死闘

 どんどん悪化していく状況の中で、焦る自分を俯瞰ふかんする冷静な自分がいることに気が付く。


 エイザーグの攻撃を避けることができないため反撃に移れない。ときおりガッチリと受け止めては吹き飛び、回避をしくじっては吹き飛び、およそ闘っているように見えないであろう闘いが続いていた。


「頑張ってー!」


 そんな大混乱で逃げ惑う人々の中から声が上がった。


「負けるなアムサリア」


 この状況の中でわたしの闘いを見て応援してくれている人がいる。


 歓声が力になったのか、吹き飛ばされつつの相打ちだが剣に大きな手ごたえがあった。ダメージは大きかったのだが両足でガッチリと床を踏みしめ体を支える。


(ここだ!)


 好機と感じて剣を腰の横に構えたわたしは法文を唱える。


「エアロ・バースト」


 相打ちで焼失した防御障壁の再展開を捨てての空圧爆破による瞬間加速。その法術は心力の配分、増幅、錬成、展開、発現と完璧におこなわれ、わたしの体をエイザーグの背後に肉薄にくはくさせる。


「ストーム・ザンパクト」


 暴風を纏った刀身を全力で振りぬいた。


 法剣から伝わったのは、魔獣の後ろ脚を斬り裂く会心の手応え。荒れ狂う風の斬撃がエイザーグの敏捷力に致命的なダメージを与えた。


 その一撃によって、さきほどまでが嘘のように人々の歓声が上がる。その声に呼応してか本当にわたしに力が湧いてくるようだった。


(離されるな、食らいつけ)


 エイザーグの足のダメージが大きいことから、どうにか接近戦に持ち込むことができたのはいいのだが、激しい攻防によって鎧はどんどん破損していく。


「いやぁぁぁぁ」


 聞こえるのは応援だけではなく悲痛な声も入り交ざる。


「どうした魔獣よ、おまえの力はそんな程度か!」


 鎧も好機も削り取られながらもわたしは自分を鼓舞してみせた。


「みんな、恐れるな。この程度の状況など苦戦しているうちに入らない」


 これだけのハッタリを言える自分の胆力を褒めたくなった。


(いくぞアムサリア、ここが勝負どころだ!)


「おぉぉぉぉぉぉぉっ」


 下っ腹から出す声で自分に気合を入れ剣を振り回していたが、鎧はひび割れ剣は刃こぼれし、わたしの息も上がっている。


「アムサリア負けないで」


 どれだけハッタリをかまして強がっても、苦しい戦況は人々に伝わっているのはあきらかだが、この耐え続ける闘いに大きな好機が訪れた。


 エイザーグの攻撃を受け流したことで生まれた小さな隙。踏みとどまったわたしは半歩踏み込んで軸足を全力で薙いだことで魔獣はバランスを崩す。


(「今だ!」)


 はやるわたしと冷静なわたしの声が重なる。


「ヘビー・ザンパクト」


 飛び上がり上段から渾身の一撃を額に叩き込むと、エイザーグは苦悶の声を上げて頭を振って暴れだす。


(たたみかけろ!)


 これまで冷静な心で俯瞰ふかんしていた自分とは反対に、熱い心が激を飛ばした。


「アクセラル・ファルッシュ」


 瞬発力向上の瞬間加速に高速斬撃を重ねた法技も痛撃。暴れる魔獣の攻撃は照準がめちゃくちゃでさらなる好機を生み出す。わたしは切れ切れの呼吸の中で勝利をつかみ取るために、攻撃の手を休めず剣を振り続けた。


 闘いはもはや互角だが、消耗はわたしの方が大きい。このまま闘い続ければわたしが先に力尽きるかもしれないという予感はあるが、この体が動く限り闘うしかない。


「メガロ・ザンバー」


 距離を取ろうとするエイザーグに対して斬撃を飛ばして追い打ちをかける。


(このまま押し切れ!)


「エアロ・スラスト」


 少し離れた位置で斬撃を受けているエイザーグに突進系の法技で追従する。だが、切っ先を胸元へ突き伸ばしたとき、エイザーグが消えるように動いた。


 どうにか反応して視線だけで追いかけ、突進系法技の勢いを殺しながら振り向いたわたしの目の前に、纏た陰力を頭部に集中していくエイザーグが身構えていた。直後に爆音の咆哮が繰り出され、その衝撃を受けたわたしは数メートル飛ばされたあげくに意識が半分飛びかける。


「なんだ……、今のはっ」


 これまでになかった新たな攻撃によって損傷の大きかった鎧は左半身が吹き飛び全身も大きく損壊してしまった。わたしも肉体的、精神的に深刻なダメージを負ってしまう。


 少し離れた後方で声を上げていた人々が幾人も倒れているが、わたしは気を強く込めていたおかげでなんとか心折れずに済んだようだ。しかし、濃密な陰力の波動が心と魂を貫き、手足も動かず心力も削られた感覚だった。


「鎧が……」


 恐らくこの国で最高の等級を持つであろう鎧も次の攻撃には耐えられまい。人々の声援は止まり、わたしに力を与えてくれるものはなくなったと思った。


 上体だけを起こしてエイザーグを見ると、深手を負わせたはずの後ろ脚の傷がほぼ塞がっている。どうやらそういった能力が奴にはあるようだ。しかし、咆哮を放ったエイザーグも大きく息をついて動かない。これまでのダメージと消耗からだろう。


「ならば、あとひと押しだ。生まれたばかりの名も無き法具たちよ、どうか力を貸してくれ」


 わたしは震える心と体を無理やり奮い立たせながら立ち上がり、足を前に進ませた。

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