第190話 流れ星は必ず見えるものらしい。

 柔道場から、柔道着のままで4年生の教室に戻り、1人で制服に着替える。

 火曜日の昼休みは、骨折していた期間を除いて、春からずっとこんな感じだ。


 春と比べて大きく変わっているのは、僕自身の精神状態で、お嬢様方に囲まれた環境に戸惑っていた僕が、今ではすっかり、この学園に馴染んでいる。


 もう、12月の14日。来週はクリスマスだ。


 その前に期末試験もあるし、声楽部の皆さんと歌の練習もある。

 管理部の仕事や、料理部のお手伝いもあって、毎日が充実している。


 今日の昼休みには何をしようか――そんな事を考えながら柔道着を脱ぎ、制服のワイシャツを着たところで、教室の戸がガラガラと開いた。


「ダビデさ~ん、入ってもいいですか?」


 教室の入口から、背が高くて髪も長いお姉さんが顔を出し、こちらに向かって手を振っている。アシュリー先輩こと、手芸部の服部はっとり阿手裏あしゅり先輩だ。


「ダビデ君1人だから、入っても平気よ」


 アシュリー先輩の背中を両手で押しているお姉さんは、文芸部の交合こうごう生初きうい先輩。


 僕は、まだ着替え中で、ズボンを穿くまで待って欲しい状況なのだが、5年生の先輩方は、そんなことはお構いなしに4年生の教室に入ってきた。


 大急ぎでズボンを穿き、ベルトを締めてから、アシュリー先輩に返事をする。


「はい。僕に何か御用でしょうか?」


「はい! クリスマスイブは、ダビデさんのお部屋に泊めて欲しいので、お願いに参りました!」


「えーと……それは『アシュリー先輩が、101号室うちのへやに遊びに来て下さる』という事ですか?」


「はい! ミユキちゃんのベッドをお借りしたいのです。1晩だけですから」


「それは、天ノ川さんに直接お願いしてみて下さい。天ノ川さんのベッドを本人に無断で僕が貸す訳にはいきませんし……」


「ミユキちゃんからの許可があれば、いいのですか?」

「はい。僕は全然構いませんけど」


「ミユキちゃんには、先に交代の許可をもらいましたから、これで確定ですね!」

「アシュリー先輩と天ノ川さんが、1晩だけ部屋を入れ替わるという事ですね?」


「そうです。それで、ヤナもポロリちゃんに交代の許可をもらったそうですので、そちらの分も室長さんから許可をもらえると嬉しいのですけど」


 ヤナとは、アシュリー先輩の妹さんで、2年生の本間ほんま耶那やなさん。

 声楽部員なので、クリスマスイブには食堂で一緒に歌う予定である。


「妹さんも、ですか? どうして、2人で、101号室なんですか?」


「209号室だと、ヤナの声が子守こもり先生に聞こえちゃうかもしれませんから」

「ダビデ君、私からもお願いするわ。ヤナちゃん、とっても声が大きいのよ」


 交合先輩はアシュリー先輩と同じ209号室にお住まいで、妹さんは、生娘祭の時に僕の「お尻の処女」を精神的に奪った大場おおば迎夢げいむさんだ。 (第172話参照)


「子守先生の部屋は112号室だったと思いますけど、だいぶ離れてますよね? そこまで声が届くなんて、本間さんは部屋で発声練習でもしているんですか?」


「あら? ネネコちゃんは、あまり声を出さないのですか?」


「どうして、そこでネネコさんが出てくるんですか?」

「クリスマスイブですから。ダビデさん達も『なかよし』しますよね?」


「……あの、もしかして、アシュリー先輩は、そういう目的で101号室に?」

「はい。ダビデさん達と、ダブルデートなら、いいかな――と思いましたので」


 そうか、自室でそういうことをしたら交合先輩や大場さんに迷惑をかけてしまうから、同じ境遇である僕の部屋を選んだという事か。


「それは、いい考えですね。すごく楽しみです」

「うふふふ、ダビデさんとは気が合いますね!」


「2人とも、良かったわね。これで、私達も、ぐっすり眠れそうだわ」


 アシュリー先輩とは利害関係も一致するし、先輩からのお願いなら「大義名分」にもなる。この計画が上手くいけば、僕は童貞から卒業できるかもしれない。


 あとは、僕が当日に、ネネコさんをその気にさせる事が出来るかどうかだ。






 先輩方が4年生の教室から出て行った後、更衣室から戻って来た天ノ川さんを誘い、食堂で昼食をとった。


 昼食後は、2人でゆっくりと、お茶を飲みながらおしゃべりだ。


「クリスマスイブの計画プラン、さっき、アシュリー先輩から聞きましたよ」


「そうでしたか。当日、私は鬼灯ほおずきさんと一緒に、209号室にお邪魔しますから、ネネコさんの事は、甘井さんにお任せします」


「気を利かせてくれて、ありがとうございます。でも、僕達が勝手に決めてしまって、ネネコさんは納得してくれるんでしょうか?」


「5年生の先輩から頼まれたのですから、私達が勝手に決めたという事にはなりませんし、私のかわいい妹も、きっと喜んでくれるはずですよ」


「天ノ川さんがそう言ってくれると心強いです。このお礼は、必ずしますから」

「ふふふ……、でしたら今晩、天体観測に付き合って頂いてもよろしいですか?」


「今晩ですか? もちろん構いませんけど、何時ごろがいいですか?」

「あまり遅くなると寒いですから、7時ごろがいいですね。場所は屋上です」


「了解しました」






 そして、その日の夕方。


 天ノ川さんが、僕と一緒に屋上で天体観測をするという話をネネコさんとポロリちゃんに伝えたところ、2人とも参加を希望し、早めに食事を済ませた後、4人で屋上へ行くことになった。


