Vol.2 休日でも仕事を! ②
うん。これは逃げ出したくもなりますね。
よし。ここは部屋を間違えたという事にして立ち去ろう。
「突然席を外してしまってすみません。こいつが五十嵐キザハシです」
俺の腕をガッチリ掴んだその手からは『逃げたら殺す』と言わんばかりの殺意が込められている。はいはい。わかりましたよ。ここで必殺営業スマイル。
「はじめまして。僕が五十嵐キザハシです」
「こちらこそはじめまして。アニメ会社『light』の
おお、なんか仕事出来そうな感じがする。ていうか、『light』って作画も良くて名作を沢山出してるところだよな。でもなぁ……
「俺は難波だ。よろしく」
「え⁉︎あ、はい。こちらこそこんな若造ですがよろしくお願いします」
なんだこの挨拶。我の事ながら初めて聞いたわ。あと難波ってあの人だよなあ。多分。
「実はですね!難波さんは五十嵐先生の大ファンでしてラノベの方も全巻二冊ずつ買うほど先生の『月下の
「え⁉︎本当ですか⁉︎それは嬉しい限りです!」
マジか。それは嬉しい。てか正直唐突に嬉しい情報来て、今は口元のにやけを抑えるのに必死すぎて話が出来る気がしない。いかん。集中せねば。
「ああ、一巻が出たその日に全部買っている。この作品には並々ならぬ緊張感と作者の愛が感じられる」
そう言いながらバッグに手を伸ばすとそこから出てきたのは俺の小説だった。
この人、厳つくてちょっと気圧されるけど悪い人ではなさそうだな。うんうん。俺の小説好きに悪い奴はいないからね!多分!
「あ、わざわざ足を運んで貰ったお礼と言ってはなんですがサインしましょうか?」
「ぜひ頼む!」
おおう。その顔で食い気味に反応されると心臓に悪いな。いや、いい人なんだろうけどね⁉︎
俺がサインを書き終えると宝くじの一等をしまうように慎重にバッグに戻した。
「話は戻りますが、ぜひウチでアニメ化はどうでしょうか」
武田さんをちらりと見ると一言「お前の作品だ。お前が決めればいい」と言った。
自分の作品のアニメ化と言う目標まで手が届きそう。だが、ここで油断してはいけない。一旦落ちついてから……よし。
「アニメ化の話は素直に嬉しいです。ですが先程、難波さんが仰ったように俺はこの作品を愛しています。そして、作品に現れる緊張感はきっと俺の緊張感でもあるんです。うちの家は昔に色々ありまして、今は義理の姉と2人で暮らしています。俺のこの作品に懸ける思いは誰にも負けません。自分の手でダメにしても他人の手でダメにされたくはありません」
きっと俺がこんな風に噛み付くと感づいていたんだろう。すぐさま武田さんがフォローを入れる。
「俺も担当編集として口添えさせていただきますと五十嵐キザハシはいつも自分の最高を読者に提供しています。毎回〆切ギリギリまで訂正に訂正を重ねて原稿を出してきます。俺はその様子を何度も見てきました」
『light』の2人は目を瞑り腕を組んで耳を傾けている。
「『light』さんは数々の名作を生み出していますが正直に申し上げますと最近いい噂を耳にしないのです。わがままを言うようですが小説もアニメも一切妥協をしたくありません」
そこまで言うと三辺さんが腕を解き、俺に向き直る。
「五十嵐先生の言う事はもっともだと思います。しかし、難波さんのことご存知ですか?」
三辺さんがニヤリと口角を上げて俺に尋ねる。
「はい。もちろん知っています。ネットで見た不確かな情報では入院して療養中、と記憶していましたが」
「はい。その人物で間違いないです」
やっぱり合ってたか。『light 』での数々の名作を生み出すに当たって監督を務めた難波
「なら、話は早そうですね。それに難波さんもこの作品を溺愛していますから手を抜くなんて事はないでしょう。そうでしょう?難波さん?」
「ああ、手を抜くなんて事はしない。約束しよう」
「では_________
俺を含め4人共に立ち上がり握手を交わす。
そしてその後、五十嵐キザハシ作『月下の蒼弾』のアニメ化が決定と大々的に発表された。
