3月の出来事

第240話 3年生を1名受け入れるらしい。

 3月になると、校舎内の売店では死に筋商品の在庫一掃セールが行なわれる。


 このセールは、卒業生の所持する電子マネーの残高に期待するセールで、生徒手帳の裏面に付いている【JOCAジョーカ】は、当学園でしか使えないからである。


 チャージしたポイントは現金に戻せない為、ここで使い切るしかなく、使い切らずに卒業してしまった場合は、規約により学園への寄付金扱いになるらしい。




「ダビデ店長、このブラは汚れちゃってるから、値下げ処理しておいてね!」

「店長しゃん、このパンチュも、ずっと売れ残っているのでしゅ!」


「了解しました。他にもあったら、どんどん持って来てください」


 値下げの処理は、下高したたか先輩から店長に任命された僕の仕事なのだが、どの商品を値下げするべきかの判断は、ほぼカンナさんとアイシュさんに丸投げである。


「ミチノリさん、リーネも『ミチノリ店長』って呼んだ方がいいのかしら?」 


「あの2人は、僕をからかって、そう呼んでいるだけですから、リーネさんは普段通りでいいですよ」


 リーネさんは、僕が値下げ処理した商品に【半額】というシールをる係だ。


 スーパーの食品売り場で、この仕事を担当する人は「半額神」と呼ばれ、庶民からあがめられるらしい。しかし、うちの学園の卒業生は、ほぼ全員、セレブな奥様になる事が確定しているので、スーパーで半額商品に群がる必要もないだろう。


 死に筋商品を全て半額にしてワゴンに並べた後は「半額セール」と書いたポップをつけて、目立つ場所に置けば、セールの準備は完了だ。


 なお、セール品は、ほとんどが衣料品と文具なので、卒業生が購入しても、自分では使わず、妹にプレゼントされる事の方が多いそうだ。




 仕事の後は、いつものように部室でのティータイム。

 今日の話題は「卒業式後の3年生の部屋割りについて」である。


 優嬢ゆうじょう学園では、6年生の卒業に合わせて、姉妹学年の3年生も春休みに入る。


 その理由は、寮の3階にある部屋が全て解散となってしまう為で、春休み中も寮に残りたい3年生は、1階か2階の部屋に泊めてもらう必要がある。


 僕が、この事実に気付いたのは「白日はくじつ祭」を企画した時だが、カンナさんから聞いた話によると、3年生は全員このイベントに参加する為に残ってくれるそうだ。


「アイシュちゃん、私、202ニーマルニに泊めてもらう事になったから、よろしくね!」

「お姉しゃまから聞いているのでしゅ。メンチュもしょろっているのでしゅ!」


 カンナさんは、夏休み後半と同様に、202号室に泊めてもらう予定らしい。


「メンツも揃っている」というのは、同室の足利あしかが先輩と升田ますだ先輩の事で、もしかしたら升田先輩の妹である浅田あさださんも、メンツに含まれているのかもしれない。


