第254話 茶道部は4月に復活するらしい。

 今日は3月12日の土曜日。


 午後3時から茶道部主催のイベント「白日祭はくじつさい」が開催される。これは、僕が茶道部の皆さんにお願いした事により成立したホワイトデーのイベントだ。 


 ホワイトデーより2日早いが、これは曜日の都合であり、「白日祭」という名称は、ホワイトデーの直訳である。 (第232話参照)


 事前の打ち合わせ通り、開催時刻の1時間ほど前に寮の食堂まで来ると、茶道部の2年生、上田うえだ宗子そうこさんが黙々とテーブルをいてくれていた。


「上田さん、今日は、よろしくお願いします」


「甘井先輩、お待ちしておりました。師匠は、まだ来てないっスけど、ミサ先輩とコイちゃんなら、もう調理室にいますよ」


「そうでしたか。ありがとうございます」


 上田さんの言う「師匠」とは、上田さんのお姉さまで、茶道部の部長、5年生の古田ふるた織冷おりびや先輩の事である。ミサ先輩とは、4年生の大石おおいし御茶みささんの事で、コイちゃんとは、1年生の鮫田さめだこいさんの事だ。




 僕は料理部の部室で白衣と靴を借りてから、調理室へ入る。


 大石さんと鮫田さんの姉妹は、クッキーを作る為の準備をしながら、調理室で僕を待っていてくれたようだ。


「大石さん、鮫田さん、よろしくお願いします」

「よろしく、陛下。今日は、この3人で最高のクッキーを作るわよ!」

「ダビデ先輩、よろしくお願いします!」


 大石さんは教室では見せないような笑顔。妹の鮫田さんも楽しそうな感じだ。

 2人とも制服の上に調理用の白衣を着ていて、とても良く似合っている。


「下ごしらえは、私達で昨日やっておいたから、後は型を取って焼くだけよ」


 大石さんは冷蔵庫から取り出したクッキーの生地を調理台の上に置き、麺棒を使って両手で平たく伸ばし始めた。


 このクッキーの生地は、小麦粉にバターと砂糖と卵を混ぜたものらしい。


「私が焼きますから、ダビデ先輩は、これで、どんどん型を取って下さい」 

「了解しました」


 鮫田さんは僕に、クッキーの型を取る為の器具を渡してくれた。

 僕の担当は、大石さんが伸ばしてくれた生地から型を取る係。

 ハンコを押すような感じで、クッキーの型を取るだけの簡単な仕事だ。


「はい、陛下。こんな感じでどう?」

「ありがとうございます。では、型を取ります…………結構、堅いですね」

「もう、手の怪我は大丈夫だいじなの? 無理は、しないでよ」

「はい。怪我の方は、もう全く問題ないですから」


 僕は両手のひらを大石さんに見せてから、型抜きの作業を続ける。

 半年前の怪我の事をまだ心配してくれているなんて、大石さんは優しい人だ。


「この星型、ちょっと変わってますね」


 クッキーの形は星型のようだが、なぜか頂点は5つではなく6つだった。

 もしかしたら、星型ではなくて、雪の結晶の形なのかもしれない。


 この型以外にも、ここには、もっとかわいい型が沢山あるはずなのに、なぜ鮫田さんは、わざわざこんな形のモノを選んだのだろう。


「はい。その形にすれば、ダビデ先輩が作ったって事が、一目で分かるそうです」

「それは、どういう意味ですか?」

「陛下も、この形は、どこかで見た事あるでしょ?」


 この形は鮫田さんが選んだのではなく、大石さんが選んでくれたらしい。

 アスタリスク(*)に似ているが、アスタリスクとは少し違う気がする。


「どこかで見た事があるような……ないような……」

「陛下、もしかして地理は、あんまり得意じゃないの?」

「ヒントは地理ですか…………あっ! イスラエルの国旗ですね?」

「正解。さすが陛下ね」

「そうか。ダビデ王って、たしか古代イスラエルの王様でしたね」

「そう。イスラエルの国旗のマークは『ダビデの星』とも言うから」

「そうだったんですか。大石さんは物知りですね」


 ダビデ王とスペードのキングが同一人物だと教えてもらった時も驚いたが、こんなふうに自分の知らなかった事を教えてもらえるのは、嬉しい事だ。




「それでは、一気に焼きますよっ!」


 僕が型抜きしたクッキーが、ある程度溜まった所で鮫田さんが焼き始める。

 約100人分のクッキーを作るには、まだまだ全然、数が足りない。


「陛下の仕事は、まだまだ沢山あるからね!」


 鮫田さんがクッキーを焼いている間にも、型抜きの作業は続く。

 簡単な仕事とは言え、量が多いので重労働である。






「最初のが、焼けましたよ! さあ、ダビデ先輩、味見してみて下さい」

「はい。いい感じに焼けていますね。いただきます――熱っ!」

「あっ! ごめんなさいっ! お水もどうぞっ!」


 焼きたてのクッキーは思っていた以上に熱かった。

 鮫田さん、驚かせてしまって申し訳ない。


「ありがとうございます。これは僕の不注意ですから、気にしないで下さい」 

「焼きたてだから、ゆっくり食べないと」


 大石さんはクッキーを2つに割って、鮫田さんと「半分こ」している。

 クッキーの味は、生娘祭の時に頂いたものよりも美味おいしいように感じた。


「いいですね。すごくおいしいと思います」

「義理チョコのお返しなら、これで十分でしょ?」

「え? 僕がもらったチョコって、全部義理チョコだったのですか?」

「そんなの当たり前じゃない。陛下には、カノジョがいるんだから」


「それはそうですけど、校内の売店には売っていない、高そうなチョコもいくつかありましたよ。大石さんがくれたチョコも、そうでしたよね?」


「それは、みんなと違うのをあげたかっただけよ。手作りのチョコは禁止なんだから仕方ないじゃない」


「言われてみれば、もらったチョコは全部市販品でした。チョコって、どうやって手作りするんですか?」


「チョコの場合、『手作り』って言っても、普通は買ったチョコを溶かして固めるだけだから。実は見た目も味も劣化するんだけど、それは仕方がないでしょ?」


「でも、手作りチョコは禁止なんですよね? それは、どうしてなんですか?」

「寮のみんなが自室で一斉にIHコンロを使ったら、どうなると思う?」

「なるほど。それでバレンタインの手作りチョコは禁止なんですね」


「去年は、バレンタインデー前日の夜に地震があって停電しちゃったけどね」

「あれは夜中でしたけど、結構大きな地震でしたね」

「私は、まだ小学生だったから、熟睡していて朝まで気づきませんでした」


 東京では、たしか震度4くらいだったが、ここではもっと揺れたのだろうか。

 夜中に停電したら寒いし真っ暗だし、いろいろと大変だっただろう。




 味見をして少し休憩した後も、大石さんは生地を伸ばし続け、僕は型を取り続け、鮫田さんはクッキーを焼き続けた。


「おっ、いい匂いがするね。ダビデ君、ごきげんよう!」

「オリビヤ先輩、今日は、よろしくお願い致します」


 部長さんが様子を見に来てくれたという事は、そろそろ3時か。


「ミサ先輩、もう配り始めてもいいっスか?」


 会場の準備をしてくれていた上田さんが、クッキーを配ってくれるらしい。


「ソーコちゃん、ここまでは、もう焼きあがってるから、みんなに配っちゃって!

