第148話 生娘寮には乙女座が多いらしい。

 シャキ、シャキ、シャキ、シャキ……。


 上佐うわさ先輩は、会話をしながら僕の髪を切り続けている。

 今聞いた話は、他では聞くことができない貴重な体験談だった。


「ありがとうございます。参考になりました。僕には、とてもマネできそうにないですけど」


 土下座して性交なかよしさせてもらうというのは、オトコとしてどうかとは思うが、そのくらいの覚悟で僕自身が強く望まない限り、僕はずっと童貞のままなのだろう。


「ダビデ君なら、土下座なんかしなくても、そのうち何とかなるでしょ」

「それは、どうでしょう。僕は今の寮の雰囲気が、とても好きですから」

「まあ、現状維持のほうが、他の後輩達からは、モテるかもしれないね」


 僕が最近、欲求不満気味なのは両手が使えないからであり、また自分で処理できるようになれば「賢者モード」を維持できるはずだ。


「ところで、だいぶ遅れてしまいましたけど、お誕生日おめでとうございます」

「あははっ、ありがと。ハヤリから聞いたんだ?」


「はい。9月16日が2人のお誕生日だと教えてもらいました。姉妹で同じ誕生日だなんて、素敵ですね」


「そうかなあ? この寮は生娘寮だからか、特に乙女おとめ座の子が多いんだよ。5年生だけでも、私の他にチカとユウナとキウイも乙女座だよ」


 上佐先輩のほかに、乙入おといり先輩と影口かげぐち先輩と交合こうごう先輩が乙女座らしい。


「18人中4人も、ですか。たしかに多いですね」


 9分の2だから、乙女座の占める割合が約22%か。星座は12あるので、単純に考えれば約8%となるはずだから、期待値の倍以上だ。


「どの学年にも必ず3人以上は乙女座の子がいるし、去年の春に卒業した私の姉も9月17日生まれで、お誕生日は私と1日しか違わなかったんだよ」


「そんな事って、あるんですね」


「まあ、種明かしをすれば、多分仕込みの時期が同じなんだろうけど」

「仕込み……ですか?」

「野菜だって、同じ日に種をけば、同じ時期に収穫できるでしょ?」


 園芸の授業では、「野菜の種を蒔くときは、その野菜を収穫したい日を決め、その日から逆算して種を蒔く日を決める」と教わった。


 同じ日に種を蒔いた野菜は、同じ時期に収穫が可能である。


「同じ時期に生まれた人が多いという事は……」


「そう。同じ日に種を蒔かれたって事。野菜に季節が関係するように、ヒトの場合は、女性が男性から種をもらいやすい日っていうのがあるんだよ」


 どうやら子供を作るのに最適な日があるという事らしい。

「仲良し」に最適な日といえば、僕が知る中では、あの日しかないだろう。


「……もしかして、クリスマスですか?」


「正解。『聖なる夜』は『性成る夜』でもあるからね。うちの両親はクリスマスにデートして、私が出来たから結婚したんだって」


「授かり婚ですね。やっぱり、素敵じゃないですか」


 クリスマスに「仲良し」すると、乙女座の子が生まれるのか。

 まさに種明かしだ。


「そうかなあ? 当時は『出来ちゃった婚』って言われていて、妊娠してから慌てて結婚するのは、かなり恥ずかしい事だったらしいよ」


「今はそんな事ないですって」


 避妊していない時点で妊娠は覚悟の上なのだろうし、相手を妊娠させてしまったら結婚して責任を取るというのは、オトコとしては当然の事だと思う。


 もちろん、今の僕には金銭的にも年齢的にも無理な話だが。


「ダビデ君は、来週お誕生日だから、天秤てんびん座だね」

「はい。僕は10月11日生まれの天秤座です」


 上佐先輩に僕の誕生日を伝えた覚えはないが、杉田すぎたさんもすでに知っていたし、もう出回っている情報なのだろう。この寮では情報の伝達が、あっという間だ。


「食堂で寮のみんなが参加できるような、大規模なパーティーをやるらしいね」

「そうなんですか? 詳しい話は、僕も聞いていないんですけど」


