けながらも吹き飛ぶわたしを受け止め背中を地面に打ち付け、大扉から外に転げ出る。そして、苦痛に顔を歪めながら叫んだ。
「扉を閉めなさい。急いでっ!」
巫女たちは一斉に扉を押すとゆっくりと扉が動き出し、邪気の満ちた大聖堂との境界を作っていく。
狭まっていく扉の向こうでうつ伏したエイザーグは、静かにこちらを見ていた。
突き刺さるような悪意の奥に、ほんのかすかに感じる悲しげな感情の波動。
「お前はいったい何者なんだ……」
心で問いかけるが返ってくる言葉はない。
「必ずまた来る。おまえを助けに」
「助けるってどういうことだよ?」
「その考えは理解できないが、奴が苦しんでいるからだろう」
扉は静かな音を立てて閉まり、一瞬の静寂のあとに魔獣の遠吠えが響き渡った。
「みんな、油断しないで。急いで教会から出なさい」
逃げる人々の最後尾を護っていたシエラさんの指示を受け、巫女たちも外へと向かう。
「アムサリア、良くやってくれました」
そう言って痛みに耐えながらわたしの肩を
「出せるものは全部出し切りましたが奴を倒せませんでした」
「本気で倒すつもりだったの? あれほどボロボロにされてたのに」
彼女はあきれ果てた顔でわたしを見た。
「もちろんです。でも、すべてを出し切っても力が及びませんでした。ここで気を失うのが物語の定番なんでしょうけど、体中が痛くてとても気を失いそうにありません」
「それは助かるわ。私も傷が痛むから、あなたを抱えて外まで行くのは大変なの。どうか外まではそのまま自分の足で歩いてちょうだい」
長い回廊を抜けていくつかの扉をくぐると外界への光が見えてくる。その先で、脱出した人々が声を上げてわたしを迎え、たくさんの感謝の言葉が投げかけられた。
その声は大空に響くほどの声なのに、だんだんと小さくなっていく。それは、わたしが意識を失ったから。記憶はそこで途絶えたが、最後に見たみんなの泣き顔と笑顔はしっかりと覚えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます