第155話 スペードのキングだったらしい。

「ミチノリ先輩、そのメガネはどうしたの?」


 甘栗祭の始まる前にメガネを掛けてみると、すぐにネネコさんから質問された。


「ああ、これね。升田ますだ先輩がプレゼントしてくれたんだけど、どうかな?」

「結構似合ってるじゃん。なんかアタマよさそうに見えるし」

「あはは、どうもありがとう」


 もしかして、普段の僕の顔はバカっぽく見えるという事なのだろうか。

 まあ、何にせよネネコさんが褒めてくれたのなら良しとしよう。


「ポロリはね、とってもカッコイイと思うの」

「はい。さすがロリちゃんのお兄さまです」

「リーネも、そのメガネは素敵だと思うわ」

「ふふふ、私も良く似合っていると思いますよ」


「そうですか、それなら良かった」


 ネネコさんに続き、ポロリちゃん、大間おおまさん、リーネさん、そして天ノ川さん。

 それに、部室ではカンナさんも喜んでくれていた。


 升田先輩から頂いたファッションメガネの評判は上々だ。




只今ただいまより、第1回『甘栗祭』を開催します!」


 マイクを持つヨシノさんの合図と共に、テーブルの上には次々と栗の載った黄色いケーキが運ばれ、食堂は黄色い大歓声に包まれた。


 会場にはハロウィンのような飾り付けがされており、生娘寮の収穫祭のような行事となっているようだ。よく見るカボチャの頭が、ここでは栗になっている。


「それでは、実行委員のネギマ先輩、どうぞ!」


「はい、『甘栗祭』実行委員の百川ネギマです。

 皆様お集まり頂き、ありがとうございます。


 今日は学園の人気者である『ダビデさん』こと甘井ミチノリさんのお誕生日で、明日は『クリちゃん』こと栗林くりばやしマロンさんのお誕生日という事で、お二人から1文字ずつ頂いて、収穫祭の名称を『甘栗祭』とさせて頂きました。


 しかもケーキに載っている栗は全て、このお二人と栗林さんの妹である熊谷くまがいさんとの3人で収穫してもらったもので、ケーキは甘井さんの妹である鬼灯ほおずきさんが中心となって、私達料理部員と有志一同が作ったものです。


 甘井さんが拾って下さった栗で作ったケーキなので、とっても甘いですから、温かい紅茶を飲みながら、ごゆっくりお召し上がり下さい」


 ネギマ先輩の挨拶あいさつが終わると、場内に大きな拍手がき起こる。

 お嬢様方は、本当に甘いものには目が無いようだ。


「それでは、いただきましょう」

「いただきまーす!」


 配膳はいぜん係の人達が席に戻った事を確認し、お嬢様方が一斉にケーキを食べ始める。


 僕達のテーブルはいつもと同じ場所で、僕は天ノ川さんとネネコさんの間の、普段は椅子いすを置いていない位置に座っている。いわゆる「お誕生日席」だ。


 僕が普段座っている席にはリーネさんが座り、正面には大間さんが座っていて、ポロリちゃんとリーネさんに挟まれた大間さんは、いつも以上に大きく見える。


 リーネさんと大間さんが同席しているのは、ポロリちゃんが誘ってくれたからであり、この2人は僕にとっても親しいと思える1年生達だ。


 ポロリちゃんと相性がいい人は、きっと僕とも相性がいいのだろう。


 周りのテーブルも特に座る席は指定されていないので、それぞれ親しい人同士が適当に集まって座っている。


 中にはケーキの皿を持ったまま、あちこちに移動しているお嬢様方もいるようであるが、立食パーティーという訳ではない。


 配られたケーキは「モンブラン」と呼ばれるもので、とても甘く、無糖の紅茶を飲みながら一緒に食べると、かなり美味しく感じられた。


 ケーキのサイズはそれほど大きくなく、その代わりに1人あたり5つずつ配られている。僕達が拾った栗の数だけ作ってくれたらしいが、作るのは相当大変だっただろう。紅茶はもちろんお替わり自由である。




