第231話 悩み事は皆で解決すべきらしい。

「どこか、かゆいところはありませんかー?」

「はい。特に無いです」


「それだと、ハヤリとの会話が続かないじゃないですかー!」

「すみません。この場合、どう答えるのが正解なんですか?」


「なんでもいいですから、希望を言って時間を稼いでください」

「そうですね……では、もう少し右の方をお願いします」


 2月20日、日曜日の午後。

 僕は204号室の浴室で、2年生の杉田すぎた流行はやりさんに髪を洗ってもらっている。


 もちろん髪を切ってもらう事が目的で、今日もハナ先輩に呼ばれて来たのだが、その前に妹のハヤリさんが髪を洗ってくれるのが、ここでのお約束だ。


「この辺りですかー?」

「はい。すごく気持ちいいです」


 かわいい後輩に髪を洗ってもらうだけでも気持ちいいのに、背中には、おっぱいを押し当てられている感触もあって、最高の気分である。


 僕なんかの為に、ここまでしてくれるなんて、ファンとは、ありがたいものだ。


「ほかに、かゆいところはありませんかー?」

「せっかくですから、左の方もお願いします」


 試験前の貴重な時間を僕の為に使ってくれるのは、申し訳ない気もするが、ハヤリさんにとっての優先順位は、試験勉強よりも僕の方が上らしい。


「この辺りですねー。どうですかー?」 

「はい。とっても気持ちいいです」


 もはや「好かれている」というレベルを超えている感じで、「ダビデ先輩ファンクラブ」というのは、もしかしたら宗教団体なのかもしれない。


「ハヤリ! いつまで髪を洗ってるの?」

「お姉ちゃん! もう少しで終わるから! あとちょっとだけだから!」


 ハヤリさんは、僕の頭に、お湯を掛けて、シャンプーを流してくれた。

 お姉さまに叱られても、僕への対応は、とても丁寧だ。


「ハナ先輩、すみません。あまりに気持ちいいので、僕がおねだりしたんです」

「いや、べつに怒ってないけど、ダビデ君だって試験勉強は、するでしょ?」


「そうですけど、僕の優先順位は、試験勉強よりも、ここでハナ先輩とハヤリさんに髪を切ってもらう方が、ずっと上ですから」


 試験勉強をする時間なんて、睡眠時間を削ればいくらでも捻出できるが、ここで

髪を切ってもらえる時間は限られている。どちらが貴重な時間であるかは明白だ。


「そうなんだ? やっぱり、ダビデ君はアタマいいんだね」

「試験勉強なんて、ダビデ先輩には必要ないですよねー?」

「そんな事はないですって、ただ、試験勉強の優先順位が低いだけですから」


「ハヤリも、ダビデ君を見習って、少しは勉強しないとね」

「お姉ちゃんには、言われたくないけどねー」


「もしかして、姉にケンカ売ってるの?」

「きゃーっ! ごめんなさいっ! ハヤリは悪い子でしたぁ!」


 ハヤリさんは、僕の首にビニールのシートを掛けると、浴室を出て行った。

 逃亡するのはハヤリさんの癖らしいので、特に心配する必要もないだろう。






「今日も、いつも通りでいいよね?」

「はい。よろしく、お願いします」


 シャキ、シャキ、シャキ、シャキ……。

 204号室の浴室に、ハサミの音が響く。


 ここからは、ハナ先輩に髪を切ってもらいながら、会話を楽しむ時間である。


「バレンタインのチョコ、6年生以外の全員からもらったんだって?」

「はい、お陰様で。まさか、こんなに沢山もらえるとは思いませんでした」


「5年生からの分は、演習室で、みんなの玩具おもちゃになってくれた時のお礼だから」


「コンドームの装着練習をした時の事ですね。 (第224話参照)