「さみー、チョーさみー!」


 4人とも、持参した毛布を制服やコートの上から肩に掛けているのだが、屋上の寒さは想像以上だ。


 4人の中で、最も体脂肪率が低そうなネネコさんは、特に寒そうである。


「ふふふ……、ネネコさん、これならどうですか?」


 天ノ川さんがネネコさんから毛布を取り上げ、2枚重ねた毛布をコートのように羽織ってから、ネネコさんに抱き着く。


「うん。これなら寒くないや」


 天ノ川さんおねえさまにおっぱいを押し当てられ、ネネコさんの震えも止まったようだ。


「お兄ちゃん、ポロリも一緒がいいかも」

「そうだね」 


 僕は自分のコートの中にポロリちゃんを入れて、2枚重ねの毛布を羽織る。


「えへへ、とってもあったかいの」


 ポロリちゃんが僕のカイロになってくれたので、コートの中はとても温かい。


「ほら、今日はいいお天気ですから、きっと良く見えますよ」


 天ノ川さんが空を見上げると、みんなも釣られて空を見る。

 都会では見ることが出来ない、美しい星空だ。


「マジ? 星ってこんなにいっぱいあったの?」

「都会だと周りが明るすぎて、北斗七星がやっと見えるくらいだからね」

「ここだと、6等星くらいまでは、肉眼で見えると思いますよ」


「あっ! 今、流れ星が見えたの!」

「ふふふ……、私にも見えましたよ」

「ボクには見えなかったよ。何かずるくね?」

「僕も見えなかったから、仕方ないよ」


「あっ! また流れ星が見えたの!」

「ふふふ……、鬼灯さんは流れ星を見つけるのが上手ですね」

「マジ? 流れ星って、そんなに見えるの?」

「僕は、今初めて見ました。でも、ほんの一瞬ですね」


「ネコちゃん、また見えたよ!」

「うん。今のヤツは、ボクも見えた」

「去年より、良く見えるようですね」

「『去年より』って事は、毎年この時期に流れ星が見えるって事ですか?」


「はい。今日は『双子座流星群』の極大日のはずですから。おそらく、冬場で最も流れ星が良く見える日です。去年は、お姉さまと一緒に、ここで見ました」


「そうだったんですか。それで、こんなに続けて流れ星が見えるんですね」

「ボク、流れ星なんて生まれて初めて見たよ!」 

「えへへ、お星さまが、みんな落ちてきそうなの」

「ふふふ……、そんなに喜んでもらえると、誘った甲斐かいがありますね」


 なるほど、流れ星には「良く見える日」というものがあって、その日に空を見上げれば、必ず見る事ができるものなのか。


 クリスマスイブは「性成せいなる夜」だそうだ。 (第148話参照)

 その日にアプローチすれば、セーコー確率は、かなり高いかもしれない。


「ネコちゃん、そろそろ場所を交代してあげるね」

「いいの? そこはロリの指定席じゃね?」


「えへへ、ネコちゃんは、お兄ちゃんのカノジョさんだから、特別なの」


「ネネコさんは、背がだいぶ伸びてしまいましたから、鬼灯さんと場所を代わってもらえると、私も空がもっと良く見えます」


 春には、15センチあったはずの、天ノ川さんとネネコさんの身長差は、今では10センチ弱くらいにまで縮まった。


 逆に、僕とポロリちゃんの身長差は春より広がり、今では30センチ以上だ。


「はい。ネネコさん、どうぞ!」


 僕はポロリちゃんを開放し、ネネコさんを迎え入れる。

 ネネコさんの体は、ポロリちゃんほど温かくはなかった。


「マジ? こっちのほうがあったかくね?」

「そんな事ないよぉ! ミユキ先輩もあったかいもん!」


 僕とネネコさんの身長差は、春とあまり変わらず、ほぼ20センチ。

 天ノ川さんとポロリちゃんの身長差も、春と変わらず、20センチだ。


「甘井さん、こうしたら、もっとあたたかいと思いますよ」


 天ノ川さんは羽織っている毛布を左側にずらし、僕の左腕に右腕を絡ませる。

 僕は羽織っている毛布を右側にずらし、天ノ川さんに体を寄せる。


「これは、あったかくていいですね」


「あっ! また流れ星が見えたの!」

「流れ星が消えるまでに、願い事を3回言えれば、叶うらしいですよ」

「それって、絶対無理じゃね?」

「あははは、たしかにそうだね」


 ――こんな感じで、寒い中、4人で体を寄せ合っての流星観測であったが、じわじわと足元から体が冷えてきてしまい、30分ほどで部屋に戻ることになった。


 アマアマ部屋のルールに従い、僕が先に風呂に入ってシャワーを浴びていると、 3人のルームメイト達が、ネネコさんを先頭にぞろぞろと入ってくる。


 4人で一緒に風呂に入るのは、大浴場を貸し切りにしてもらった甘栗祭の日以来で、部屋の風呂では初めての事だ。 (第156話参照)


 3人とも、僕が両手を骨折していた期間に、僕のハダカを何度も見ているので、もうなんとも思わないのかもしれないが、僕の方はそうではなかった。


 屋上では、寒さで縮んでいた僕の欲棒が、3人のお陰で急に元気になった事は、言うまでもないだろう。

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