第154話 大浴場が貸し切りになるらしい。

 朝食後の座談会を終え、4人で101号室へ戻る。

 甘栗祭は午後3時からなので、それまでは自由時間である。


 天ノ川さんとネネコさんは、明日からの中間試験に備えて2人で試験勉強。


 ポロリちゃんは、パジャマから部屋着に着替えると、甘栗祭の準備の為に再び食堂へ行ってしまった。


 同じ部屋に自分のカノジョがいるという状況は、なかなか落ち着かない気分で、ネネコさんと今まで普通に顔を合わせていたのが、逆に不思議な感じだ。


 僕が意識し過ぎているだけという事は理解しているのに、まるで異世界に転生でもしてしまったかのように、自分がいる世界が変わったような気がする。


 ネネコさんが「付き合ってみないと分かんなくね?」と言っていた通り、たしかにこの感覚は、昨日までは味わえなかった初めての感覚である。


 僕もネネコさんの隣で一緒に試験勉強をしようかとも思ったのだが、ドキドキして何も頭に入らなそうなので、制服に着替えて部室へ行くことにした。


 今までと同じように、脱衣所に干してある洗濯物を眺めながら着替えていても、気になるのは天ノ川さんの帽子のようなブラではなく、ネコの絵がプリントされたカノジョのパンツだった。


 もともと周りから付き合っていると思われるくらいに仲が良く、告白されたからといって何かが変わるわけでもないはずなのに、僕自身は、どこかが少し壊れてしまったようだ。






 誰もいない部室に入り、1人で発注作業を開始する。

 リーネさん達も、おそらく甘栗祭の準備に参加しているのだろう。


 僕も準備には参加したかったのだが、右手が使えないのでポロリちゃんから戦力外通告されてしまった。


 売店の発注作業なら左手だけでも問題はなく、暇をつぶすには丁度いい。


 発注の際に参照するPOSデータによると、最近の売れ筋商品はグリーティングカードで、僕が怪我をしたときに沢山売れており、先週から今週にかけても、かなりの数が売れていた。


 とても嬉しい事なのに、少し申し訳ない気持ちである。




「おはようございまーす!」


 しばらくすると、部室のドアが開いて、カンナさんが元気よく入ってきた。


 制服姿のカンナさんが手に持っているのは、僕がカンナさんの誕生日にプレゼントしてあげた黄色いポーチだ。


「カンナさん、おはようございます」

「ちょっと待っててね。今、これ書いちゃうからねっ」


 カンナさんは、黄色いポーチからグリーティングカードと筆記用具を取り出し、カラーペンでメッセージを書き始めた。


「――はいっ、お待たせ。ダビデ先輩、お誕生日おめでとう!」


 手渡されたカードには、可愛らしい字で「使用許可証」と大きく書いてあった。

 その下には小さな文字で、こんなメッセージも書かれている。


『ダビデ先輩、16歳のお誕生日おめでとう。このカードをお持ちの方は、いつでも私の胸をマッサージする事ができます。優しくマッサージして、育ててやって下さい。なお、この許可証の使用期限は令和4年6月23日です。搦手からめて環奈かんなより』


 なるほど、これはお互いが得をする素晴らしいプレゼントである。

 しかも、プレゼントの原価はカード代のみで、とても安上がりだ。


「ほら、今なら誰もいないよ。誰かに見つかったら自己責任だけど」

「あの……非常にありがたいプレゼントですけど、僕、カノジョいますよ?」


「1年生の蟻塚さんだよね? それは前から知ってるけど、部活の後輩に頼まれて服の上から胸をマッサージするだけなら、浮気にはならないでしょ?」


「やましい気持ちには、なりそうですけど……」


「それに、私で練習しておけば、カノジョの胸を上手に揉めるでしょ?」

「まあ、それはそうかもしれませんね」


「そうと決まれば、今からマッサージだよね?」

「でも、前回と違って外も明るいですし、誰か来るかもしれませんよ」 

「いいから、いいから。防犯カメラもあるし」


 カンナさんは前回同様、僕のひざの上に深く腰を下ろし、僕の左手をつかんで、セーラー服の下から自分の左胸の上に乗せた。 (第92話参照)


