第232話 茶道部は名称変更の予定らしい。

 ハナ先輩からのアドバイスを受け、ホワイトデーのイベントを企画する事を決意した僕は、204号室を出た後、103号室に直行した。


 ホワイトデーまでは、期末試験と卒業式を挟んで3週間しかないので、大石おおいしさん達に相談するなら少しでも早い方がいいだろう。


【103号室】

【大石 御茶】【栗林 磨論】

【鮫田  恋】【熊谷 伊予】


 ――トン、トン、トン。


 部屋のドアを3回ノックして、しばらく待ってみたが、反応はないようだ。


 日曜日の午後なので、全員外出しているのだろうか。

 それとも、気付かれていないだけなのだろうか。


 それを、この場で確認する為の作戦は、2通り存在する。


 1つは、ドアの前から元気よく大きな声で中の人を呼び、来訪者である自分の存在をアピールする作戦。


 もう1つは、ドアを少しだけ開け、部屋の中に向かって挨拶あいさつする作戦である。


 大声を出すのは恥ずかしいので、僕が選択することができる作戦は後者だ。

 挨拶は「ごめんください」でいいだろう。


 僕は103号室のドアノブに手を掛ける。


 ――カチャ。

「――うわっ!」


 ドアノブに手を掛けた途端、ドアが部屋の内側に開き、僕の右腕は体ごと部屋の中に吸い込まれた。


 バランスを崩して前のめりになった僕は、ムニュッとした感触に顔面を包まれ、視界を完全に塞がれたが、どうやら転ばずに済んだらしい。


 ここは、いったいどこだろう。なんかいい匂いがするし、手触りもモフモフしている――なんて、感動している場合ではない。


 慌てて体勢を立て直すと、目の前には「熊の着ぐるみパジャマ」を着た熊谷くまがいさんが立っていて、恥ずかしそうに胸の辺りを押さえていた。


「熊谷さん、ごめんなさい! いきなりドアが開くとは思いませんでした」

「ノックの音が聞こえたような気がしたので……お怪我けがはありませんか?」


「はい。お陰様で、転ばずに済みました。熊谷さんこそ、怪我はないですか?」

「ちょっと痛かったですけど、平気です」


 おっぱいにダイブしてしまったのは僕の方なのに、真っ先に僕の事を心配してくれるなんて、さすがデカブラオレンジ。正義のヒロインにふさわしい人だ。


「ホントすみません! 深くおび致します」

「気にしないでください。ネコには、よくまれてますから」


 そんな事を言われると、ますます気になるのだが、ネネコさん以外のおっぱいには興味を示さない事を天ノ川さんと約束しているので、ここは話題を変えよう。


「ところで、部屋には熊谷さん1人なんですか?」 

「いいえ、4人とも部屋にいます。私達、全員カレシいませんから」


 なるほど、近場にカレシがいる人は、日曜日に外出するのか。


 熊谷さんの背後、短い廊下の先には鮫田さめださんが顔をのぞかせている。


「ダビデ先輩⁉ もしかして、遊びに来てくれたのですか?」

「アポなしですみません、大石さんと鮫田さんに、相談したい事がありまして」


「お姉ちゃん、大変! ダビデ先輩が、私達に相談があるって!」

「陛下が私達に? いいけど、ちょっと待って! 私、今から着替えるから」


 鮫田さんの呼びかけに、部屋の奥にいる大石さんが答える。

 大石さんは、僕に部屋着姿を見られるのが恥ずかしいのだろうか。


 ちなみに、鮫田さんも熊谷さんと同様に着ぐるみパジャマを着ているが、何の動物だか不明である。背中にヒレのようなものがあるので、サメなのかもしれない。


「甘井さん? 珍しいね。ちょうど3時だし、今から、みんなでお茶にする?」

「さんせーっ!」

「うん、うん」


 栗林くりばやしさんの提案に、鮫田さんと熊谷さんが賛成し、今から午後のお茶会が始まるらしい。


 僕は鮫田さんから「次のお茶会は、103号室で!」と誘われていた事を思い出したので、遠慮なく参加させてもらうことにした。(第210話参照)






