Vol.1 新たな日常が始まり… ②

「琴音ってさ、もしかして作家さんだったりする?」


その言葉を聞いた琴音は驚いた様子でこっちを見て、耳元にすっと口を近づける。


「な、何でそのこと知ってるのよ」

「お前さ、この間編集さんと話した帰りに人にぶつかって原稿ぶちまけたろ」

「うん。あれは恥ずかしかった。じゃなくて!なんで知ってるのよ」

「あの時周りの人達と何人かで拾ったろ」

「もしかしてその時に?」

「そゆことー」


ここで俺は気づく。 あれ?これって、自分がそこにいたって事を知られたって事は。やったなこれ。気づかないのをいのr__


「でも、なんで恭がそこにいたの?あそこ関係者以外立ち入り禁止だけど」


ですよねーーー!そこ気になっちゃいますよねー。ここまできたら言い逃れはできないか。まあ、人と付き合う上で多少の犠牲は必要か。あいつらは口硬そうだし頃合いを見て話すか。


「あー、実は俺も小説書いてんの」


気恥ずかしさは拭えないが小声で打ち明けた。すると、今までにないハイテンションで


「そうなんだ!ねぇねぇ、ペンネーム教えてよ!」


と、すごい食いつきを見せた。


「俺が教えたらお前も教えろよ?」

「いいよ」

「俺のペンネームは五十嵐キザハシ。中学二年の時からラノベ出してるんだけど……って、琴音さん?おーい、琴音ー?」


魂を抜かれた様に口を半開きにし俺をまじまじと見てくる。


「え、な、何」

「え……」

「え?」

「えぇぇぇぇぇ。うそでしょ!?嘘だよね!?嘘付いたでしょ!?」

「いや、嘘付いてねぇよ。何が悲しくてこんな嘘つかないといけないんだよ」

「で、でも!」


俺はシー、と口元に人差し指を当てた。


「バカ琴音、声でけぇ。もう始まってんだから」

「ご、ごめん。ていうか、ほんとに五十嵐キザハシ先生なの?」

「そーだよ。てか、誰が好き好んでそんなに売れてない作家の名前を偽るんだよ」

「そんなことないでしょ!?五十嵐キザハシだよ!?ラノベ作家初の中学生で作家デビューを果たした天才ラノベ作家!」

「いやいや、そんなこと言ったら茅野みなみ先生だって中学生デビュー果たしてんじゃねぇかよ」

「うん。ていうかそれ私のペンネームね」

「そっか〜琴音のペンネームは茅野みなみって言うのか〜」


そして、俺はその琴音からサラッと放たれたとてつもない事に気づく。


「へ?え?ちょ、ちょっと待って琴音が茅野みなみ?嘘でしょ?嘘ついたよね?」

「さっきの仕返しかっ!ホントだよ」

「マジか。えぇ、ほんとに!?えぇ、さっきべた褒めしちゃったじゃん。恥ず」

「うん。私もいつ言おうかなって迷ってたら結局言うタイミング逃しちゃって」


まさかの中学生でラノベ作家デビューを果たし、一時いっとき新聞やニュースでも取り上げられた2人がこうして同じ学校に入学し、しかも出席番号であれば隣同士。なんて偶然あるだろうか。凄すぎる。


「後でさ、色々話したいし俺らのグループに来いよ。なんかずっと1人だったろ。朝来た時」

「いや、私はいいよ。人と仲良くするのって結構勇気いるから私には無理なんだよ」

「きっかけがあれば?」

「まだマシかな」

「そっか。まあ、友達付き合いとかって結構大変だよなぁ」


俺はうんうんと相槌を打つ。


そんなこんなで校長のユーモアたっぷりの長い話も終わり教室へ戻る事に。なるはずだったんだが退場している途中に先生から呼び出されずっと琴音と喋ってた事を注意されてしまった。幸い、俺が話しかけすぎたってことで決着したからまだマシだった。


「恭〜、お前入学早々怒られるとかやるなぁ」


海斗がニヤニヤしながら俺の二の腕辺りに肘でつんつんしてくる。なんとも古典的だと少し笑いそうになる。


「うるせぇよ。まさかあんなに真ん中の方まで見てたなんて全く思わなかったわ。あの先生なかなかやりおる」

「で、誰と喋ってたんだ?まだ全然クラスメイトのこと覚えられてないから分からん」


翔也が教室を見渡しながら俺に問う。


「あー、琴音のこと?」

「あー、その人かな。何話してたんだ?」

「まあ、軽い世間話と学生の本分についてかな」

「なんだそれ。アホくさ」

「なんだとぉー!?」


翔也があっさり俺を見捨てるとたまらず突っ込まずには居られなくなる。


「で、どの子?」

「あーちょっと待って」


そう言うとおもむろに自席から立ち上がり、読書してる琴音の元へ向かう。


「おーい、琴音ー」

「ん?恭。どうしたの?」

「きっかけ。作ってやったぞ」


ドヤ顔でそう言い放つと琴音はクスッと笑う。


「伏線回収早すぎだよ」

「伏線は回収し過ぎないと腐るかもしれないからね」

「恭にとって伏線はなまものか何かなの?」

「そうそう、消費期限が____って違うけどね!?」


おどける俺を見て、琴音はあははと笑う。


「早く行くぞ〜」

「はいはい。せっかく作ってくれたきっかけだし、行きますよ〜」


慣れた手つきで本を閉じ、カバンにしまう。

そして、翔也、海斗、光里 結羽が談笑してる所に着く。


「こいつは篠谷琴音な。さっき一緒に怒られたやつ」

「何その嫌な紹介。いや、合ってるけどさ。私は篠谷琴音。呼び方はなんでもいいよ。趣味は読書」

「おぉ!この人が例の説教受けた組の1人か!」


握りこぶしを作りながら海斗が目を輝かせる。


「うわぁ、その組の一員にはなりたくねぇ」

「よし、今度は意地でもお前にめちゃくちゃ話しかけてやるよ」


お前もこっち側に、と俺と琴音で手招きするとやめろォぉと翔也がふざける。


結羽と麻里も集まって、6人で引き続き駄弁だべっていると教室に俺らの担任になった先生が入ってきた。


「皆さん。座ってください」


と、必死に声を掛けるが声が小さくて全く聞こえない。

すると、翔也がおーい、みんな座れだと〜。と声を上げた。それに気づいたクラスメイト全員が先生の存在に気が付き席に座る。翔也すげぇ…。


「えーっと、氷野くん?で、合ってるかな?」

「合ってますよ」

「じゃあ、氷野君ありがとう。私は担任になった二階堂にかいどう陽子ようこです。よろしくお願いします」


オドオドした様子で二階堂陽子と名乗った担任は数学の先生らしい。にしても、綺麗な人だ。本当にこのクラスの顔の偏差値どうなってるんだ?


「ねぇねぇ、恭」

「ん?どした結羽」

「今日麻里と琴音の3人でお昼食べに行こうって話してたんだけど、海斗と翔也も誘って6人で行こうよ!」

「昼か。いいね。後で誘っとく」


小声でやり取りしていると、先生に呼ばれる。


「恭君。君は今日の事でちゃんと顔と名前は覚えましたからね!覚悟しててくださいね!」

「マジですか。なんの覚悟ですか。反省文とかやめてくださいね。その仕事は琴音がやりますから」

「えぇ!?私!?」


ちょうどいいフリを琴音に回す。これでちょっとは馴染めるようになったでしょ。こんな気遣いできるなんて、俺ってば超優しいじゃん。


「んじゃ、今日はこれにて解散。気をつけて帰れよ〜」


その一言がきっかけとなり、教室が騒がしくなる。


「翔也ー、海斗ー。昼飯行かね?さっき話してた女子3人もいるよ」

「おー、いいねぇー。行く行く〜」

「おう、楽しそうだから行くわ」


そんな訳で校門を出て、学校の坂を下り切った近くのファミレスに入ると俺らは席に着いた。


「いやー、俺思ったんだけどさ。うちのクラスにイケメンと可愛い子多くね」


海斗が軽い感じで言うと麻里が確かに!と声を上げる。


「結羽とか琴音とか普通に可愛いもんね。私にもその可愛さ分けてよ〜」

「いやいや、麻里も十分可愛いじゃん。琴音も可愛いし」

「そんなことないって〜」


などなど。ファミレスではそれぞれの趣味とか部活とか色々話をしてから全員解散した。

帰り道、俺と結羽はいつものように喋りながら帰ろうと思ったのだが今日の夜ご飯を作らないと行けないのと買い物しないと行けないらしいのでダッシュで帰って行った。後でお邪魔しよう。


「はぁ、これから結構楽しくなりそうだな。あのクラスは」

「そうだな。結構可愛い子いたし」

「お前はそれしか脳がねぇのかよ」

「えー、お前は結羽がいるからいいけどよ」

「別に俺ら付き合ってないんだけど」

「なんかもう熟年夫婦見たいな空気出てるって」

「まあ、幼馴染なんてそんなもんじゃねぇの?」


俺は家の方向が同じ海斗と談笑しながら帰っている。うちへ行く道を真っ直ぐ行くと駅に出る。その駅を使っているらしい。


「んじゃ、俺ん家ここだからじゃな」

「おう!また明日な〜」


バタンと閉めるドアを背に崩れるようにしゃがみこむ。家に着くと同時に解放される眠気と疲労感。そして____


「おっかえりー」

「なんでまだいんだよ。用事あったんじゃなかったの?」

「んー、なんか馬の合わない子といても楽しくないじゃん?」


ため息が出る。光里は思ったことをすぐ口に出してしまうクセがある。だから、結構ばしばしと、ものを言ってくる。それが外でもなためか、こういう事もしばしばある。


「今日は結羽の家で晩飯食うか」

「おー、今日は結羽ちゃん1人なんだね」

「そうっぽい」


そう言い残して自分の部屋へと向かう。

カバンを放り投げてベッドに倒れ込む。いつも執筆に使っているPCを見るとタイミングを見計らったようにメールが来た。


「武田さんからか?」


説明しよう。武田さんとは俺の担当編集者でめちゃくちゃいい人の事である。


「で、なんの用かなっと」


そこには


『おめでとう!10万部の重版が決定だ』


と書かれたメールだった。


こうして、俺は友達関係も仕事も好スタートを切ったのだった。












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