Vol.5 それでも手は抜かない!

「せんぱーい。行きますよ〜」


 パコーン…パコーン…


 そんな一定のリズムで音を出しているのはここテニスコートだ。

 そして、俺と1対1でボールを軽く打ち合ってるのは風松ユリ先輩。うちの高校は敷地面積が広いためテニスコートが5面あってテニス部の活動中に1面貸切状態だ。


「にしても、きょんはテニスめっちゃ上手いじゃん!やってたの?」

「いえ、中学校の時に授業でちょっとやったくらいですよ。それもソフトテニスですけどね」

「えぇー!?それでこんな上手いなんてセンスあるよ!」


 まだ余裕の表情を浮かべたままの風松先輩と木陰のベンチで観戦してる轟先輩は俺のことをきょんと呼ぶ。

 なぜ呼び名が恭ではなくきょんなのかは不明だが、とりあえずまだ先の、それに未だ4月下旬にも関わらず、夏休みに何度も同じ日を繰り返す予定などは入れたくないな。


「悪いね〜きょん!私達の練習に付き合ってもらっちゃって!」

「いえ!いいんですよ。俺がしたいからしてる事ですから!」


 ベンチから大きな声を掛けてくれる轟先輩にそのままのボリュームで返す。

 まったく…海斗が言ってた話はやっぱデマなんかな?普通にいい先輩なんだけどなぁ。


「ちょっと休憩しようか」

「分かりました」


 スパーン、と打たれたスマッシュをサッカーのトラップと同じ要領で勢いを殺す。


「今のボールよくトラップみたいな事出来たね」

「きょん運動神経良すぎ〜。なんでもできるんじゃないのー?」

「そうですかね?あんまり運動神経いいと思った事は無いですけど運動部のお二人が言うならそうなのかもしれないですね」

「っていうか、きょんは定期テストの勉強はしなくていいの?」

「あぁ、大丈夫ですよ!それなりにやってはいるし一番最初の定期テストって大概大したことはないですからね」


 木陰のベンチを轟先輩に譲ってもらいタオルで軽く汗を拭きながら他愛もない話を続ける。


「やあ。1年B組 白波恭で合ってるかな?」


 そう呼ばれた先にはスタイルのいいイケメンが立っていた。


「はい。そうですよ。えぇっと、どちら様でしょうか?」

「僕は浜名岳って言うんだ。君も生徒会選挙で副会長に立候補してたよね」

「あー、貴方が浜名先輩でしたか。お疲れ様です」


 急に現れた俺の倒すべき相手は爽やかスマイルを浮かべながら俺に話しかける。


「確か1年は先週からテスト期間に入ってるんじゃなかったのかい?こんな所で油を売っていたら定期テストも生徒会選挙も良くない結果になってしまうかもしれないけど大丈夫なのかい?」

「あ、ご心配痛み入ります。ですが、大丈夫ですよ。明後日からゴールデンウィークですし、いざとなれば雪音さんに教えてもらいますから」


 すると、明らかに表情が引き吊る。


「君は一体鷲宮さんとどう言う関係なんだい?」


 なるほどね。なら…


「それって浜名先輩に言う必要ありますか?それに今は先輩方との練習中です。あまり邪魔しないでもらえますか?」


 そう言う俺の隣では風松先輩と轟先輩がこちらをあまり見ないようにしている。


 あからさまにバチバチしてるこの状況でも平然としていられるのは素直にすごいなと感心してしまう。


「ま、まあいい。副会長になるのは僕だからね」

「はぁ…まあお互い頑張りましょう」


 そう言うと浜名先輩はクルっと踵を返す。


「あ、浜名先輩。ひとつよろしいですか?」

「ん?なんだい?」

「先輩はなんで副会長に立候補したんですか?」

「それは…鷲宮さんと一緒にいるためだよ」

「それが聞ければ十分です。引き止めてしまってすいません。ありがとうございました」


 俺が軽く頭を下げると薄い笑顔を浮かべて帰って行った。


「何?きょんって生徒会選挙出るの?」

「ええ。まあ。っていうか言ってませんでしたっけ?」

「うん多分?でも、なにそれ凄いじゃん!」


 轟先輩は、はて?と首を傾げ思い出そうとするがものの数秒で諦めて褒めに徹していた。


「で、さっきの子はなんだったの?」


 風松先輩が自分の水筒を煽りながら聞く。


「え?浜名先輩って言うんですけど知らないですか?サッカー部の副主将の。割と有名な方だと聞いてたんですけど」

「へぇ、あの子がそうなんだ。ほら、彼方かなたちゃんを泣かせた子だよ」

「あぁ、あいつがそうなんだ。まあ、なんか見るからにって感じだったね」


 妙に納得されて俺だけ話に置いてけぼり…悲しいなぁ。これが内輪ってやつか。


「彼方さんって人となんかあったんですか?」

「うん。…まあねー」

「うん。だねー」


 まあ、泣かされたって言ってたし、自分の後輩の泣いた話なんて進んでしたくないわな。


「付き合ったのに二股とか掛けられてた。そんな所ですかね」

「ま、まあ…そんなとこだけど…」


 わかり易すぎて答え甲斐がないじゃないか。典型的なやつだな。


「どうしてやろうかねぇ」

「なんか言った?」

「いえ、何も」

「そう?すごい悪い顔してたけど」

「やだなー。気のせいですよ」


 いけないいけない。顔に出てたか。


「まあ、手伝えることがあったら言ってねー。私たち協力するから」

「そーそー。まあ、出来る範囲で、ってのはあるけどね」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。これは俺と浜名先輩のいざこざですから。そうですね。生徒会選挙は体育館で全校生徒を集めてやるはずだったので俺が舞台に立った時に応援してください」

「え?そんだけでいいの?」

「んー、じゃあ申し訳ないですが軽く布教しておいてください。ちょこっとでいいので」


 俺が肩を竦めると2人とも控えめにクスリと笑って「オッケー」と承諾してくれる。


「じゃあ、続きやりますか」

「じゃ、次は私ね〜」


 最終的に最終下校時刻まで風松先輩と轟先輩以外の人ともラリーをしたり試合をしたりでめちゃくちゃ疲れた。


_______

「ただいまぁ〜」


 気だるげにそう言うと結羽が「おかえり〜」と返す。


 …………は?結羽?