 あの時は大変でしたよ。僕のせいで特定の先輩を『負け』にしてしまう訳にはいきませんから、途中で暴発しないように必死で耐えてました」


「それじゃ、もしかして、あのときは最初から長内おさない先生を狙ってたの?」


「そうですね。長内先生に負けてもらえば、全てが丸く収まると思いまして。上手うまく先生の手でイケたのは、たまたまですけど」


「狙い通りに出せるなんて、ダビデ君って、AV男優の素質があるんじゃない?」

「え? ハナ先輩って、こっそりAVを鑑賞されたりするのですか?」


「それは、ほら、私は美術部員だし。みんなで参考にね」

「それで、美術部の皆さんは、下ネタが好きなんですね」


「まあ、その話は置いといて、バレンタインのチョコの話なんだけど、全員にお返しするなんて、無茶な事はしなくていいからね」


「そういう訳にはいきませんよ。チカ先輩からは、お返しを催促されましたし、ミハルお姉さまからは、『お返しは3倍返しじゃないと、女子は満足しない』って教わりましたから」


「チカの言う事なんて、真に受けなくていいけど、ミハルお姉さまって誰?」


「寮の職員で、311号室にお住いの新家しんや美晴みはるさんの事です。僕より3つ年上なので、僕が勝手にそう呼んでいるだけなんですけど」


「あの人、うわさによるとかなり男好きみたいだね。ダビデ君とも仲がいいんだ?」

「はい。いろいろとアドバイスをくれる、優しいお姉さまです」


「優しいお姉さまが、かわいい弟に3倍返しを要求するかな?」

「その辺りは厳しいですよね。正直、全員に3倍返しは、かなりキツイです」


「だよね。チョコは90人分くらい? 3倍返しだと、予算は……」

「僕の計算だと、8万円以上は掛かりそうな感じです」


「やめときなよ。ダビデ君が、そんなにお金使うこと無いよ」

「僕は、どうしたらいいでしょう?」


「そうだなー、5年生以下の全員からチョコをもらったって事は、もうダビデ君は全校生徒からの支持を得ているってことでしょ?」


「6年生は、いいんですか?」

「6年生は、ホワイトデーより前に卒業しちゃうから」

「そうでしたね」


「つまり、ダビデ君は女子の総意によって選ばれた、優嬢学園を代表する男子生徒であり、この生娘寮においては、唯一無二の象徴的存在なんだよ」


「男子は僕1人しかいませんし、ちょっと、大袈裟おおげさ過ぎませんか?」

「実際、ダビデ君は『陛下』とも呼ばれているでしょ?」

「僕をそう呼ぶ人は、約1名だけですけど……」


「まあ、どっちにせよ6年生が卒業しちゃったら、ダビデ君が実質的に序列一位になる訳だから、よほど無茶な提案じゃなければ、ほとんどの提案は通ると思うよ」


「提案……ですか?」


「そう。甘栗祭あまぐりさいだって、1年生達の提案に料理部が賛同して実行されたんだから、ホワイトデーにも新しいイベントを作っちゃえば、いいんじゃない?」


「ホワイトデーのイベントですか……」


「甘栗祭の時に、みんなで栗のケーキを食べたように、ホワイトデーでは、ダビデ君がクッキーでも焼いて、参加者全員に配れば、買うよりは安上がりでしょ?」


「それは、いいアイデアですね。さすがハナ先輩。でも、全員分のクッキーを焼くのって、かなり大変じゃないですか?」


「もしかして、全部1人でやろうと思ってるの? そんなの、得意な人に任せちゃえばいいんだよ。今のダビデ君なら、協力者くらい簡単に集められるでしょ?」


 クッキーを焼くのが得意な人――僕の頭に真っ先に浮かんだのは、クラスメイトの大石おおいしさんと、その妹の鮫田さめださんだった。 (第165話参照)


「そうですね。協力者を集めて、計画を立ててみることにします」


 これで「3倍返し問題」は、なんとか解決できそうだ。

 近いうちに、大石さん達に相談してみることにしよう。


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