第147話 誇りを捨てる覚悟が必要らしい。
水曜日の放課後、まだ両手が不自由な僕は、ポロリちゃんにお願いして寮の部屋で制服から体操着に着替えさせてもらった。
少し寒いので、下はジャージ着用である。
「どうもありがとう。それじゃ、行ってくるね」
「えへへ、どういたしまして。いってらっしゃい」
ポロリちゃんに礼を言ってから、部屋を出る。
昨晩、食堂で
階段を上り、2階の部屋の前で表札を確認する。
【204号室】
【上佐 花】 【乙入 誓】
【杉田 流行】 【尾中 胡桃】
この部屋に来るのも、今回で5回目だ。
204号室は住人達が4人とも好意的で、僕にとっては101号室の次に居心地のいい部屋かもしれない。
入口のドアが開けられたまま固定されているのが、その証拠と言えるだろう。
「ごめんくださーい!」
いくらドアが開いていても、勝手に上がり込むわけにはいかないので、部屋の中に向かって大きめの声で
「ダビデ先輩、いらっしゃーい。お待ちしてましたよー」
笑顔で迎えてくれたのは手芸部の2年生、杉田
半
「杉田さん、今日もよろしくお願いします」
「どうぞ、中に入って下さい。お姉ちゃんは、打ち合わせがあって少し遅れて来るそうなので、先に始めてていいそうです」
「お邪魔します」
204号室の住人は、杉田さんだけが手芸部員で、他の3人は美術部員である。
3人が不在という事は、おそらく部活の打ち合わせなのだろう。
スリッパを脱いで部屋に入ると、いつものように風呂場へ案内される。
脱衣所の物干しには、101号室と同じように4人分の下着が干したままだ。
初めて僕がこの部屋に来た時とは違い、杉田さんは平然としているが、これは杉田さんの恥じらいが無くなったというわけではなく、上佐先輩の教えに素直に従っているだけだと思われる。
上佐先輩いわく「男性が訪ねて来たからという理由で下着を隠してしまうのは、男女差別」なのだそうだ。
「こちらへどーぞー」
杉田さんの指示に従って、浴室内の小さな
「お願いします」
脚を開いて、体を前に出し、浴槽のフチに外側からあごを乗せるような感じで、浴槽の底を
「髪、
「よく分かりましたね。昨日の夜は、ネネコさんが洗ってくれました」
「いいなー。やっぱり恋人同士だと、お風呂も一緒なんですねー」
「いえ、ネネコさんは服を着ていますし、僕の妹と日替わりですから」
「そうなんですか。なんだか、ちょっと安心しました。では、いきますよー」
温水のシャワーを少し頭に浴びた後、シャンプーの着いた小さな手で、頭をかき混ぜられる。こうやって杉田さんに髪を洗ってもらうのは、これで4回目か。
杉田さんは僕の左側で
発達途上の胸は、来るたびに少しずつ大きくなっている気がするので、僕にとっては嬉しいひと時である。
「はい、お疲れ様でーす」
髪をタオルで
続いて、僕は隣の普通サイズの椅子に移動し、大きなポリ袋で作られた穴の開いたシートを頭から
普段なら、ここで上佐先輩と交代なのだが、まだ部屋に戻っていないようだ。
「お姉ちゃん、帰ってきませんねー」
「そうですね。僕が来るのが少し早かったみたいです」
「そんな事ないですよー、お姉ちゃん達が遅いだけです。またトイレかなー」
「みなさん、
上佐先輩、
トイレで3人の先輩方の会話に衝撃を受けてから、もう半年だ。
思えば、あの頃の僕は、まだ子供だった。 (第21話および第70話参照)
「そういえば、ダビデ先輩、もうすぐお誕生日だそうですね」
「はい、来週の月曜日です」
「来週の月曜日ということは、10月11日ですか。ダビデ先輩は
「もう過ぎちゃっているじゃないですか! すみません、知らなくて。大きく遅れてしまいましたけど、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございまーす。実はお姉ちゃんも私と同じ9月16日生まれなので、ブルーチームで一緒にお祝いしてもらったんですよー」
上佐先輩も9月16日が誕生日だったらしい。
僕は、全く気が回っていなかったが、もしかしたら運動会前だったので、ピンクチーム以外の人とはあまり会話をしていなかったのかもしれない。
「姉妹で同じ誕生日ですか。いいですね、そういうの」
「本当は、ダビデ先輩も誕生日パーティーにお誘いするつもりだったんですけど、お姉ちゃんが『カノジョちゃんに悪いから』っていうので、一応自粛しました」
「ネネコさんなら、多分、僕だけ呼ばれたとしても全然気にしないと思いますよ」
「全員にお誕生日を祝ってもらえたら嬉しいですけど、お友達全員をパーティーに誘うわけにもいかないですから、難しいですよねー」
全員からプレゼントを頂いてしまったら、お返しも大変そうだ。僕の誕生日は、ポロリちゃん達が祝ってくれるそうだが、人選はどうなっているのだろうか。
「そうですね。祝ってくれる人がいるだけでありがたいのに。
「ダビデ先輩ファンクラブからは、バースデーカードを贈りますから、楽しみにしていて下さいねー。ちなみに、ハヤリは会員番号2番でーす!」
「ファンクラブだなんて
「正解でーす!