「ダビデ君、今、ちょっといい?」


 ケーキを2つほど食べ終わったところで、クラスメイトの花戸はなどさんから声を掛けられた。


「はい。いいですよ」


 花戸さんは布で作られた手提げ袋を持っていて、妹の中吉なかよしさんも一緒だった。


「これが私達からのプレゼントだよ。お誕生日おめでとう!」


 プレゼントが中に入っている訳ではなく、この手提げ袋がプレゼントらしい。


 手提げ袋は、普段僕が使っているクリアケースが丁度納まる位の大きさで、表面にはトランプの絵――スペードのキング――が刺繍ししゅうされていた。


「これはすごいですね。全部手作りなんですか?」


「そうだよ。ブーちゃんやハヤリちゃんにも少し手伝ってもらったけど、リボンがバッグを作って、それに私が刺繍したの」


 中吉さんがバッグ本体担当で、花戸さんが装飾担当という訳か。


「チューキチのくせに、なかなかやるじゃん」

「ネコよりは器用だからね」


 売り物でもおかしくない出来のバッグに、ネネコさんも驚いているようだ。


「ありがとうございます。さすが手芸部員ですね」

「ネコのカレシは、これが誰だか分かる?」


 中吉さんは、バッグに刺繍されたヒゲの長い王様を指差した。


「スペードのキングですよね?」

「そう。スペードのキングだけど、この人が誰だか知ってる?」


 スペードのキングである事はトランプのマークを見れば誰でも分かるが、花戸さんからの質問は、このスペードのキングがどのような人物であるかだ。


「いえ……この王様って名前とか、あるんですか?」


「ほら、ネコのカレシも知らないでしょ? 普通知らないよね?」

「えーっ! ダビデ君なら知ってると思ったのにー!」


 中吉さんは知らなくて当然だと思ってくれているようだが、花戸さんは、僕なら知っていると思っていたようだ。花戸さんの期待を裏切ってしまい、申し訳ない。


「すみません、勉強不足で。正解を教えてもらってもいいですか?」

「陛下! 前に私が教えてあげたでしょう? 古代イスラエルの王様だって……」


 ヒントをくれたのは花戸さんではなく、隣で話を聞いていた大石おおいしさんだった。


「という事は、もしかしてこの王様は……」

「そう。この王様がダビデ王だよ」


 ――おおー! あの包茎ダビデさんとは似ても似つかない姿であるが、王様の中で1番強いスペードのキングが、あの包茎ダビデさんだったのか。これは感動モノだ。


 花戸さんは、僕がみんなからダビデ君と呼ばれているから、このデザインにしてくれたという事か。


「そうだったんですか。今知って感動しました。それでスペードのキングだったんですね。素敵なプレゼントを、ありがとうございます」


 僕は花戸さんと中吉さんに頭を下げた。


「よかったー、喜んでもらえて」


 僕が喜ぶ顔を見て、花戸さんも喜んでくれた。

 このバッグなら肩にも掛けられそうだし、サイズ的にも便利そうだ。


「はい、陛下。私からはこれね」


 大石さんからのプレゼントは、1冊のノート。


 その内容は授業の要点をまとめてくれたもので、僕が右手を怪我けがしたときからの全教科分だった。しかも、大石さんの書いた字は活字のように綺麗きれいで読みやすい。


「えっ! コピーじゃなくて、全部手書きなんですか?」

「試験の範囲を全部書き写したから。私の勉強にもなったし、一石二鳥でしょ?」


「ありがとうございます。これをよく読んで、明日以降に備えたいと思います」

「怪我したからダメだった、なんて言い訳は通用しないんだからね!」


 さすが大石さん。敵に塩を送りまくりだ。




 続いてやってきたのは、美術部員の脇谷わきたにさん。

 手には筒のように巻いた状態の画用紙を持っている。


「ダビデ君、お誕生日おめでとう。私の描いた、とっておきの絵をプレゼントしてあげるから、部屋に戻ったらこっそり見て。ここでは開けないようにね」


「ありがとうございます。後でゆっくり鑑賞させてもらいます」


 脇谷さんは絵がとても上手なので非常に楽しみだ。




 その後も、次々とプレゼントを頂き、テーブルの上はプレゼントで一杯になってしまった。尾中さんが代表で届けてくれた2年生全員からのメッセージの他に、普段あまり会話の無い人達からもグリーティングカードを頂いてしまい、あとでお返しをするのも大変なくらいだ。




「お兄ちゃん、そろそろお風呂の時間だよ」


「ふふふ……甘井さん、今日は私たちが大浴場へご案内しますから、広いお風呂でゆっくりとくつろいでくださいね」 


「アマアマ部屋の貸し切りって聞きましたけど、僕一人の為に申し訳ないです」

「ボクがミチノリ先輩の体を洗ってあげるからさ、それもプレゼントね」


 甘栗祭はまだ続いているが、僕は30分早く切り上げて大浴場に入れてもらえることになった。案内役として3人が一緒に来てくれるのは申し訳ない気もするが、初めての大浴場なのでとても楽しみだ。


 食堂から部屋に戻る際には、3人がプレゼントを運ぶのを手伝ってくれた。


 そして、同席していた大間さんとリーネさんからもプレゼントがあり、大間さんからは、夏を越してサイズが合わなくなってしまった私服一式を頂いた。


 服は全て男女兼用のもので、大間さんは身長の伸びは止まっているが、胸とお尻が成長してしまい、春に着ていた服がほとんど着られなくなってしまったそうだ。


 男子高校生の僕が女子中学生からお下がりをもらうというのも変な話だが、体操着に関しては全く問題が無かったので、私服でもサイズ的には問題ないだろう。


 大間さんは、僕がスウェット以外の私服を持っていない事をポロリちゃんから聞いていたそうで、ハテナさんからのプレゼントとは違い、やましい要素は一切含まれていない。これはただのリサイクルなので、倫理的にも問題はないはずだ。


 リーネさんからのプレゼントは、大間さんからのプレゼントを補うもので、お下がりの私服一式に含まれていない新品の靴下らしい。


 大間さんがプレゼントしてくれた私服に合わせてのコーディネートで、冬場でも寒くないように厚手の物を何足か選んでくれたそうだ。

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