第3話 友人の手記:破滅の始まり

 映っていたのは、よく見るとどうも私自身のようだった。


 ボロボロに痩せた私自身。


 ふとあのオカルト好きの友人が言っていた「干し馬」の話を思い出して、その動画の発信時刻を調べると、10月19日、午後8時6分。


 未来からだった。


「まさか、本当に、干し馬なのかしら」


 だが、私は既にいくつか内々定をもらっている。就活は既に成功しているのだ。だから、仮にこんなものが来たところで、ただの悪質ないたずらと判断しても問題ない。


 私はそう思って、ひとまず動画を止めて、件の投稿を削除した上で、運営にこのような投稿が行われたことと、身に覚えがないこと、そしてそれ故にセキュリティの強化が必要だと思われることを書いた簡潔なメールを送った。


 だが、メールの通信が来ることもなく、私は、当初の見立てが甘いものだったことに、やがて気付かされていくのであった。


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 気付いたら、手記を読んでいた私が吸っていたメビウスの火が、フィルターまでたどり着いて消えていた。


 私は、残されたフィルターを灰皿に捨て、もう一本取りだして、点火する。


 手記は続く。


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 この手記を私でない人が見ているとしたら、私に何かが起こったのかもしれない。


 否、既に、私には確実に何かが起こっている。


 昨日はクオーターパウンダーを10個と、牛丼屋の特盛を10杯も食べたにもかかわらず、またもや痩せてしまった。


 食べても食べても飢餓感が消えてくれない。


 過食症のように、食べた後に吐き出すというのでもなく、食べたものは、まるで吸い込まれるかのように消えていく。


 お腹がすいているのに、何を食べても、飲んでも気が晴れない。缶チューハイで酔って気を紛らわせることがまだできることだけが、せめてもの救いである。


 話を戻す。私は、白い目で見られるというだけでその講義を何とか乗り切れたが、地獄はその後にやってきた。


 初めに来たのは、その夜の一本の電話だった。


 既に内々定をもらっている企業からの電話だったので、ちょっと嫌な予感がして、その電話を取った。


「はい、もしもし」

「ああ、サカキさんですね?内々定についてちょっと、お話したいことがありまして」


 やっぱりか、と思いつつ、私は訊いた。


「何でしょうか?」

「申し訳ないのですが、内々定は取り消させていただきます。あなたについて、どうしても当社とは合わない情報を見つけてしまったものでして…」


 内容は想定していたが、「情報」について気になったので、尋ねる。


「その『情報』とは?」

「私の口から言えるようなものではありません」


 担当者が口ごもる。


「構いませんから仰ってください。私は、自分自身の身辺についてはきちんと管理しているつもりです。御社にとって不穏な情報など、流すはずがないのですから」

「では、あなたのメールに送らせていただきますね。アドレスは当社でエントリー時にご記入いただいた情報を、今も持っておりますので、そちらに送ります。しばらくお待ちください」


 保留音が流れる。


 しばらくして、保留音が切れ、担当者の音声が戻った。


「送りました。ご確認いただけますか?」


 送られたメールを見ると、そこには、とあるURLが貼ってあった。


 恐る恐る開いてみると、私のヌード画像が大量に並べられていた。もちろん、こんなものを撮られるような活動は一切していないし、よく見ると体形や肌の色などが写真ごとに異なるので、悪質なコラ画像だと確信できたが、それにしても一目見ただけでは合成と気付かないほどの完成度になっていた。


「こんなもの、私は知りませんよ。コラ画像の類でしょう」

「そうだと思います。ですが、今やSNSでだいぶ拡散されてしまったようでして、当社としても、残念ながらそのような人は迎え入れることができない、ということでございます」

「そんな…」

「せいぜい、サカキさんのご武運を祈ることとさせていただきます。それが、私達にできる最大限のことですから」

「待って」


 返事はなく、電話は切れた。


 何でなの?今まで、何となく良さそうな選択肢を選んで、すべてうまく行ってきたのに。


 何で今になってこんな風に私に不運が襲い掛かってくるの?


 私は、無性に叫びだしたい気分になった。


 それを何とか抑えたところ、今度は、後から後から、涙が零れ落ちてきた。


 今も、あの時を思い出すだけで、またこの手記を涙で濡らしてしまった。


 だが、それは、破滅の始まりに過ぎなかった。


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「そうか、『干し馬』は、やっぱり、既に手にしている職をも手放させる効果があるのだろうか…」


 亡くした友人に思いを馳せるとついついこみ上げるものがあるが、私はそれをぐっと抑えて、更に手記をめくることとした。

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