第171話 小学生でも大人になれるらしい。

 5年生の教室に着いた僕達4人は、文芸部の副部長である交合こうごう先輩がゲームマスターを務めるテーブルに案内され、プレイヤーキャラクターの作成を始めた。


 少し離れた場所にある、もう1つのテーブルでは、文芸部部長の草津くさつ先輩がマスターの席に座り、6年生の先輩方がゲームを楽しんでいる。


 どちらのテーブルも、教室の机を人数分組み合わせただけのものだ。




「ニーレは戦士がいい!」


 ゲームマスターから、なりたい職種クラスを聞かれた小瀬こぜさんが、大きな声で答えた。


「シロも戦士やるー!」


 三輪みのわさんも元気よく、小瀬さんに追随する。


「そうね、1番活躍しそうよね。リーネも戦士にするわ」


 リーネさんも小学生の2人に合わせて、同じ職種を選んだようだ。


「3人とも戦士ファイターね。それもいいんじゃない。ダビデ君は、どう?」


「それじゃ、僕は聖職者クレリックにします」


 僕のキャラクターは、1学期に作成して文芸部に預けてあったものを再利用しており、あとは、職種とHPを決めるだけという状態だった。(第75話参照)


 聖職者を選んだ理由は、他に誰も選んでいなかったからだ。


 実は、今回の冒険には文芸部員の助っ人キャラが2人加わって、6人パーティーなのである。レベル1の初心者4人では、少々危険な冒険らしい。


「ぼく、キモいヤツは苦手だから、出たら追っ払ってね」


 僕の左隣で、既にキャラクターになりきっているのは、クラスメイトの横島よこしま黒江くろえさん。キャラクターは、クロベエ君という10歳の少年で、レベル3の盗賊シーフだ。


