第145話 パンツを下ろす事は可能らしい。

 ご愛読ありがとうございます。今回は「下ネタ注意」の話です。

 15歳未満でもOKですが、お食事前の方は召し上がってからご覧ください。






大石おおいしさん、今日も1日ありがとうございました。本当に助かってます。また明日あしたも、よろしくお願いします」


 5時間目の授業が終わったので、ずっと教科書を僕に見せてくれていた大石御茶みささんにお礼を言い、深く頭を下げる。これも、最近では毎日の習慣だ。


 大石さんは目があまり良くないのに、自分の教科書を僕に見せてくれている為、じわじわと椅子いすごとこちらに詰め寄り、授業が終わるころには、いつも椅子同士がぴったりとくっついている。普段はツンツンした感じなのだが、心の温かい人だ。


「たまたま隣の席だから教科書を見せてあげているだけなんだけど、毎日そんな風に言われると、私の方が勘違いしちゃうじゃない……」


「ふふふ……ミサさんにも、甘井さんの魅力が伝わっているようですね」


「1学期の頃は『男子には絶対に負けたくないから!』とか言っていたのに、今は『ダビデ陛下、教科書をご覧下さい』だもんね」


 大石さんの言動に、後ろの席の天ノ川さんと真坂まさかさんからツッコミが入る。

 ただ僕に教科書を見せてくれていただけなのに、なんだか申し訳ない。


「違うから! これは、ちょっと敵に塩を送っただけだから!」


 本人は、真坂さんに必死で言い訳しているようだが、僕は大石さんの味方だ。


「上杉謙信ですか。女性だったという説もあるらしいですね。もしそうだとしたらきっと大石さんのように勉強熱心で、優しい人だったんでしょうね」


「あっはははっ、ダビデさん、それ褒めすぎだって。ミサ、顔真っ赤じゃない」

「ふふふ……甘井さんも、ずいぶんと女性の扱いが上手になりましたね」

「いえ、僕は思った事を正直に言ってみただけですから」


 心にもない事を平気でしゃべれるような話術は持たないし、持ちたくもない。

 ここでは正直に生きることが許されているのだから、それが一番だと思う。




「おーい! ダビデ君! ちょっといい?」


 廊下から大きな声で呼ばれたので、そちらを見ると、乙入おといり先輩が笑顔でこちらに手を振っている。僕はクラスメイトの3人に頭を下げてから廊下へ出た。


「はい。何でしょう?」

「トイレの『お尻を乾かすヤツ』が直ったからさ、使ってみてよ!」


 故障していた多目的トイレの「乾燥ボタン」が使えるようになったらしい。


「先輩が修理して下さったのですか? ありがとうございます」

「いや、私は新家しんやさんに伝えただけで、直してくれたのは多分業者さんだよ」


 警備員兼用務員の新家さんが、業者さんに修理を依頼してくれたという事か。


「それでも助かります。ルームメイトに毎日お尻をいてもらうのは、心苦しくて切ない気分でしたから」


「ははは、そんなに気にしちゃダメだよ。ダビデ君は死ぬほど恥ずかしかったかもしれないけど、ミユキちゃんは結構楽しんでやっていたみたいだよ」


「そうでしょうか? 他人の尻ぬぐいですよ。普通はイヤだと思いますけど」


「そうかな? 私がダビデ君に『両手が使えないからお尻拭いて!』ってお願いしたら、どうする?」


「喜んで拭かせていただきます」


「でしょ? 拭かれる方は恥ずかしいけど、きっと拭く方はそうでも無いんだよ」

「そう言ってもらえると、少し気が楽ですね」


「明日からは、もう1人でトイレに入れるでしょ?」

「でも僕、自分でパンツを下ろせないんです」


「制服だとベルトを外さなきゃ下ろせないけど、スウェットならいけるでしょ?」

「無理だと思いますけど……」


「試す前からあきらめちゃダメだよ。右腕は固定されてるけど、右手の親指は動かせるんでしょ?」


「そうですけど、左手がグーのままですので……」


「右手の親指をパンツのゴムに掛けて外側に引っ張れば、左手がパンツの中に入りそうじゃない?」


「確かに、入りそうですね」


「そうすれば、なんとかなるよ。あとはダビデ君の努力次第だけど」

「なんか出来そうな気がしてきました。帰ったら、部屋で練習してみます」


「うんうん、頑張ってね。私も応援してるから。それじゃ、ごきげんよう」


 乙入先輩は笑顔で手を振りながら去って行った。後輩思いの素敵な先輩だ。




「ミチノリ先輩、話は終わった?」

「ネネコさん、もしかして待っててくれたの?」 

「うん。ロリは部活で先に寮に戻っちゃったから、代わりにボクが来たよ」

「ありがとう。助かるよ」 


 ネネコさんに昇降口で靴を履かせてもらい、寮の玄関では脱いだ靴を所定の位置に入れてもらう。寮の中ではスリッパ着用だが、これは自分でも普通に履ける。


 こうして2人だけで一緒に下校すると「ネネコさんと僕は付き合っていると思われても仕方がないな」と思うし、最近は「そうだったらいいな」とも思えてきた。


 それに、寮が近すぎてあっという間に部屋に着いてしまうのも惜しい気がする。


 入り口のドアは開いたままなので、スリッパを脱いで一緒に部屋に入る。

 ネネコさんは、自分のカバンを机の上に置いてから、振り返って質問してきた。


「何か、して欲しい事ある?」


「制服から、いつもの部屋着に着替えさせてもらえると、ありがたいんだけど」

「もしかして、今から昼寝でもするの? 別にいいけどさー」