コイは、紅茶の準備をお願い。陛下は、部長と一緒に挨拶あいさつしてね」 


「了解っス!」

「はーい!」

「分かりました」


 オリビヤ先輩と一緒に挨拶か。

 ちょっと緊張するが、この緊張感にも、もうだいぶ慣れた気がする。




「えー、只今より、第1回、白日祭を開催いたします」


 オリビヤ先輩が開催の挨拶をすると、会場に拍手が沸き起こった。


 招待した人は、寮に住む全員なので、産休中の新妻にいづま先生は、次女のミューちゃんを抱っこしたまま参加して下さっている。


 例によってマー君は横島よこしまさんと一緒で、ミャーちゃんは花戸はなどさんと一緒だ。


 長内おさない先生とミハルお姉さまは、姉妹のように並んで座っていらっしゃるが、4つ年下であるはずのミハルお姉さまの方が、年上のように見える。


 子守こもり先生は、お忙しいらしく、残念ながら欠席らしい。

 クッキーは、僕が後ほど、お届けするつもりだ。


「まずは、今日の主役であるダビデ君から、皆さんへのメッセージです。

 ――ダビデ君、どうぞ!」


 オリビヤ先輩からマイクを渡され、寮の皆さんに挨拶する。


 こんな時は、ルームメイト達のいる方を向いて、ネネコさんかポロリちゃんと目を合わせるようにして話すと、緊張感は、だいぶ和らぐ。


「はい。『ダビデ君』こと、101号室の甘井です。今日は皆さん、ここに集まって下さって、ありがとうございます。春休み中なのに、寮に残って下さった3年生の皆さんには、特に感謝致します。


 先月の14日に、僕は生まれて初めてバレンタインのチョコを頂きまして、今日は、そのお返しという事で、皆さんにクッキーを贈らせて頂きます。


 大石さん、鮫田さんの姉妹に協力してもらい、とてもおいしいクッキーが出来ました。食べ放題ですので、どうぞ飽きるまで、お召し上がりください」


「きゃー!」

「いただきまーす!」


 僕が頭を下げると、会場は急に騒がしくなった。

 寮のみんなに喜んでもらえて何よりだ。


「――はい。ダビデ君、ありがとうございます。茶道部を代表して、私からも重要なお知らせがありますので、ダビデ君の作ったクッキー『カントリーデイヴ』を召し上がりながら、聞いて下さい」


 カントリーデイヴですか。味も形もカントリーマ●ムには全然似てないのに、いつの間にか、そんな名前が付けられていたのですね。


「私達茶道部は、長らく茶道部としての活動をしておらず、来年度から正式に喫茶部として活動しようと思いまして、顧問のサンダース先生に相談したのですが、喫茶部への名称変更は却下されてしまいました」


 名称変更の話は大石さんから聞いていたが、その案は通らなかったようだ。


「そこで、『誰も茶道の作法を知らない茶道部なんて意味がない』とサンダース先生に反論したところ、予想外の回答を頂きましたので、報告させて頂きます」


 予想外の答え? いったい何だろう。


「なんと、来年度から生娘寮に来られる予定の先生が、お茶をたしなんでいらっしゃるそうで、茶道部の顧問も引き受けて下さるそうです。長い歴史のある茶道部が、ついに復活しますので、興味のある方は、是非4月からご参加ください!」


 茶道部が、本来の茶道部に戻るのか。

 オリビヤ先輩は、とても嬉しそうな笑顔だった。






 僕は、その後も、お替わり用の「カントリーデイヴ」の型を取り続けた。

 大石さんは、予算の許す限りの量を準備してくれたらしい。


「茶道部で、お茶をたしなむなんて、まるでお嬢様みたい!」

「コイ、私達は元から、お嬢様学校の生徒なんだからね!」


「でも、良かったですね。茶道部が復活するなんて」

「私は、紅茶とクッキーの方が良かったんだけど……」

「あははは、クッキーもいいですけど、和菓子もおいしいと思いますよ」

「それもそうね」


「私は、お姉ちゃんみたいに頭良くないから、作法を覚えられるか心配だよ」

「だいじ、だいじ。私も作法なんて全然知らないし、若い方が覚えるの早いから」


 大石さんは、今回が茶道部最後のイベントだと言っていたが、クッキーは今日で最後で、次回からは和菓子になりそうな感じだ。


 茶道部の皆さんと一緒に和菓子を食べるのも楽しみである。

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