第153話 本当に付き合ってくれるらしい。

 天ノ川さんにお礼を言って、洗面所から部屋に戻る。

 もう朝食の時間だが、その前にネネコさんを起こしてあげるのが僕の日課だ。


 手前側の2段ベッドの梯子はしごを途中まで上り、さくの中をのぞき込むと、今日も気持ちよさそうにネネコさんが眠っている。


 かわいい寝顔は、まるで猫のようで、見ているだけで僕の心はいやされる。

 時間があるならば、ずっと眺めていたいくらいである。


 ネネコさんの名前は、漢字で書くと子猫さんだ。

「名は体を表す」というのは、もしかしたら本当の事なのかもしれない。


「ネーちゃん、朝だぞー」


 これはネネコさんを起こすための呪文じゅもんで、小声でも有効だ。


 他の掛け声では、なぜか大声でもほとんど効果が無く、ほっぺたを指で突っ突いて起こそうとすると、ネコパンチで反撃されるので非常に危険である。


「ん? もう朝か。顔を洗ってくるよ」


 アマアマ部屋の眠り猫は、今日も無事に目覚めたようだ。






 ネネコさんの身支度が終わると、天ノ川さんと一緒に3人で食堂へ向かい、ポロリちゃんと合流する。これも今日に限らず、いつもの事である。


「ネコちゃん、おはよう!」

「おはよ。ロリはいつも元気だね」


「ミユキ先輩、おはようございます!」

「ふふふ、おはようございます。お仕事、お疲れ様です」


「お兄ちゃん、おはよう! あっ、おヒゲが無くなってる!」


 ポロリちゃんは、僕の顔を見た瞬間に気付いてくれたようで、あごを指差された。

 下から見上げると、よく見える場所だったという事か。


「おはよう。よく分かったね。僕は自分でも気付いていなかったのに」

「えへへ、この辺りにね、2本だけ生えていたの」


 嬉しそうに指で顎をでられる。ちょっとくすぐったい。


「天ノ川さんにってもらったんだよ。カミソリもプレゼントしてもらって」

「あのね、ポロリも最初はミユキ先輩に剃ってもらったの」


 ポロリちゃんも、天ノ川さんに剃り方を教わったらしい。


「そうだったんだ」


 ポロリちゃんには、ヒゲは生えないと思うのだが……。

 どこの毛を剃ってもらったのかは、聞かないでおこう。


「あれ? 1つだけ大きな茶碗があるじゃん。どうしたの、これ?」

「ふふふ……、そんなの決まっているじゃないですか」

「これはね、ポロリからお兄ちゃんへのお誕生日プレゼントなの」


「ありがとう。ここで使わせてもらっていいのかな?」

「うんっ! 料理部の先輩方には伝えてあるから、今日から使ってほしいの」


 ポロリちゃんからの誕生日プレゼントは、大きめの茶碗と長めのはしだった。

 これからは、食堂でこの茶碗と箸を使っていいらしい。


 早速ポロリちゃんが、新しい茶碗にご飯をよそってくれた。


 まだ右手が使えない僕は、今日もポロリちゃんとネネコさんに食事の介助をしてもらっているので、お箸を使わせてもらうのは、しばらく後になりそうだ。






「ネコちゃんは、お兄ちゃんに何をプレゼントしてあげるの?」

「それがさあ、ボク、おこづかいが少ないから、お金ないんだよね」


 食事が終わり、恒例の座談会。

 本日の話題は僕への誕生日プレゼントらしい。


「ネネコさん! そういう事は当日ではなく、前もって姉に相談するものです! 自分のカレシの誕生日プレゼントを用意できないだなんて、言語道断です!」


「う~ん……やっぱ、お金が無いなら体を使うしかないか~」


「まあまあ、天ノ川さん落ち着いて下さい。ネネコさんも気にしなくていいから」


 僕は売店や食堂の手伝いをしてポイントを稼いでいるので、資金に余裕があり、ネネコさんに靴をプレゼントできたが、お返しを期待していたわけではない。


「そもそも、ボクってホントにミチノリ先輩のカノジョなの? 周りが騒ぎすぎなだけじゃね?」


「そんなこと、言っちゃダメだよぉ! お兄ちゃんがかわいそうだよぉ!」


「ネネコさんは、お盆にお父様から交際の許可を頂いたのではなかったのですか? お土産に避妊具まで受け取っておいて、その言い方はあんまりだと思いますよ」


「ボクはミチノリ先輩に告白した覚えも無いし、された覚えもないんだけど……」


「でも、ネコちゃんとお兄ちゃんは仲良しだし、ずっと両想いでしょう?」

「『仲良し』どころか、『チュー』すら、1度もしたことないし……」


「甘井さん! これはいったいどういう事ですか?」

「どういう事って……ネネコさんの言う通りなんですけど……」


 僕とネネコさんは仲のいい友達で、僕にとってネネコさんは大切な人ではある。

 しかし、その関係は春から変わっておらず、僕はネネコさんのカレシではない。


「私は、甘井さんが交際を否定しないから、2人が順調にお付き合い出来ていると思っていたのです! 私のかわいい妹を悲しませるようでしたら、それが甘井さんであっても考えを改めなくてはなりません!」