102イチマルニ号室にも、3年生が泊まりに来るのかしら?」


「どの部屋にも、3年生が1名ずつ泊まる予定になっているから。リーネちゃんの部屋には、たしか、レイちゃんだったかな?」


「レイ先輩なら、リーネが陸上部にいた時に、お世話になったわ」


 3年生の橋下麗はしもとれいさん――鹿跳しかばね先輩の妹で、陸上部の幽霊部員らしい。

 体育の授業を見学している事も多く、少し体が弱いのかもしれない。

 ネネコさんの話によると、部活には、たまにしか参加していないようだ。


101イチマルイチ号室に来る3年生も、もう決まっているんですか?」

「ダビデ先輩の部屋には、ジャイコちゃんが泊まりたがっていたみたい」

「ジャイコさんですか。それは楽しみですね」


 個人的には、うちの部屋に誰が泊まりに来てくれても大歓迎であるが、ジャイコさんなら、僕と同じ部屋だからという理由で、気まずくなる心配もないだろう。






「ダビデ先輩っ!」


 その日の帰り、僕は昇降口でジャイコさんに呼び止められた。

 ジャイコさんは、いつもニコニコしていて、とても感じがいい人だ。


「ジャイコさん、ごきげんよう。もしかして、僕を待っていてくれたんですか?」


「今日は先輩に、お願いがあるんですよ。決して無理な相談ではありませんから、先輩は『はい』か『いえす』で答えて下さい」


「あははは。それは、お姉さまに教わったんですね?」

「そうです。それでも断られた場合は、大声で泣けば何とかなるそうですよ」


 ジャイアン先輩の交渉術は、妹に正しく継承されているようである。

 交渉術というよりは、脅迫に近い気もするが。


「断ったりしませんから、安心して下さい。話はカンナさんから聞いています。卒業式の後、1週間うちの部屋に泊まるという話ですよね?」


「はい。ミユキ先輩とポロリちゃんの許可は、もう取ってありますので、あとはネネコちゃんだけなんですけど」


「ネネコさんには、僕から伝えておきますよ。多分、問題ないと思います」


「ありがとうございます。先輩がカノジョとイチャイチャしていても、私は平気ですし、おセックスをなさる時には、必ず部屋の外へ出ますから」


「それは助かりますけど、ちょっと敬語が変じゃないですか?」


 ジャイコさん、「おセックス」なんて言葉、僕は初めて聞きました。「えっち」や「仲良し」よりもストレートな表現ですね。


「ネネコちゃんと、ご性交あそばされる時には――のほうが良かったですか?」

「あははは。無理に敬語を使わなくていいですから」


 さすがジャイアン先輩の妹さんだ。いや、さすが美術部員というべきか。

 相手の興味を引き、楽しませる会話術。これは僕も見習わなくては。






「――という訳で、卒業式の後、1週間ジャイコさんが泊まりに来る事になったんだけど、ネネコさんも構わないよね?」


 僕は寮の部屋に帰るとすぐに、今日の出来事をネネコさんに報告した。


「ボクはさっき、お姉さまから聞いたよ。ジャイコ先輩が、お姉さまの妹になるんでしょ? それなら、ボクのお姉さまでもあるって事じゃね?」


「ああ、そうか。3年生以下の生徒が姉から離れて他の部屋に泊まるときは、代理の姉が必要になるんだったね」


 生娘寮の規則で、姉が妹を残して寮を離れる時には、残された妹の為に代理の姉を依頼しなければならないことになっている。 (第63話参照)


 ジャイコさんが僕の妹になるという話は聞いていないので、おそらくジャイアン先輩は天ノ川さんに頼んだのだろう。


「ふふふ……、ジャイコさんが私の妹になるという事は、ジャイコさんのお姉さまであるジャイアン先輩は、私のお姉さまでもあるという事になりますね」


 天ノ川さんはジャイアン先輩の妹を受け入れる事が出来て、とても嬉しそうだ。


「イコ先輩は、トモヨお姉ちゃんの妹だから、ポロリのお姉ちゃんでもあるの」


 イコ先輩とはジャイコさんの事で、トモヨお姉ちゃんはジャイアン先輩。


 ジャイアン先輩はポロリちゃんのイトコの母親なので、実は叔母おばさんなのだが、それを口に出すと本人に大声で泣かれてしまうらしい。 (第99話参照)  


「マジ? それだとミチノリ先輩も含めて、みんな兄妹きょうだいって事じゃね?」


「ふふふ……、そうですね。ジャイコさんが泊まりに来ている間は、私達も甘井さんを『お兄さま』とお呼びしないといけませんね」


「あははは。天ノ川さん、それは、くすぐったいのでやめてください」


 血縁関係のない赤の他人のはずなのに、寮の規則で「姉妹である」と決められる事によって、お互いが仲良くなれる。これは、とても温かいルールだと思う。


 ジャイアン先輩が卒業してしまっても、残されたジャイコさんが寂しくならないように、アマアマ部屋の4人で、温かく迎えてあげる事にしよう。

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