「正露丸って、寮の常備薬なんですけどね」
「うちの部屋の分は、クルミが毎日飲んじゃって、とっくに空っぽですから」
なるほど。うちの部屋の分も無くなりそうになったら、どこかから分けてもらっておいたほうがいいかもしれない。
「ファンクラブの会員って、何人くらいなんですか?」
「18人です」
「え? それって2年生全員って事ですか?」
「もちろんです。ちなみに3番がアイシュで、4番がチカナです」
そうか。それで安井さんが部室に見舞いの手紙を持って来てくれたのか。
「お見舞いのメッセージは、安井さんが全員分読み上げてくれました。返事を書きたくても、まだ右手が使えないので、皆さんに『ありがとう』とお伝えください」
それにしても、18人全員って……。2年生とは合同授業が無いので、僕と一度も会話をしたことがない子も半数近くいそうな気がする。
その子たちが、将来悪い男に
「ダビデ君、ごめんねー。打ち合わせが長引いちゃってさー」
しばらくして上佐先輩が戻り、杉田さんと交代する。
「いえ、僕は杉田さんと話が出来て、面白かったですから」
上佐先輩は、僕の髪に軽く
「それならいいんだけど。じゃ、始めまーす」
「よろしくお願いします」
シャキ、シャキ、シャキ、シャキ……。上佐先輩は、僕の髪を切り始めた。
上佐先輩の話は、いつも面白いので今回も楽しみだ。
「昨日、お赤飯食べてたでしょ? おめでとう。もしかして、妹ちゃん?」
「いえ、ネネコさんのほうです」
「カノジョちゃん、まだだったんだ? それじゃ『仲良し』はまだ早いか」
「ですよね。僕もそう思います。本人も興味無さそうでしたし」
「誘った事はあるんだ?」
「興味があるかどうかを聞いてみただけなんですけど、『よくわからない』って言われました」
「そうだねー、女の子の場合は、好きな人と一緒にいたり、話を聞いてもらったりする事のほうが大事で、『仲良し』したいから好きになるわけじゃないからねー」
オトコの場合、たしかにそうなのかもしれない。
僕がこの学園のお嬢様方全員が好きなのも、きっとそういう理由なのだろう。
「上佐先輩の場合は、どうだったんですか?」
「私の
「僕より年下なんですか。5年前ってことは、当時は小学4年生ですよね。きっと寂しかったんでしょうね」
「そう。ちっちゃくて、かわいかったよ。一緒にお風呂に入ったこともあったし」
「それは、
「えっ? ダビデ君って、実はショタコンなの?」
「いえ、羨ましいのは先輩では無くて、従弟さんのほうです」
「もちろん冗談だよ。で、去年の夏、久しぶりに
「まあ、そうでしょうね」
「そのまま昔のように私の部屋に泊めてあげたのがいけなかったのかな」
「いけなかったんですか?」
「かわいい従弟ではあったけど、恋愛感情は全く無かったからね」
「でも、今は付き合っているんですよね?」
「かわいい従弟に泣きながら『ヤラせて下さい! 我慢できないんです!』なんて言われたら、かわいそうで断れないでしょ?」
「えっ! それで、先輩はヤラせて差し上げたんですか?」
「うん。大喜びで泣きながら夢中で腰を振る従弟を見ていたら、私も嬉しくてね。こんなにも私と『仲良し』したかったんだ……って」
「なんか、
「参考になったでしょ?」
「つまり、土下座すれば『仲良し』させてもらえるという訳ですね」
「そういう事」
プライドを全て投げ捨てれば、何でも出来ると解釈していいのだろうか。
だが、僕がネネコさん相手に、こんな事をやっても、多分自爆するだけだろう。
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