 だましたつもりは全くないのだが、天ノ川さんは、かなり怒っているようだ。


「ごめんなさい。天ノ川さんが温かく見守ってくれている事には感謝しています。僕が否定しなかったのは、周りからそう思われる事がイヤじゃなかったからです」


「ミチノリ先輩は、ボクと付き合いたいの?」


「『付き合う』という言葉の定義が僕にはよく分からないんだけど、ネネコさんと僕が付き合うと、今までとどう変わるの?」


「さあね。そんなの付き合ってみないと分かんなくね?」


 異性と付き合うという事が、ネネコさんにも、よく分かっていないらしい。


「高校生と中学生でも許されるのかな?」


「たった3歳差じゃん。先輩方はもっと年上の人と付き合ってるんでしょ?」


 たった3歳差か。

 言われてみれば、ハテナさんのカレシも僕と同い年だったはずだ。

 僕の両親も父が母より3つ年上だ。付き合うには丁度いいのかもしれない。


「ネネコさんは、僕と付き合いたい……とか思ったりするの?」


「みんなが応援してくれるんなら、そのほうがよくね? お姉さまも、そのほうが納得してくれるんでしょ?」


「天ノ川さんは、どう思いますか? お姉さまとしては、ネネコさんと僕は、付き合ったほうがいいんですか?」


「そうですね……『結婚を前提としたお付き合いをしたい』というのならば、考え直したほうがいいと思いますが、『今のうちに経験を積んでおきたい』という事でしたら、反対する理由は1つもありません」


「ミチノリ先輩はシュフを目指してるんだもんね。ボクも、ケッコンまでは考えてないから、お姉さまも賛成って事じゃん!」


「ポロリちゃんはどう思う? 僕とネネコさんは付き合うべきかな?」


「うんっ! お兄ちゃんとネコちゃんは、この寮に来た日からずっと仲良しだし、とってもお似合いだと思うの」


 ポロリちゃんは即答だった。

 だが、言いたいことには、まだ続きがあるようだ。


「……でもね、2人がお付き合いしても、ポロリはずっとお兄ちゃんの妹で、ネコちゃんのお友達だから、今まで通りポロリとも仲良くしてね」


「ふふふ……どうやら、お誕生日プレゼントは決まったようですね」


「うん。プレゼントは『ボク』って事で、今日からボクがミチノリ先輩のカノジョになってあげるからさ、ミチノリ先輩はボクのカレシって事で、いいよね?」


「えっ! 本当に僕なんかが、ネネコさんのカレシでいいの?」


「ここにオトコはミチノリ先輩1人しかいないし、ほかに選びようがないじゃん」

「でも、来年になったら、イケメンが入学してくるかもしれないよ」


「ミチノリ先輩はロリコンだから、本当は来年の新入生が楽しみなんでしょ?」

「さっきは『たった3歳差じゃん』とか言ってなかったっけ? まあいいか」


「それならさ、期間を決めておこうよ。来年の3月いっぱいって事で」

「付き合うのは、期間限定なんだ」


「5年生になったら、ミチノリ先輩も就職活動するんでしょ? そのときカノジョがいたらダメなんじゃね?」


「そこまで考えてくれてるんだ。ありがとう」


「じゃあ、今から告白してあげるから、ゼッタイ断らないでね」

「了解」


「ミチノリ先輩、お誕生日おめでとう。今日から、ボクと付き合って下さい」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして、僕は今日から来年の春まで、ネネコさんと付き合う事になった。

 16歳の誕生日に、朝から埋蔵金を掘り当てたくらいの喜びだ。


 ネネコさんと僕は、4月に生娘寮に来て、たまたま同じ部屋で最初に会ったというだけの理由で意気投合し、ここまで仲良くなれたのだ。


『やっと来たか~、おそいよ~』


 今思えば、あれが「運命の出会い」だったのかもしれない。

 ネネコさんは、あの時からかわいかったが、今のほうがずっとかわいい。


 これからの寮生活も、さらに楽しくなりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る