「俺は後衛だからな。しっかりと守ってくれよ」


 横島さんの正面に座る2年生の大場おおば迎夢げいむさんが、無理して低い声を出している。


 キャラクターは、ゲードリームさんという身長190センチの大男。

 33歳のお兄さんで、レベル3の魔法使いマジックユーザーだ。


 大男なので職種は戦士だと思っていたのだが、そうではなかったようだ。


 リーネさん達は、3人とも「キャラクター」=「プレイヤー」という感じで、名前も性別も年齢も自分自身と同じ設定にしたらしい。


 僕も似たようなものである。


 預けていたキャラクターシートのキャラクターネーム記入欄には「ダビデくん」と既に書き込まれており、自分で考えるのも面倒なので、そのままにしておいた。


「クラスが決まったら、次はヒットポイントね。戦士は1D8よ」


 マスターの交合先輩が8面ダイスを3つ取り出して、戦士の3人に手渡す。

 3人は一斉にダイスを振った。


「ニーレは7!」

「シロは5!」

「リーネは4だわ」


 ちなみに、大場さんのキャラであるゲードリームさんは、HP9。

 横島さんのクロベエ君は、HP10である。


 何となくだが、プレイヤーの見た目と一致しているような気がする。


聖職者クレリックは1D6よ」


 僕はマスターから受け取った普通のサイコロを振る。


 ――出た目は「1」だった。


「これって、ヒットポイントが1しかないって事ですか?」


「ダビデ君は体質能力値コンスティテューションが13あるから、プラス1していいのよ」

「HP2ですか」


 どちらにせよ、敵に殴られたら一撃で殺されてしまう数値だ。

 僕だったら、冒険には行かずに家に引きこもっている事だろう。


 しかし、その辺りはゲームマスターがちゃんと理由を考えてくれていた。

 今回の冒険は村の成人式で、今年の新成人4人の試練なのだそうだ。


「成人式? リーネは、まだ13歳よ」

「ニーレは、12歳になったばっかり!」

「シロは、もーすぐ12さーい!」

「僕は、15歳……という設定ですけど、いいんですか?」


 僕自身は先月16歳になったばかりだが、このキャラクターシートに年齢を記入したとき、僕はまだ15歳だった。


「いいのよ。この村では、女の子のほうが男の子より少し早くオトナになるから」


 マスターの説明によると、この村には戸籍が無いので、正確な年齢が不明な人も多く、成人式には、1年以内に初潮か精通を迎えた者が参加するらしい。


 リーネさんと僕はプレイヤー自身がこの条件に該当しているし、小瀬さんと三輪さんも、この説明を聞いて納得しているようなので、該当者なのかもしれない。


「ニーレは、もうオトナ!」

「シロも、おとなー!」


 成人の定義を変えてしまえば、小学生でもオトナになれるという事か。


「ぼくは、まだ白いおしっこが出ないんだー。早くオトナになりたいなー」


 助っ人キャラのクロベエ君は、僕達よりレベルは上でも、まだ10歳だ。


「あと2、3年もすれば出るだろうよ。俺なんて、童貞のまま魔法使いだぜ」


 ゲードリームさんは、成人してからずっと童貞を貫いていたら、30代になって魔法が使えるようになった(という設定)らしい。


「リータン、白いおしっこってなーに?」

「シロも知らなーい!」

「さっき、一緒に顕微鏡で見たじゃない」

「えーっ! あれって、ノリタンのおしっこだったの?」


「いや、出てくる場所が同じなだけで、どちらかというと、おしっこよりも、タンとか鼻水に近いですけどね」


 文芸部の皆さんはナチュラルに下ネタを交えてくるので、小学生の2人には少し分かりにくいかもしれない。


「ゴホン、装備はこちらね。新成人の皆さん、健闘を祈ります」


 無駄話はこれくらいで「新成人の試練」の準備を開始する。

 装備品は村からのレンタルなので、全てゲームマスターにお任せだ。


 新成人の試練は、村から少し離れた森の奥にある墓場で行われるらしい。


「そろそろ出発の時刻だ。俺は立会人だから、あまり期待するなよ」


 ゲードリームさんが、パーティーに出発を促す。

 成人の儀に1人だけ33歳は無理があると思ったが、そういう設定でしたか。


「分かってるわ。ニータンとリーネが先頭ね」

「はーい! リータンといっしょー!」


 パーティーの隊列は、前列がリーネさんとニーレさん。


「シロも戦うー!」

「ぼくは道案内ですけど、ちゃんと戦いますよー」


 中列が、ヤシロさんとクロベエ君。


「俺は、兄ちゃんと一緒か。よろしくな!」

「よろしくお願いします」


 後列が、ゲードリームさんと僕だ。


 前を歩く戦士の3人は、鉄の鎧プレートメールを着けて、片手剣と盾を装備している。

 晴れ着姿で祝ってもらう現代の成人式とは大違いだ。


 僕も鉄の鎧を着けて、右手にメイス、左手に盾。

 首には、アンデッドモンスターを退ける為の聖印ホーリーシンボルを下げている。


 盗賊のクロベエ君は皮の鎧レザーアーマーを着けて、右手にダガー、左手に皮の盾。

 魔法使いのゲードリームさんは、よろいは着けておらず、大きな杖を装備している。


 それ以外の冒険に必要な小物は、背中のリュックの中だ。


「しばらく一本道だから、迷う事はないと思うよ」

「分かったわ。このまま道に沿って歩けばいいのね」


 クロベエ君のガイドに従って、薄暗い森の中を歩く。

 パーティーリーダーはリーネさんだ。


 静かな森の中に、ガチャガチャと鎧の音が響いているので、もし敵がいたらすぐに発見されそうである。


「この森って、どんなモンスターが出るんですか?」

「そーだなー、ヘビとかクモとかだな」


 ゲードリームさんは、20年くらい前に、この試練を受けている(という設定)らしいので、この森の事もよく知っているようだ。


「えーっ! ニーレ、どっちもきらーい!」

「シロもきらーい!」

「ぼくも苦手だなー」

「出たら、みんなでやっつけちゃえばいいのよ!」


 ヘビやクモが好きな人は、あまりいないと思うが、リーネさんは、意外と好戦的なようだ。


「墓場まで行くと、ガイコツやゾンビも出るぜ!」


「今回の目的地は、その墓場ですよね?」

「おうよ。墓場の掃除が最初の試練だ」


「ガイコツやゾンビを全部倒せばいいのね?」

「誰か1人でも死んだら、全員ゲームオーバーだから、気を付けてね」

「戦士が戦死したら、シャレになんねえからな!」


 弱者が見捨てられたりしない、優しいルールらしい。

 みんなの足を引っ張らないように注意しないと。


「倒した後は、帰るだけですか? お祝いとかもらえるんですか?」


「墓場の隣に村長の屋敷があって、そこが第2の試練だ。ご祝儀がもらえるかどうかは、兄ちゃんの熱意次第だ。俺は20年前にもらいそびれたけどな」


 熱意次第とは、どういう意味なのだろうか。

 成人式のご祝儀とは、いったい何だろうか。

 謎は深まるばかりだ。

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