__________________________________________
「あー、緊張したぁぁぁぁ」
三辺さんと難波さんを見送り戻ってきた俺と武田さんは盛大にだらけていた。
「おい、五十嵐先生。一回逃げようとしたろ」
「あれはもはや不可抗力です。無意識のうちについ体が動いたって言うかなんというか。つまり、そういう事です」
「勝手にまとめんな」
だらけながら軽口を叩き合う。こんな光景が10分〜15分続いた後に俺と武田さんはアニメ化について話し出す。
「アニメ化ですってよ。武田さん」
「おう。俺は久々に担当した作品でアニメ化したなぁ」
喜びを噛み締めながら言う武田さんの声は達成感に満ち溢れていた。
「言うてもコミカライズの話専門みたいな所あったじゃないですか。それでも立派な功績だと思うんですけど」
「コミカライズとアニメ化じゃ雲泥の差だよ。もう少し余韻浸っていたい…ところだが、五十嵐先生に1つ仕事の話だ。やりたくなければやりたくないでもいい」
余韻に浸っているためかスローモーションと化した武田さんの手は目の前にある手帳をゆっくーり手に取り静かにページをめくる。
「ゴールデンウィークの初日。その日に五十嵐先生の家の近くのでサイン会なんだが」
「おお、また唐突ですね。それって何時からですか?」
「13時から講演会、14時からサイン会だな」
「それって拒否権はありますかね」
「まあ、あるにはあるけどやった方がいいだろうな。アニメ化が決まった事だし」
「ですよね〜」
初めてでワクワクする事はするけどサイン会とかになるとなあ。
「わかりました。その話受けさせてもらいますよ」
「わかった。じゃああとはこっちでなんとかしとくから」
「アザース」
相変わらず気だるげに応える俺にクイックイッと手をこまねく。ああ、色んなことありすぎて目的忘れてた。
自分のバッグに手を掛け、原稿を取り出す。
「誤字脱字は確認済みですよ」
「いつも悪いな」
「まあ確認済みっていうか直しまくった結果なんですけどね」
「やらないよりかは全然いい」
パラパラと軽くチェックした後、封筒にしまい込んだ。
「じゃあ行くか」
「ういっす」
そう、今日ここに来たのはこの為だけじゃない。
そして、歩くこと数分。やってきたのは自作PCの専門店。ここでゲーミングPCを買い、武田さんとやろうという寸法である。この見た目は超アウトドア系な武田さんだが実はバリバリのインドアで休日は基本的に一歩も外には出ないらしい。
「予算はいくらくらいなんだ?」
「とりあえず20万です。ネットでは15万前後でも作れるって書いてあったけど一応」
「ま、かく言う俺もそこまでPCに詳しいわけじゃないからな。仲のいい店員がいるからその人に任せるわ」
明らかにめんどくさいだけの武田さんは置いておこう。そして、もう到着。楽しみだな。おらワクワクすっぞ。
「
「2階のモニター売り場の所に居ますよ」
「ありがとうございます」
近くにいた店員に藤峰さんの居場所を聞くと慣れた様子で2階へと上がっていく。
「藤峰さんって言うんですね。ウチの向かいの家も藤峰って言うんですよ」
「結構珍しい苗字だと思ってたけど意外と居るもんだな」
「ですなぁ」
2回に着くと「じゃ、呼んでくるからそこら辺見といて」と言い残しスタスタと奥へ行ってしまった。
見渡すとモニターや虹色に光を放つ謎の箱やファンが大量に陳列されていた。
「うわ何これ曲がってる。これ見やすいのかな」
歪曲したモニターをマジマジと見つめる俺の後ろから「待たせたな」と声がかかる。
「紹介する。この人はここの店長の藤峰さん」
「どうもこんにちは……って恭君じゃないか⁉︎どうしたんだい?」
「藤峰さん⁉︎なんでこんな所に居るんですか⁉︎」
「あれ、さっき言ってた向かいの藤峰さんってこの人なのか?」
俺が首を縦に振ると武田さんは顎に手を当て、「世間って意外と狭いのな」と呟く。とかそんなことどうでも良くて!