「ダビデ君のお誕生日パーティーなら、みんなが喜んで協力するから、きっと、寮のお祭りみたいになると思うよ」


「それは楽しみですね」


 予算が心配な気もするが、主催者がポロリちゃんなら無謀な事はしないだろう。


「それじゃ、ハヤリと交代するね。――おーい、ハヤリ! アンタの出番!」

「はーい!」


 上佐先輩に呼ばれて、部屋で待機していた杉田さんが風呂場に入ってきた。


 ここからは、黙々とハサミを動かす杉田さんの仕事で、仕上げが終わるまでは、いつも無言である。




「できましたー! どうですか?」


 杉田さんは今回も自信満々に感想を聞いてきた。 


「今日は刈り上げじゃないんですね」


 前回までは、後頭部の髪をかなり短く刈り上げてくれていたが、今回は後ろ髪がだいぶ残っている。


「ここ、冬場はすっごく寒いんですよ。短いと風邪かぜを引いちゃいますから」

「そんなに寒いんですか? 僕、結構寒がりなので、ちょっと心配です」

「冬場は大変ですよー。12月から3月まで、ずっと雪が積もったままですから」

「それなら、髪も長めの方が良さそうですね。どうもありがとうございます」

「どういたしまして。――お姉ちゃ~ん、仕上げ終わりましたぁ!」


「どれどれ、おお、さすがハヤリ。ダビデ君、さらにイケメンになったね。じゃ、またハヤリと交代するね」


「ダビデ先輩、またねー」


 上佐先輩が戻り、杉田さんと場所を交代した。


「では、最後に髪を洗うから、こちらへどうぞ」


 上佐先輩の指示に従って、浴室内の小さな椅子に、浴槽を向いて座る。


「お願いします」


 初めに杉田さんに洗ってもらった時と同じ体勢で、再び髪を洗ってもらう。

 細かい髪の毛が沢山落ちるのが見えるのと同時に、背中には柔らかな感触。


 杉田さんより大きめなだけでなく、サービスでわざと押し付けてくれているような気がする。僕にとっては、最高のひと時である。


「あれ? 無反応か。さすが、カノジョが出来ると違うねえ」

「やっぱり『わざと』でしたか。ネネコさんは、そんな事、しませんって」

「あははっ、そうなんだ。私の従弟カレシは、これで大喜びしてくれるけどね」

「もちろん、僕も大喜びですから、是非続けて下さい」


 上佐先輩は僕の髪を洗いながら、押し当てていた胸を離す。


「えーっ? 私じゃなくてカノジョちゃんにやってもらいなよー」

「それは無理ですって。人には得意分野と、そうでない分野がありますから」

「まだ1年生なんだから、んであげれば、きっと大きくなるよ」

「そうかもしれませんけど、どうやって揉ませてもらうんですか?」 

「普通に『揉ませて』ってお願いすれば、いいんじゃないの?」

「それって、ただの変態じゃないですか」

「そんな事ないよ。嫌われていなければ、断られる事はないと思うけど」

「本当ですか? じゃあ、上佐先輩、僕に揉ませて下さい」

「いいよ。ちょっと待ってね」


 上佐先輩は僕の髪をシャワーで洗い流し、れた髪をタオルでいてくれた。


 僕は頭を上げ、上佐先輩のほうを向く。

 上佐先輩は両手を上げて胸をこちらに向ける。


「はい、どうぞ」

「……本当に、いいんですか?」


 上佐先輩の胸は、5年生の標準サイズで、おそらく【C65】くらい。

 この寮の中では、大きいサイズと言っていいだろう。 (第96話参照)


「あははっ、ダビデ君、真面目まじめ過ぎ。その手じゃ、まだ揉めないでしょ?」

「あっ……」


 先輩のおっぱいに気を取られていて忘れていたが、僕の右腕はギプスで固定されたままだし、左手はグーのままだった。


 どうやら僕は最初から、上佐先輩にからかわれていたらしい。


 明日は、新妻にいづま先生に病院へ連れて行ってもらう日だ。

 両手が自由になりさえすれば、僕はもう少し賢くなれるだろう。

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