 ブラの上からではあるが、この感触はホンモノでありスポンジではない。

 どうやら今回はパッドが入っていないようだ。


「これは驚きました。夏の間に、だいぶ成長したみたいですね」

「でしょ? 天ノ川先輩には無理でも、サラちゃんには追いつけそうじゃない?」


「それは、まだまだ先じゃないですか? 柔肌やわはださんは80センチありますよ」


 ちなみに、天ノ川さんのトップバストは95センチだ。


「うそ! なんで、ダビデ先輩がそんな事知ってるの?」

「身体測定で、僕は柔肌さんの次でしたから」 (第18話参照)

「あー、そっか。音楽室でも先輩とサラちゃんって席が隣同士だったね」


 おしゃべりしながらカンナさんの胸を優しくマッサージしてあげていると、防犯カメラに見知ったメガネの先輩が映った。


「はい。升田ますだ先輩が来ましたので、ここまでです」

「えーっ! チー先輩のバカッ!」


 カンナさんが、慌てて僕の膝から下りると、すぐに部室のドアが開いた。


「おやおや、カンナちゃんは、お取込み中だったかい。邪魔してすまないねえ」


 升田先輩はカンナさんに謝罪しながら、僕の顔にメガネを掛けてくれた。

 レンズには度が入っていないようで、見え方は変わらない。


「私からダビデさんへの誕生日プレゼントだ。どうだい? 似合うだろう?」

「きゃー! ダビデ先輩、メガネ超似合う!」


 カンナさんは僕の顔を見て狂喜している。


「そんなに似合います?」

「うむ。甘栗祭には是非、その伊達メガネを掛けて参加してくれたまえ」


「ありがとうございます。そうさせていただきます」

「それでは、ごきげんよう」


 升田先輩は僕にメガネをくれるだけの為に、わざわざ来てくれたらしい。


 誕生日プレゼントにメガネをくれるなんて、思いもよらなかったし、カンナさんのこの反応も結構嬉しかった。


 その後、部長の下高したたか先輩がいらっしゃって、文庫本をプレゼントしてくれた。


 この本は、今は亡き「麻雀の神様」と呼ばれる人が書いた指南書だそうで、麻雀を打つ時の心構えや教訓が記されている本らしい。


 続いて、副部長の足利あしかが先輩も、僕に本をプレゼントしてくれた。

 こちらは、店の経営者になる人の為の入門書で、売店の運営に役立つそうだ。






「甘栗祭が始まる前に、カンナさんを含めて、もう8人からプレゼントを頂いてしまったんですけど、こんなに頂いてしまっていいんですかね?」


「実はね、ダビデ先輩にナイショで、みんなには、こんな紙が配られてたんだよ」


 カンナさんは、黄色いポーチの中から「甘栗祭実行委員からのお願い」と書かれた1枚の紙を見せてくれた。本文はこんな感じだ。


『10月11日の午後3時から開催される甘栗祭では、ダビデさんへのプレゼントが殺到する事が予想されます。恐れ入りますが、日ごろからダビデさんと交際のある方は甘栗祭の時間帯を避けて、早めにお渡しして下さい。


 ダビデさんは右腕が不自由で、一度に沢山の荷物を運べませんので、ご理解とご協力をお願い致します。


 プレゼントの内容につきましては、他の生徒と被らないよう周りと相談するか、各自工夫してオンリーワンのものを差し上げて下さい。なお、男性は花束をもらっても嬉しくないそうですので、校庭の花壇から花を摘むような事はお止め下さい。


 最後にもう1つお願いがあります。妹さんの話によりますと、ダビデさんは、恥ずかしがり屋さんなので、まだ大浴場を利用した事が1度もないそうです。


 せっかくのお誕生日ですので、ダビデさんが大浴場に入りやすいように、当日の午後5時30分から午後6時30分までの1時間はアマアマ部屋の貸し切りとさせて頂きたいと思います。こちらも、ご理解とご協力をお願い致します。


                       甘栗祭実行委員  百川ももかわ葱鮪ねぎま


 僕の知らないうちに、ここまで「根回し」してくれていたという事か……。


「えっ! ダビデ先輩、なんで泣いちゃうの?」 


 僕は嬉しさのあまり、涙がこぼれて止まらなかった。

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