「え、結羽何やってんの?」

「ん?LINEで伝えといたでしょ?見てないの?」


 ジュージューと空腹感を誘う音を立てているところでこてんと首を傾げる結羽。


 俺はそう言われ制服のポケットからスマホを取り出して確認すると確かにそこには『夕飯作ってるよー。何時くらいに帰ってくる?』とメッセージが入っていた。


「あー、すまん。気が付かなかった」

「だろうね。それで私は返信が帰ってこないってことは最終下校時刻までなにかして疲れて帰ってくることを予測してたわけですよ。ほら、何か言うことは無いかね?恭さんや」


 ほれほれと結羽が小突いてくる。


 そのお返しと言ってはなんだが、俺は「ありがとな」と言いながら結羽の頭を撫でた。


「なっ、な……」

「ん?どした?」

「も、もう!知らない!早くお風呂でも入ってきたら!もう出来上がるよ!」

「はいはい。ありがとな、結羽。まじ助かるわ」


 なぜ怒られた?

 

 俺がひらひらと手を振りながら階段を登っていくと台所から大きめの鼻歌が聞こえた。


「よく分からんがまあ、ご機嫌だしいっか」


 そう呟きながら自分の部屋に荷物を置きスマホと着替えを片手に風呂場へ向かう。


 洗面台に着替えを置き、スマホは風呂の中にある自作スマホスタンドに立てかけ、音楽を流す。


「我ながらいいもの作ったよなぁ」


 ぶっちゃけどうでもいい情報だが、少し自慢をさせてくれよ。このスマホスタンドは俺が中二の時に美術の授業で作ったんだぜ?中坊作にしては角とかめちゃくちゃなめらかに出来たし意外と気に入ってたりするんだよな。自慢に付き合ってくれてどーも。


 そんなことを考えている内に髪と体を洗い終え、浴槽に浸かる。俺の好きな音楽が鳴り響く風呂場に突如としてLINEの呼出音が鳴る。


「もしもし?あぁ、雪音さんか。どうしたんですか?」

「いや、なに。あやつに絡まれてるのをちらっと見たんでな。あと、進捗というか本当に良かったのかというかだな」

「あー、そうですね。まあ、ぼちぼちってところですかね。にしても、雪音さんが電話かけてくるとか心配してくれることとか珍しいですね」

「まあな。というか、声がすごく反響してるのだが今何処にいるんだ?」

「今風呂はいってます」

「ビデオ通話にしていいかい?」

「ダメですよ。何を言い出すのかと思えば……っていうかよく今まで隠せてましたね」


 今まで清楚でクールな美女と期待していた人達よ。悪いな。この人は…


「先輩は大丈夫なんですか?キャラデザ明日までですよね」

「全然大丈夫よ!まだ一枚しか終わってないわ!」


 イラストレーターなのである。加えて締切破りの常習犯。学校で授業中に一点を見つめながら動かない時、まあ傍から見たら特に凛としてる瞬間なんだけど、目を開けたまま寝てるって考えた方がいい。


「あーはいはい。手伝いますからまた後で〜」

「そうかい?なんか色んなことを頼んでしまってすまないね。最後にビデオt…


 言い終わる前に通話を切る。最後まで言わせてたまるか。ピコンと鳴ったスマホの画面を見ると月下の蒼弾のキャラクターが地団駄を踏んでいるスタンプが送られてきていた。


「とっとと上がって飯食お」


 雪音さんは俺が小説を書いてるって事を知ってる数少ない先輩だから大切にしなくちゃとは思うんだけど……なんか出来ないんだよなぁ。まあ、尊敬はしてるんだけどさ


 着替えのジャージを着てそのまま下に降りると結羽が未だに鼻歌を歌いながら足をパタパタさせて待っていた。


 なんだこの可愛い生き物は。


「おー、出たんだね。じゃあ食べよー」

「おう。そだな」


 テレビを見ながら雑談に花を咲かせながら食事を進めているとおもむろに結羽が進捗を訊ねてくる。


「んー、さっきも雪音さんから電話があって同じこと言ったけどまあボチボチだな。本当のことを言うともう一押し決め手が欲しいって言う感じはある」

「へぇ、じゃあ今のところは勝率8割くらい?」

「んー、どうかな。生徒会選挙は俺らの定期テスト終わったあとだからゴールデンウィーク終わって五日後でしょ?そこで戦況が変わってるとかは有り得るから警戒は怠れないね」


 本当に気は抜けない。頼まれたからには完遂したい。それに、今あの人に声をかけててそれでも勝てなかったらどうしようもないからな。

 

「でも、毎朝頑張って呼びかけとかしてるし大丈夫だよ!このまま頑張ろ!」


 ふんすっ、と意気込む結羽かから元気を貰い公約とか考えようと思った矢先に雪音さんから絵の方を手伝ってくれと言われ朝までオールしたのはいい思い出(?)だ。















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