「昼寝じゃなくて、リハビリしようと思って。トイレくらいは、1人で入りたいからね」


「ボクと一緒じゃイヤなの?」

「一緒にトイレに行くのはいいけど、同じ個室はまずいでしょ?」


「それもそうだよね。――はい、これでいい?」

「さすがネネコさん、どうもありがとう」


「ボクはこのあと部活だから、ここで体操着に着替えてから行くよ」

「僕は、今から早速トイレで練習してみるよ」




 トイレのドアは、部屋の入口のドアと違って、丸いノブではなくレバーハンドルなので、グーのままの左手でも簡単に開けることが出来た。


 部屋の入口のドアは開けたまま固定されている為、この状態では廊下からトイレの中が丸見えなので、僕は中に入ってドアを閉める。


 両手が使えない僕にはカギを掛けることが出来ないが、実際に用を足すわけではないので、特に必要はないだろう。


 僕は便器に背を向けてドアの方を向き、乙入先輩のアドバイスを思い出す。


「右手の親指をパンツのゴムに掛けて、外側に引っ張る……」


 なるほど、ギリギリ届く位置だ。


「そこに左手を突っ込んで……」 


「――ミチノリ先輩! ボクは部活に行くからね!」

「いってらっしゃーい!」


 ネネコさんは、ドア越しに挨拶あいさつしてから、部屋を出て行ったようだ。


「おおっ⁉」


 パンツをお尻の外側に引っ張るような感じで、左腕を回しながらゆっくりと便座に腰掛けると、パンツを無事にひざまで下ろすことができた。


 実験は成功したようだ。乙入先輩すげー。


 部屋のトイレだとお尻は洗えないが、せっかくだから、おしっこだけでもしておくか――今思えば、この判断が間違いだったのかもしれない――


 僕が排尿を開始した直後、すごい勢いで近付く足音がして、トイレのドアが開いた。踊るように入ってきたその人は、くるりとこちらにお尻を向けてスカートをめくりあげ、パンツを下ろすと、そのまま僕の膝の上に着席した。


 僕は何が起きたのか分からず放尿を続けていたのだが、膝の上に乗っている柔らかな感触が、女の子のお尻であることは、すぐに理解できた。


 それは、ポロリちゃんのお尻より重く、搦手からめてさんのお尻より少し小さかった。


 しかも、ポロリちゃんが僕の膝に乗った時と、搦手さんが僕の膝に乗った時は、お互いに服を着ていたが、今回の場合は2人ともパンツを穿いていないのである。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 僕の排尿が終わると、入れ替わるように激しい水音がする。

 どうやら、彼女は我慢の限界だったようだ。


「ああっ……」


 気持ちよさそうな声を出しながら、彼女は涙を流していた。

 僕はどうしていいのか分からず、声も出なかった。


 そして、しばらく沈黙した後、先に声を出したのは彼女だった。


「……ダビデ先輩。私と一緒に死んで下さい」

「イヤです。尾中さん、まずはお尻を拭いて落ち着きましょう」


「その前に、先輩は目をつぶって、鼻をつまんで下さい」

「目はつぶれますけど、鼻はつまめません」


 僕が目を瞑ると、膝の上のお尻の感触が無くなった後、ゴソゴソと音がしてからトイレの水が流れ、すぐに鼻をつままれた。


「私……もう生きていけません……」


「どうしちゃったんですか、いつもポジティブな尾中さんが、これくらいで」

「オトコの人に、う●ちするところ、見られちゃいました……」


「いいじゃないですか、それくらい。尾中さんだって、僕がおしっこするところを見ていたでしょ?」


「見てません。先輩のおち●ちんなら、今見えてますけど」


 尾中さんが、こちらの件に関して平然としているのは、美術部員だからで、僕がダビデになっていた時に真面目にデッサンしていたからだろう。


「僕だって、尾中さんのう●ちは見てないですから、問題ないでしょう?」

「ううう……、でも……」


「死ぬほど恥ずかしいというのは、よく分かります。僕なんか、毎日ルームメイトにお尻まで拭いてもらっていますし、お風呂では、尾中さんが今見ている場所まで洗ってもらっていますから。全然気にする事ではないですよ」


「この事は……、忘れて、もらえますか?」 

「それは無理です。多分、一生覚えていると思います」


 これは、忘れようと思っても、おそらく無理だろう。

 僕の脳内に「自動保存オートセーブ」されており、「消去不可能」である。 


「うわああああああああああん!」


「もっと前向きに考えましょう。尾中さんがナイショにしておきたいのなら、僕は誰にも言いませんし、101号室の室長としても、部屋を汚されたりはしていませんから、尾中さんを責める理由がありません。だから、泣かないで下さい」


「……」


「正露丸、入りますか?」

「……はい」


 こうして、僕はトイレから解放され、ようやくパンツを上げる事が出来た。


 尾中さんに正露丸の場所を教えてあげると、2粒を手に取り、「いただきます」と嬉しそうに飲み込み、「ごちそうさまでした」と礼を言って去って行った。


 しばらくして、ジャージ姿で戻って来た尾中さんは、トイレをピカピカに掃除してくれて「証拠隠滅です!」といつも通りの笑顔を僕に見せてくれたのであった。

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