第4話 友人の手記:家庭教師バイトをクビに
友人の手記には、更なる悲劇が綴られていた。
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この当時、私は、就活の合間に、家庭教師のバイトを受け持っていた。
学生と、家庭教師を希望するご家庭との間のマッチングを行うサービスに登録していて、たまたまそこでうまくマッチしたご家庭があったので、私はそのご家庭の生徒さんを教えることになっていた。
その日は、内々定の一つが消えた次の日だった。
いつもの通り、家庭教師として教えている生徒さんの家に行くと、彼の母親が迎えに出てきた。
だが、様子がおかしい。
嫌な予感がしたが、口に出すとより一層現実になってしまいそうだったので、私は黙って、挨拶をしようとした。
「お邪魔しま…」
「あなたは、今日でクビです。もう来ないでください」
何となくその類の気はしていた。こういう時は、悪いことが重なりやすいから。
だが、いくらなんでも、理由もなくクビの一言で済ませてしまうのは、あんまりであろう。
「ちょっと待ってください。どういうことですか?」
すると、この母親は、急に口調を変えてまくし立ててきた。
「あなた、この前のうちの子の模試の結果がやっとA判定になった時に、もう大丈夫、って言ったそうね。
それで、うちの子は勉強しなくなって、成績もみるみる落ちて、昨日帰ってきた最新の模試の結果は、何とE判定にまで急落していたのよ。
しかも、あの子はあろうことか、あなたと恋愛関係にあるとも言ってたわ。
あんな美しい先生が大丈夫って言ってくれたから、安心してたって、それなのに、こんなに成績が落ちるなんておかしいって、泣いてたわ。
おかげで、今日はあの子は学校にも行けないで、ベッドでずっと泣いてる。
だから、全部あなたのせいなのよ。あなたがあの子を堕落させたのよ」
私は、この支離滅裂なモンスターペアレントの正体を知るのが遅すぎたことを後悔した。
確かに私は、「このまま努力すれば大丈夫」とは言った。だが、努力を怠ったのでは、成績が落ちるのも当然だ。
それを、発言をゆがめてなくこのセリフそのままに、まるで私のせいかのように一方的に言い立てて、挙句クビだと宣言するのなら、もう私から願い下げだ。
だから、私は言った。
「そんなに仰るのなら、失礼します」
すると、今度はかえって引き留められる。
「待ちなさい。あの子の前で、土下座して謝りなさい」
「いや、お言葉ですが、確かに、私は、このまま努力を続ければ大丈夫だとは言いましたよ。でも、それで言葉を曲解して努力を怠った挙句、全ての責任を押し付けられたのでは、私もたまったものではありません。
ましてや、それを真に受けて謝罪するなど、ありえません。それでは」
私は、無理矢理引き留めようとする彼女の手を引き払い、家を出た。
ふと空を見ると、どんよりとした雲の中に、ことさらに黒い部分があって、その部分がまるで私を嘲笑っているように見えた。
これもまた悲劇だが、不思議と第一撃ほど精神的にこたえてはいないので、正直少しほっとしていた。
だが、その安堵は、家に帰ってから前述のマッチングサイトを見ると、すぐに覆されてしまった。
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私は、メビウスの灰を落として、朝から残っている、元々はホットだったのに今や冷め切ってしまったコーヒーを、一口啜った。
書き手自身が落ち着いている部分は、私も比較的落ち着いて読めるのだから、不思議なものだ。
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そのマイページには、家庭教師としての私を全面的に誹謗中傷するコメントが、いくつも寄せられていた。
お陰で、元々は五段階中で評価4.7ほどの優良家庭教師だと認定されていたのに、今では一気に評価が1.2まで下がってしまった。
書き込まれたコメントの中には、ヌードの一件に言及するコメントや、さっきクビにしてきた親によるものもあったが、全く無関係に便乗しているデマまであった。
だが、変にリアリティをもって書かれていたため、私が何と主張しようが、誰もそのデマを疑う者はいないだろう。
私の家庭教師としての評価は、もはや壊滅してしまったも同然だった。
「何でこうなるのよ…」
言葉が漏れるが、もう、泣くのさえ億劫だった。
まるで、干からびてしまったかのように、涙さえ出ない。
そう気づいたとき、私は、猛烈な空腹感を覚えた。
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