第6話 友人の手記:一人カラオケ

 人は、死を前にして、初めて生きることを学ぶのかもしれない。


 友人の手記を眺めていて、私はつくづくそう思わずにはいられない。


 だが、仮にも人を襲う呪縛、超常現象である、「干し馬」は、それを許すのだろうか?


 彼女の手記は続く。


 私は、その先を見るたびに見たくなかったと思うのに、ついつい引き込まれるように読み進めてしまう。


 否、今回は、そこから意味を見出そうとしているのだから、私は、積極的に読んでいるのかもしれない。


 ともかく、それは、更なる悲劇へと続いていく。


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 破滅的な予告動画に踊らされるように狂っていく私の人生の中で、残された時間の中で、まずやりたいと思ったことは、存分に遊ぶことだった。


 人に気を遣うことなく、独りで、悠々自適に遊びたい。


 そう思った私は、人生で初めての一人カラオケに出かけた。


 足を運んだのは、最新鋭のカラオケ設備を有し、24時間営業しているカラオケ店である。

 都内の繁華街にあるため、他の様々なお店のギラギラした光に埋もれている。場所自体が、表通りから一歩引いた場所にあるため、ちょっとした穴場になっている、私のお気に入りのお店だ。


「いらっしゃいませ。本日は、お一人様ですか?」


 友人と比較的頻繁に通っていたお店であるため、見知っている店員さんは、私が一人で入ってきたことにやや驚いたように問うてきた。


「はい」

「本日は、どのようなプランをお使いになりますか?」


 残された時間がわずかである以上、存分に歌いたい。


 そう思った私は、答える。


「オールナイトパック、アルコール飲み放題付きでお願いします」

「かしこまりました。こちらにご記入お願いします」


 渡された書類に、必要事項を記入すると、店員さんは伝票の上に部屋番号が書かれた紙が挟まっているものを、渡してきた。


「こちらのお部屋へ、お願いします。館内3階となっております」


 私は、エレベーターを使って3階に上がり、その伝票に示された部屋、321号室に入る。


 その部屋は、昨今増えているヒトカラ専用部屋であろうか。比較的狭く、座席もせいぜい、二人分しかない。

 一人分ではないのは、荷物置き用の場所を確保してのことかもしれないが、それにしても、普段使ってきた部屋に比べて、随分と窮屈に感じられた。


「人が入れないぐらい狭い場所に入れてしまえば、寂しさを忘れられるというものでもないのに…」


 私は、そうつぶやきつつ、着てきたジャケットをハンガーにかける。


「ともかく、今日は気配りなく歌わせていただくわ。下手な曲も、友人と歌うときには雰囲気の問題で歌いづらい曲も」


 最初の一杯のジン・トニックを手早く店員さんに注文して、私はカラオケ用の、タブレットにしては分厚すぎる、何とも言えないタッチパネル付きのコントローラーを操作する。


 このままいけば、この夜は人生で最高のものになる。


 そう思っていた私は、まだ「干し馬」の本当の恐ろしさを知らなかったのだ。


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 私は、メビウスをもう一本手に取る。


 前に読んだときに、本当に恐ろしかったのは、この先だったから、一瞬詠むのをひるむ気持ちが生じる。


 しかし、それでも、既に引き込まれてしまった心の、読みたいという叫びと、謎の解明のために読まなくてはならないという義務感が、私にページをめくらせていく。


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 最初は、気持ちよく歌えた。


 しかし、アルコールの杯数を重ね、酔いが回った中で歌い続けていくうちに、本当に歌いたい曲が尽きかけていることに気付いてしまった。


「うう…やっぱり、私の人生は、薄っぺらだったのかしら…」


 少しばかり涙がにじみそうになる。


 プルルル、プルルル。


 その時、突如響いてきた音に、おや、と私は思った。


 プルルル、プルルル。


「確かに聞こえたわね…。何かしら?」


 プルルル、プルルル。


 鳴っているのは、私のスマートフォンであった。既に夜の2時近いのに、どういうことなのだろうか。


 不思議に思った私は、スマートフォンの画面を見る。


 表示されていたのは、見知った電話番号であった。


「お母さん?なぜ、こんな時間なのに…。普段は、もうとっくに寝ているはずなのに」


 私の母は、普段であれば夜の10時には寝てしまう、今どき珍しいほど健康的な生活をしている女性だった。それだけにかえって不思議に思われ、私はその電話を取るのがためらわれた。


 これは、普通じゃない。嫌な予感がした。

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