第172話 熱意が足りない男はダメらしい。

 今回の話は、前話に続きテーブルトークRPGの世界の話となりますが、ゲームマスターや他のプレイヤーとの会話を、分かりやすく脳内変換してお伝えいたします。実際は7人でテーブルを囲んでおしゃべりしている状況です。


 ――それでは、テーブルトークRPGの世界へ移行します。




 薄暗い森の中で、先頭を歩いていた2人が歩みを止め、こちらに振り返る。


「何かあったんですか?」

「みんな、あれを見てちょうだい」


 パーティーリーダーのリーネさんが、森の道の前方を指差す。


「クモの巣……ですかね? 道がふさがれていますね」


 目を凝らすと、そこには道を塞ぐように大きなクモの巣が張られていた。


「おっきいクモだ!」

「気持ちわるーい!」


 巣の中心にいるクモの大きさは体長1mくらい。

 戦ったとして、勝てるかどうかは不明だ。


「クロベエ君、回り道をしたほうがいいかしら?」

「どうだろう。道を外れたら迷子になっちゃうから、よけい危ないと思うけど」


 森の中にはヘビが住んでいるそうなので、そちらも危険な気がする。


「クモと戦ったほうがいい……という事ですか?」

「でも、あのクモは多分、毒グモだから、まれたら死んじゃうかもよ」


「それなら、リーネ達がやっつけておかないと、村の人たちが困るわよね?」

「リーネさんは勇者ですね。僕は、撤退したほうがいいと思いますけど……」


「ニータンとシロタンは、どう思う?」


「ニーレはオトナになりたーい!」

「シロもー!」


 つまり、2人ともクモ退治に賛成という事か。命懸けで大人になるくらいなら、子供のままでいいと思ってしまうのは、僕だけなのだろうか。


「ゲードリームさん、僕達だけで、あの大グモに勝てそうですか?」

「まあ、無理だろうな。ただし、俺様がいれば、話は別だ――」


 ゲードリームさんは、僕達にクモを退治する方法を教えてくれた。


「魔法で眠らせたクモのおなかを、リーネ達が一斉に剣で突き刺せばいいのね?」


「その通りだ。非力なお嬢ちゃん達でも、それなら何とかなるだろ」

「ぼくも手伝うから。4人で一斉に突き刺せば、きっと勝てるよ」


 みんな失敗を恐れていないようだ。本当に倒せるのだろうか。

 僕に出来ることは、いざという時に自分の命を守る方法を考える事だ。


「僕は、神様にお祈りでもしていればいいですかね?」

「そうね。リーネ達が勝てるように、しっかり応援してちょうだい」




 ゲードリームさんが催眠スリープの呪文を唱えると、巣の中心にいる大きなクモは動かなくなった。


「行くわよ! せーのっ!」

「えいっ!」


 ――ぶすっ! ぶす! ぶす! ぶす! ぷしゅー!


 リーネさんの合図で、3本の剣と1本の短剣ダガーが同時に大グモの腹に刺さる。

 4人が剣を抜くと、そこから体液が吹き出て来た。


「キャー!」

「汁が出てきたー!」

「チョーきもーい!」

「まずいよ、まだ生きてるよ!」


 どうやら、ダイスの目の合計が期待値を下回ったようで、倒せなかったらしい。

 大グモは目を覚まし、よろいを着ていないゲードリームさん目掛けて飛びかかった。


「マジかよ!」


 5人は行動済み。今動けるのは待機していた僕だけだ。

 僕はメイスを振り上げ、そのまま大グモの上に叩きつける。


 ――ぐしゃっ。


 右手には、クモをつぶした手応え。何とか倒すことが出来たようだ。


「ビデタン、すごーい!」

「ビデタン、カッコいい!」


 ミチノリだからノリタン。同様に、ダビデだからビデタン、という事か。

 洗浄機能付きトイレで見たような呼ばれ方になってしまったが、まあいいか。


「リーネの言った通りだったでしょ? いつも困った時に助けてくれるのよ」

「いえ、僕は自分が死にたくなかっただけですから」


「ダビデさんがいなかったら、ぼくたち死んでたよね?」

「今のはマジ、ビビった。助かったぜ。ちょっとションベンしてくらぁ」


 ゲードリームさんになり切っている大場おおばさんは、そう言い残してトイレに行ってしまった。まるで、大場さん自身が森の中へ立ちションしに行ったみたいだ。




 森を抜けて、目的地の墓場に到着すると、剣と盾を持った骸骨スケルトンが2体と、ゾンビが1体彷徨さまよっていた。


 リーネさんの作戦で、まずゾンビだけを誘い出し、反撃されないように一斉攻撃にて、これを撃破する。死体をそのままにしておくと復活してしまうらしいので、僕が油を掛けて火葬しておいた。