「お待たせ。入っていいわよ」

「お邪魔します」


 しばらく部屋の前の短い廊下で待たされた後、大石さんからお呼びが掛かる。


 大石さんは、わざわざ制服に着替えてくれたようだが、1年生の2人が着ぐるみパジャマで、栗林さんと僕は学園指定のジャージなので、少し浮いている感じだ。


 リビングには長方形のテーブルがあり、僕は短辺の席に案内された。

 右側の奥に大石さん、手前に鮫田さん。

 左側の奥に栗林さん、手前に熊谷さんという席順だ。


 僕の座る椅子いすだけ、事務用の回る椅子で、これは勉強用の机から、わざわざ持って来てくれたようである。


「甘井さん、髪、切ったんだ?」

「はい。先ほど、204号室で、ハナ先輩とハヤリさんに切ってもらいました」


 栗林さんの質問に対し、正直に答える。


 この寮では、髪を切ると必ずと言っていいほど、こうやって確認されてしまう。


 最初はとても不思議だったのだが、お嬢様方の間では、お互いに確認する事が礼儀で、これは「あなたの事を日頃から見ています」という意思表示になるらしい。


 僕は、バッサリ切った時くらいしか気付いてあげられないので、女子の皆さんと比べて日頃の観察力が足りていない事を痛感する事の方が多い。


「ハナ先輩は6年生からも人気で、予約が殺到しているらしいですよ」

「そうらしいですね。僕も『今日しか空いてない』って言われましたので」


 熊谷さんの言う通り、卒業式の前は、きっと大忙しなのだろう。


「それで、ダビデ先輩から私達への相談って、何ですか?」

「陛下からの相談なら、乗らない訳にはいかないでしょ?」


 鮫田さんと大石さんは、協力してくれる気満々らしい。ありがたい事だ。


「実は、バレンタインのチョコを不相応にもらい過ぎてしまって、お礼の予算が厳しいのです。それで、イベントを開催して自作のお菓子を配ろうと思いまして、よろしければ、生娘祭で配っていたクッキーの作り方を教えて頂きたいのですが」


 僕は大石さんと鮫田さんに頭を下げる。


「予算って、どのくらいなら、出せるのよ?」 

「そうですね……5万円くらいまでなら、なんとか」


「陛下って、実はバカなの? 自作のクッキーでそんなに掛かる訳ないじゃない」

「これは気持ちの問題ですし、売店で全員分を買ったら、もっと掛かりますから」


 大石さんと僕の会話を、残りの3名も真剣に聞いてくれているようだ。


「はい! ダビデ先輩の手作りなら、きっと、みんなが喜ぶと思います!」


「そうそう。『甘井さんが拾った栗を使ったケーキ』でイベントが成り立っちゃうんだから、『甘井さんの手作りのお菓子』があれば、完璧だよ」


 熊谷さんと栗林さんも賛成してくれるらしい。


「じゃあ、陛下からの予算は1万円だけ受け取る事にして、あとは私達、茶道部員に任せて。部のイベントにしちゃえば部費が使えるし『茶道部最後のイベント』にしてあげるから」


「茶道部最後のイベントって、茶道部は廃部になってしまうのですか?」


「そうじゃなくて、今のままだと名称詐欺だから、来期から『喫茶部』に名称変更する予定なの。その宣伝にも使えそうでしょ?」


「それはいいですね。オリビヤ先輩にも直接お会いして、お願いしてみます」

「それと、イベントの日程だけど、2日早めて、12日のほうがいいわね」


「それは、月曜日よりも、土曜日のほうがいいって事ですか?」

「そう。陛下がイベントの主催者なら、きっと3年生も全員参加するでしょ?」 


「なるほど。『土曜日開催なら、次の日に家に帰れるから』ですね?」

「そういう事」


 優嬢学園の卒業式は、3月6日の日曜日だ。


 6年生が卒業してしまうと、6年生と3年生の部屋は全て解散になる為、3年生も同時に春休みとなるのだが、ホワイトデーのイベントに参加する為には、その後も寮に滞在する必要がある。


 開催日を12日にすれば、3年生は13日のバスで実家に帰ることも可能だ。


 なお、卒業生と3年生以外の学年は、19日の土曜日が修了式となっている為、春休みは、3月20日からである。


「では、3月12日の開催予定という事で、ご協力お願いします」


「私からも、陛下に約束して欲しい事が1つあるんだけど、いい?」

「はい。何でしょう?」


「3学期の期末試験でもトップの成績を取る事。手を抜いたら、許さないから」

「承知しました。僕も大石さんの悔しがる顔が見たいですから」


 大石さんは、どこまでも真面目で、自分に厳しい人だ。僕も頑張らないと。


「甘井さん、イベントの名前はどうするの?」


「そうですね……栗林さんは、何かいい案がありますか?」

「やっぱり、生娘祭や甘栗祭みたいに『○○祭なんとかさい』がいいんじゃない?」


「はい! 白日祭はくじつさいが、いいと思います!」

「クマちゃん! それだと、ただの直訳だよ!」

「でも、分かりやすくていいよね?」

「白日祭なら、夕方からじゃなくて、お昼から始めないと」


「いいじゃないですか、お昼ごろから開始で。それでいきましょう」

「うん、うん」


 イベントの名称は、熊谷さん発案の「白日祭」で良さそうだ。

 寮のみんなが喜んでくれるような、素敵なイベントにしなくては。


 それにしても、8万円以上掛かるはずのお返しが、わずか1万円で解決してしまうなんて――大石さん、ありがとう。

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