「もしかして、パソコン関係ってこういう事ですか?初めてあった時そう言ってたからてっきりプログラミングとかしてる開発者なのかと思ってましたよ」
「ああ、だからたまーに話が噛み合わなかったのか」
納得の様子で相槌を打つ。まあ、実際そんな事もどうでも良くて。
「とりあえず予算15〜18万、上限は20万で出来るだけ高性能なものにしたいです。なんかオススメありますかね?」
そうすると「じゃあこっち来て」と藤峰さんに手を招かれたのでなすがままにそちらへ行くと買い物カゴを持たされ五歩歩くたびに商品が入れられていく。必要なものを全て入れ終わったのか商品を一個ずつ取り出して説明をしてくれた。
やっぱこういう時のワクワク感って本当にたまらん。
「てな感じなんだけど大丈夫そう?」
「はい。でも、最初で組み立てが不安なので今度手伝ってもらってもいいですか?」
「分かった。明日の朝でもいいかな?」
「はい。全然大丈夫です」
他の店員とも雑談をしながら会計を済ませ大荷物を抱え店の外へ出る。
買ったはいいけどこれ持って帰るの大変だな。楽しみすぎて後のこと全く考えてなかった。なんたる失態…アホかな?いや、アホだな。
「んじゃ、武田さん今日は色々ありがとうございました。後でオススメのゲームとか教えてくださいね」
「おいおい、お前それで帰ろうとかそんなにPC壊したいのか?」
「いや、んなこと言われてもなあ」
俺がえぇ。と言う顔をすると盛大なため息をついて編集社を指差した。
「俺が送ってやる。後ろの荷台が空いてるからそこに乗っけろ」
「た、武田さん!さ、流石っす。もう一生付いていきます」
「褒めるのはいいが付いては来んな。お前が一緒だと何かとストレスが凄そうだから」
「なーんでそんな事言っちゃうんですかねぇ。こんなにも良い子なのに」
「ほらそう言うとこだよ」
「なるほど。把握」
良い子アピールをわざとらしくやる俺に心底めんどくさそうに指摘する。
「とっとと行くぞ」
「はいはーい」
編集社の中に入りエレベーターで下に降り武田さんの愛車に乗り込む。
「んじゃ、よろです〜」
「じゃ、ナビよろしく」
「良いですけど…カーナビとは…」
俺がナビになりつつ武田さんのオススメのゲームを教えてもらいながら帰宅する。
「そんじゃ、ありがとうございました。武田さんも気をつけて下さいね」
「おう。講演会とか悪いな。急な話で」
「いえいえ〜」
「じゃ、またな」
「おやすみなさーい」
挨拶を済ませると大きなあくびをしながら走り去っていった。
なんか申し訳ねえ。あんま思ってないけど。
「ただいま〜」
「おかえりー恭」
「おかえりなさい恭君」
「うおお、びっくりした。悠真さんどうしたんですか?」
まさかもうここに住みに来た?それはいくらなんでも早すぎでは?
「恭君がこの家で同棲しても良いって言ってたって言う話を聞いてね」
「ああ、やっぱその話ですか。ちょっと待ってて下さい。荷物置いてきますんで」
「持とうか?」
「いえ、悠真さんは客なんですからゆっくりしてて下さい」
はあ。もうイケメンかよ。いやイケメンなんだけどさ。
「すいません。お待たせして」
「ううん。全然良いよ」
「で、光里との同棲の話ですよね」
「うん。色々話は聞いてるよ。僕は光里を幸せにする自信があるよ」
おお。なんかすげえな。よくもまあ、こんな恥ずかしい事真顔で言えんな。こっちがなんか恥ずかしくなってきた。やめて!そんな真っ直ぐな目で僕を見ないでっ…きもいな。俺。
「まあ、僕も人並みには人を見る目があると思うので反対なんて事はしませんよ」
瞳は色んな事を教えてくれる。細かな動きでその人の全てが分かる。悠真さんの言葉に嘘偽りは無さそうで良かった。
「良かったぁ〜」
悠真さんは安堵の様子を滲ませながら背もたれに寄りかかる。
「光里が恭は人の心を読みっとってくる〜、とか色々言ってて内心ビクビクしてたよ」
「おい、光里。言っちゃったら意味ないでしょうが」
「ええっと〜、それは〜、その〜。ごめんなさい……」
「え、あ、本当なんだ」
俺が光里を咎める様子を見て本当だった事に驚く悠真さん。よし、いいぞ。イケメンが口を開けてアホっぽい顔をしているのを見るのは実に爽快だ。
「まあ、小説のために心理学の本とか読み漁っただけなんですけどね。真似事程度ですよ」
「そ、そうなんだね。なんか恭君は凄いな」
「悠真?恭を褒めても手は緩めないよ〜」
光里が悠真さんの淡い期待を斬り伏せると若干悠真さんが肩を落とす。ごめんね。悠真さん。まあでも…
「改めて光里の事よろしくお願いしてもよろしいですか?悠真さん」
俺の言葉を聞いた悠真さんは目を見開く。
「まあ、何かあったら容赦はしませんが悠真さんに限ってそんな事は無いと思うのでよろしくお願いします」
「私からもよろしくね。悠真」
これにて一件落着ですなぁ。
この後悠真さんにこの家で同棲はしないと言うことと今度のゴールデンウィークは光里を借りるという事を伝えられそのまま帰宅した。
「はあぁぁぁぁぁぁ、疲れたーー。光里は悠真さんの見送りに出てるから束の間の休息だ。まだ9時ですってよ。明日朝藤峰さんも来るしとっとと風呂入って寝よ」
歩いたり電車に揺られたり走ったりでフラフラになりながら風呂を済ませベッドに潜る。
下で物音してるからもう帰ってきたんか。まあいいや。寝よ。
「……う。恭!」
「なあにい…俺疲れてんだけどおぉ」
「今日はありがとね!明日は朝の6時に起こすよ!」
「はあぁ?明日祝日なんですけどぉ」
「あっ」
明日光里をしばく予定が出来ました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます