第257話 寝起きの顔が恥ずかしいらしい。

 日曜日の朝。


 すぐ隣のベッドで、手を伸ばせば届く場所にかわいい後輩が寝ているという状況には、もう慣れたはずだったのに、その寝ている後輩が交代しただけで「慣れ」は無効化され、昨日の夜は、ほとんど眠れなかった。


 それでも僕は柔肌やわはださんの寝起きの顔を拝もうと、早めに起きたのだが、隣で眠っていた柔肌さんも、ほぼ同時に目覚めたようで、同時に体を起こした僕と目が合うと、慌ててベッドから出て、顔を隠しながら洗面所へ逃げ込んでしまった。


 ネネコさんとは違い、僕に寝起きの顔を見られるのは恥ずかしいらしい。

 これも、きっと柔肌さんにとっては「羞恥しゅうちプレイ」なのだろう。


 トイレに入る時間が重なってしまったら可哀相かわいそうなので、僕は柔肌さんが顔を洗っている間に、先にトイレを済ませておくことにした。






「天ノ川さん、おはようございます。今日も早いですね」

「おはようございます。甘井さんも、まだ眠そうなお顔ですね」


 トイレの後は、手と顔を洗ってから、洗面所の奥で天ノ川さんに朝のご挨拶あいさつ

 甘井さん「も」と言われたのは、もう1人、眠そうな顔の人が隣にいるからだ。


「あっ……甘井先輩……おはよう、ございます」

「柔肌さん、おはようございます。たしかに、だいぶ眠そうなお顔ですね」


 普通なら「昨日はぐっすり眠れましたか?」などと声を掛けるのが正解なのかもしれないが、そうでない事は一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


「ふふふ……甘井さん、それはブーメランというものですよ」

「あははは、そうですね。昨日は緊張して眠れませんでした」

「……私も……です」


 やはり、柔肌さんも僕と同じだったのか。


「では、甘井さんに続きはお任せして、私は宇宙との交信を始める事にします」

「了解しました。ごゆっくりどうぞ」


 僕は天ノ川さんから脱水済みの洗濯物が入ったカゴを受け取り、洗濯物を干す仕事を引き受ける。天ノ川さんは僕達2人を残して洗面所から出ていってしまった。


「宇宙との交信……ですか?」

「そうです。天ノ川さんは、お姉さまが宇宙人だそうですから」


 お嬢様とは常に清らかな存在であり「う●ち」などしない。

 これは、男子の幻想を壊さない為の、天ノ川さんから僕への気遣いだ。


「……スターダスト先輩……ですよね?」

「柔肌さんは、天ノ川さんのお姉さまに、お会いした事があるのでしたね」

「はい……雰囲気や話し方は……今の天ノ川先輩と、そっくりでした」


 スターダスト先輩とは、去年、この学園を卒業された住野すみの(旧姓星野ほしのほこり先輩の事だ。僕は一度もお会いした事はないが、天ノ川さんに写真を見せてもらった事がある。とても綺麗きれいで優しそうな女性だった。 (第112話参照)


「そうでしたか。やっぱり、お姉さまと妹は似てしまうものなんですね」

「私は……『お姉さまに似てる』って言われた事が、一度もないですけど……」

「ああ、それもそうですね……」


 言われてみれば、口車くちぐるま先輩と柔肌さんは、全く逆のタイプで、全然似ていない気がする。天ノ川さんとネネコさんも全く似ていないし、姉妹でも、似た姉妹とそうでない姉妹があるという事か。


 僕の失言で少し気まずくなってしまったが、この雰囲気はどうしたら改善できるのだろうか――そんな事を考えながら、僕は洗濯物を干し続ける。


 ちなみに、今、干しているジャイコさんのブラのサイズは【B65】だ。


「あの……私も、お手伝いしましょうか……」

「ありがとう。すごく助かります。柔肌さんは優しいですね」


 こんな時は、断らずに、お言葉に甘えたほうが相手は喜んでくれる。

 これは、僕が1年間の寮生活で学んだ事だ。


「……いえ……泊めて頂いた、お礼です……」


 洗濯物に柔肌さんの服は含まれていないので「羞恥プレイ」にならないし、2人で並んで同じ作業をすれば、もっと仲良くなれるはず。あとは会話だ。


 ここは柔肌さんに合わせて、共通の話題を考えよう。


「――そう言えば、柔肌さん、来月から妹さんが寮に来られるんですよね?」

「そうなんです。……もしかして、カンナちゃんから……ですか?」


「はい。カンナさんに教えてもらいました。妹さんとは、入試の当日にお会いしましたよ。柔肌さんにそっくりでしたので、僕は一目で妹さんだと分かりました」


「あの……妹が、何か余計な事を言っていませんでしたか?」


「僕の事は、会う前から知っていたような感じでしたね。たしか、『お姉ちゃんに絵を見せてもらった』って言っていました」


 妹さんからは「お姉ちゃんの描いた絵とは全然似てない」と言われたような気がするが、それは言わない方がいいだろう。 (第212話参照)


「それだけですか? ……他に、何かご迷惑をかけたりは、しませんでしたか?」


「はい。『絶対合格しますから、4月からよろしくお願いします!』って、元気に挨拶してくれまして、僕も合格を祈っていましたから。新学期が楽しみです」


「ありがとうございます。妹も、喜ぶと思います」

「柔肌さんは、妹さんと、とても仲がいいんですね」

「はい。妹とは、春休みに一緒に映画を見に行く約束をしているんです」

「そうなんですか。どんな映画を見るんですか?」

「えっと……『千夏ちなつ八重歯やえば』……です」

「いいですね。『千夏の八重歯』」


 映画に興味がない僕でもタイトルを聞いた事がある、大人気の映画だ。


 柔肌さんの話によると、八重歯がかわいい千夏ちゃんが、敵を次々とみ殺していく恐怖映画らしい。






「ネーちゃん、朝だぞー」


 天ノ川さんが宇宙との交信を終え、続いて柔肌さんが宇宙との交信を始めるようなので、僕はネネコさんを起こす事にした。


「ミッチー、おはよ。どうだった? ヤワハダ先輩とは、うまくいったの?」

「えっ! ネネコさん、もしかして、もう起きてたの?」


「そんな事、どうでもいいじゃん。ヤワハダ先輩は、実家に帰っちゃうんでしょ?  今しか、チャンスなくね?」


「いや、普通、自分のカレシが他の女子と仲良くしていたら怒るよね?」

「なんで? ボクはヤワハダ先輩の事、全然、嫌いじゃないし。むしろ好きだし」

「ネネコさんがそう思うのなら、それは全く構わないんだけど……」


 僕は柔肌さんと仲良くしたいとは思っているが、浮気するつもりは全くない。

 それなのに、なぜネネコさんは、僕の背中を押してくれるのだろうか。


「ミッチーがヤワハダ先輩と、もっと仲良くなってくれれば、ボクがヤワハダ先輩のおっぱいをみやすくなるじゃん!」


「そんな計画だったの⁉」


 もしかして、昨日ジャイコさんが辱めを受けたのは、僕とジャイコさんが仲良くしていたからなのか? ――だとしたら、ジャイコさんに申し訳ない。


「お姉さまとロリは、2人でよく303号室に遊びに行ってたから、ヤワハダ先輩とも仲がいいけど、ボクはあんまりしゃべった事ないし」


 ネネコさんは、カンナさんとは仲が良いらしいが、柔肌さんとは、あまり話す機会がないようだ。まあ、この辺りは相性もあるのかもしれない。


「柔肌さんと仲良くするのはいいけど、おっぱいを揉むのは止めておいてあげて。ジャイコさんと違って、楽しむ余裕は、なさそうな感じだし」


「そっか。せっかく、おっぱいおっきいのにね」


 柔肌さんのブラのサイズは、去年の4月の時点で【C65】だったはずなので、今はもう少し大きいのかもしれない。 (第18話参照)


「そんなにおっぱいを揉みたいのなら、お姉さまに相談すればいいんじゃないの? 天ノ川さんなら、ネネコさんが頼めば、いくらでも揉ませてくれるでしょ」


「そうだよね。ヤワハダ先輩もいいけど、やっぱ、お姉さまが一番だよね」


 やはり、ネネコさんは天ノ川さんのおっぱいが大好きなようだ。

 これで、柔肌さんがネネコさんにセクハラされる心配も無いだろう。






 食堂でポロリちゃんと合流し、柔肌さんを含めた5人で一緒に朝食をとる。


 朝食が終わったら、ほとんどの3年生は、実家に帰ってしまうが、他の学年は、あと1週間授業があって、修了式は次の土曜日である。


 そして、今まで妹の立場だった3年生達も、新学期からは、お姉さまだ。


 もっと単純に言えば中学生から高校生になるのだが、うちの学園では制服も校舎も寮も中等部と一緒なので、実際は中学4年生になるような感覚らしい。


 僕も1年間この寮で過ごし、その感覚は、なんとなく分かってきた気がする。






「あの……甘井先輩、中学生最後の思い出を、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。柔肌さんには、1年間お世話になりました」


 柔肌さんは、僕に初めてハダカを見せてくれた女の子であり、僕の女神様だ。


 この場合の「お世話になる」の意味を本人に知られてはならないが、これは宗教みたいなもので、僕は女神様の信者なので、どうか許して欲しいと思う。


「入寮式の日に、妹と一緒に戻って来ますから……また、よろしくお願いします」

「はい。楽しみに待っていますので、妹さんにも、よろしくお伝えください」


 これで、中学生の柔肌さんとは、もうお別れだ。しかし、来月には高校生の柔肌さんと中学生の妹さんが、2人で仲良く生娘寮に戻って来てくれる。


 ――春って、素晴らしい季節ですね。

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