 残るは骸骨2体。

 ゾンビより弱いそうだが、剣と盾を持っているのが厄介である。


「兄ちゃん、頼んだぜ」 

「分かりました。やってみます」


 僕はメイスをリーネさんに預け、首から下げていた松茸まつたけのような形の聖印ホーリーシンボルを右手に持つ。


 そして、村の守護神であり、生命をつかさどる、マラーの神に祈りをささげる。


「――神よ、生けるしかばねはらたまえ。ザーメン」


 アンデッドモンスターを追い払う聖職者クレリック技能スキル「ターニングアンデッド」だ。

 祈りはマラーの神に届いたようで、骸骨2体は背を向けて遠ざかっていく。


「ニータン、シロタン、今がチャンスよ!」


「えいっ! えいっ!」

「あんまり、ダメージが入らなーい!」

「突き刺すより、叩いたほうがいいみたいだね」


 クロベエ君の言う通り、ニーレさんやヤシロさんの持つ剣は、骸骨にあまり効果が無いようだった。


「見てなさい! これがオトナの一撃よ!」


 ――ぐしゃ。


「俺様も手伝うぜ!」


 ――ぐしゃ。


 僕がリーネさんに渡したメイスや、ゲードリームさんの杖は、かなり効果があるようだった。


「はい。どうもありがとう」

「さすが勇者リーネさん、お見事です」


 リーネさんから、預けていたメイスを受け取る。


「クロタン、これで終わり?」

「うん。シロタンも頑張ったね。お疲れ様」


「おじちゃん、これで、ニーレも『ごほーび』もらえる?」

「そうだな。嬢ちゃん達は、よく頑張った」


 僕達4人は、助っ人2人の力を借りて試練を乗り越え、お互いにたたえ合った。




 墓場のすぐ隣には大きなお屋敷があり、ここが村長さんの家らしい。


「こんな所に住んでいるなんて、村長さんは変わり者なのね」

「ここが、第2の試練の場だ。敵はいないはずだから、玄関から中に入ってくれ」


 ゲードリームさんの案内で、僕達は一緒に屋敷の中にお邪魔する。


 玄関ホールの奥の扉には「新成人の皆さん、お疲れ様です。『ご休憩』はこちらでどうぞ」と書かれた木の板が下げられていた。


「休憩所があるみたいね。みんなも疲れたでしょ? ここで休みましょう」


「立会人のおじさん、ぼくも入っていいのかな?」

「もちろんだ。俺たち2人は『人数合わせ』だからな」


 休憩所の中は、ピンク色の魔法の光で照らされており、明るくて暖かかった。

 とても広い部屋に、ダブルベッドが3つ並び、6人で休めるようだ。


 戦士ファイターの3人が鎧を脱いでくつろいでいるので、僕も鎧を脱いで部屋の隅に置く。

 鎧を着て歩くと暑いので、4人とも鎧の下は薄着である。


「ぼくも脱いじゃおう」


 クロベエ君も皮の鎧を脱いでくつろぎ始めた。




 しばらくすると、部屋の天井から声が聞こえてきた。


「新成人の皆さん、庭の掃除を手伝ってくれてありがとう。お礼に、初めての素敵な思い出を作る場所を提供してあげる。皆さんは、もう立派なオトナだから、早速ここで子作りに励んでね。上手く出来たら、成人の試練は合格よ」


「クロベエ君、これは、どういう事なの?」


「このゲームの定番ネタ『セックスしないと出られない部屋』だよ。村長さん、つまり、ゲームマスターであるキウイ先輩が満足しないと出してもらえないって事」


 マスターの交合こうごう生初きうい先輩が、ニヤニヤと僕の顔を見ている。

 なるほど。これが「第2の試練」か。


「ゲードリームさん、20年前はどうやって出してもらったんですか?」


「あのときは、俺の親友と女1人の3人パーティーだったんだが、あいつら、俺を無視して2人でおっぱじめやがったんだ。思い出すと気が狂いそうだぜ」


「そんなに悲しい過去があったんですね……それは、ご愁傷さまです」


「兄ちゃんは、誰と一緒に寝たいんだ? ほら、早いもん勝ちだぜ」


 この5人のプレイヤーの中から、誰か1人と一緒に寝ていいと言われたら、僕は誰が相手でも大歓迎だが、キャラクターで選ぶとなると話は別だ。


「男女3人ずつですから、1人だけ余るということは無いと思いますけど、この村の皆さんは、成人式で初体験というのが普通なんですか?」


「そうみたいだよ。ところで、ダビデさんは、『おねショタ』と『おにショタ』なら、どっちが好き?」


 横島よこしまさんが、クロベエ君になりきったままで、僕に質問をしてきた。


「えーと、カップリングの話ですよね? 僕は男ですから、小さい男の子が年上のお姉さんにあこがれる気持ちはよく分かりますけど、おにショタは理解できません」


「……ですよね。なら、ぼくはリータンと同じベッドがいいな」


 横島さんは僕に少し残念そうな顔を見せた後、リーネさんを誘った。


「分かったわ。リーネはクロベエ君と一緒に寝ればいいのね」


 リーネさんは、あっさりと誘いを受け入れ、カップル成立だ。

 クロベエ君は未成年のはずだが、それでいいのだろうか。


「シロは、ニータンと一緒にねるー!」

「うん、ニーレはシロタンと一緒にねる」


 こちらも、すんなりとカップル成立……って、これはちょっとイヤな予感。


「ほらな。早いもん勝ちだっただろ? 相手が何人いようが熱意が足りてねえ奴は余るんだ。背が高かろうが、魔法が使えようが、そんなものは関係ねえんだ」


 実際に魔法が使える大きなお兄さんのセリフには、説得力があった。


「僕は、ゲードリームさんと一緒のベッド……という事ですか?」 

「なんだよ。そんなにイヤそうな顔するんじゃねえよ」


「ゲードリームさんは、僕と一緒でもイヤじゃないんですか?」

「嫌なわけねーじゃねーか。俺は最初から狙ってたんだ。悪く思うなよ」


「え? 狙ってたって……」


 ゲードリームさんは僕の両肩を押さえて、何やらぶつぶつと念仏のような言葉を発していた。


「……チャームパーソン!」


 それが魅了の呪文であることに気付いたのは、全てが終わった後の事だった。

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