第137話 揺れない事が勝利の秘訣らしい。

 9月23日、秋分の日。今日は生娘寮の運動会だ。


 寮の食堂では昼食が休みになるので、売店には大量のおにぎりやサンドイッチ、お弁当が並んでいる。発注したのは僕だが、昨年のデータを参考にしており、商品の入荷数は昨年と同じである。


 早朝に納品された商品は、僕が今までに並べた中では最も量が多かった。

 前もってリーネさんに品出しの応援を頼んでおいて正解だったようだ。


「リーネさん、どうもありがとう。手伝ってくれて、助かりました」

「そんなの当然よ。いつでも呼んでくれていいのに」


「それは助かります。今日の運動会も一緒に頑張りましょう」

「もちろんよ。ミチノリさんが総大将なら、優勝するに決まっているけど」


「そこまで上手くいくかどうかは分かりませんけど、僕も精一杯やりますよ」


 リーネさんとは一緒に寮まで戻り、101号室の前で別れた。

 仲の良い後輩ではあるが、僕がルームメイト以外と朝食を一緒にとる事はない。




 朝食を101号室の4人でいつも通りにとった後、ルームメイトの3人が体操着に着替え終わるのを待ってから、4人一緒にピンクの鉢巻をして校庭へ出る。


 涼しい風が吹く秋晴れで、日差しも弱く、運動会には丁度いい気候である。


 寮の運動会はフロア対抗で、姉妹学年で一緒になるように3つのチームが組まれており、1階の住人である1年生と4年生はピンクチームだ。


 同様に2階に住む2年生と5年生がブルーチームで、3階に住む3年生と6年生がイエローチームとなっている。


 ブルーチームとイエローチームは学年と住む部屋が1つ上がっただけで、昨年とメンバーは同じ。それに対し、我がピンクチームは約半数が入れ替わっている。


 僕は今年の4月からの編入生なので、1年生達と同じく初出場だ。

 そして、初出場にもかかわらず、新生ピンクチームの総大将に指名された。


 年功序列の学園生活において、先輩方であるブルーチームとイエローチームは、かなりの強敵だ。しかもイエローチームは、昨年まで5連覇しているらしい。


 だが、我がピンクチームには「若さ」という武器がある。出場選手が男子ならば学年が上のほうが圧倒的に有利であるが、女子の場合はそうとも限らない。


 上品な先輩方よりも、元気な後輩達の方が運動には向いているのである。

 その元気な後輩達の代表が、僕の隣にいるネネコさんだ。


「なんかさ~、思ったより、さびしい感じじゃね?」


 校庭には、体操着姿で鉢巻をした生徒達が100人ほど集まっている。

 少人数の学園なので、広い校庭を埋め尽くすほどの活気はない。


「生徒が少なくて観客が誰もいないから、じゃないかな?」

「お兄ちゃん、あそこに、かわいいお客さんが2人いるの」

「ふふふ……あれは、マサルちゃんとミヤビちゃんですね」


 育児室の双子の赤ちゃんは、もう2人とも普通に歩き回れるようになった。


 もちろん母親である新妻にいづま先生と一緒ではあるが、もう赤ちゃんというよりは、幼児と表現したほうがいいのかもしれない。




「はーい! 体操始めまーす!」


 のどかな雰囲気の中、元気な後輩達よりもさらに元気な人が、大きな声を出しながら朝礼台の上で手を振っている。保健体育の長内おさない先生だ。


 寮の運動会には入場行進も選手宣誓もなく、いきなり体操らしい。誰かに見せるわけでもなく、身内で楽しむだけなら、そのほうがよいのかもしれない。


 生徒達も整列しているわけではなく、なんとなくチームごとに集まっているような感じだ。水色の鉢巻をした人たちが校庭の奥側、黄色の鉢巻をした人たちが校庭の中央、僕達ピンクの鉢巻は、校庭の手前側に集まっている。


 長内先生の合図で、皆一斉に隣の人との間隔を空け、準備体操が始まる。

 かなり涼しくなったとはいえ、ジャージを着ている人は誰もいなかった。




 体操が終わると、間を置かずに最初の競技が始まる。競技名は「通勤電車」で、満員電車に乗って通勤するサラリーマンの苦痛を疑似体験するための競技らしい。


 何人乗れるかで勝負が決まる、シンプルな団体競技だ。


 電車に見立てた、畳1枚分くらいのマットが3枚用意され、総大将は先に乗っていないといけないらしく、僕はマットの中央に配置された。


 スタートの合図と同時に、四方八方から一斉にマットに乗り込んでくる1年生と4年生。僕は女性専用車両に間違えて乗ってしまったような気分だ。


「お兄ちゃん、東京の電車はこんなに満員なの?」


 真っ先に僕の前の位置に来てくれたのは、かわいい妹、ポロリちゃんだった。

 周りから押されてつぶされそうになりながらも、僕の体にしがみついている。


「そうだね。朝8時頃だとこのくらいかな。実際はオジサンばっかりだけどね」


 女性専用車両なら、さすがにここまで混雑してはいないだろう。


「どうして会社の近くに引っ越さないのかしら? リーネはこんなの絶対イヤよ」


 イヤといいながらも、恥ずかしそうに体を押し当ててくるリーネさん。

 胸のサイズはポロリちゃんと同じくらい。共にささやかで控えめだ。


 背中や腕にも、誰のものか分からないおっぱいが押し当てられている。こんな通勤電車なら毎日乗ってもいいような気もするが、理性を保てる自信はない。


 もし電車の中だったら痴漢容疑で現行犯逮捕されていてもおかしくない状況だ。

 実際、僕の欲棒はとっくに起き上がってしまっている。


「えへへ、お兄ちゃんのエッチ」


 ポロリちゃんは、僕がこうなってしまう事を知っていて、僕を守るために正面に来てくれたらしい。本当によくできた妹だ。


 ――ピイイッ! 


「ここまででーす。10秒止まっていてくださーい。いーち、にーい……」


 10秒後に残っていた人数で勝敗が決まる。

 周りの様子はさっぱり分からないので、優勢なのか劣勢なのかも分からない。


「……きゅー、じゅう! では、人数を数えまーす」


 結果は、イエローチームが26人、ブルーチームが25人、そして、我がピンクチームは22人だった。


 女性専用車両に男性が乗っている状態なのだから、これは仕方がない結果なのかもしれない。負けてしまったのは、きっと僕のせいである。


 それにしても、この小さなマットに26人もどうやって乗ったのだろうか。肩車は反則で、両足がマットについていないとカウントされないはずなのだが。




 気を取り直して、次の競技。個人種目の「100メートル走」だ。

 こちらは1年生から6年生までが各1名、6人ずつでの競争となる。


 最初のレースで宇佐院うさいんさんが順当に1着を取り、次のレースではネネコさんが1着を取り、我がピンクチームの連勝となった。


 ここで、いよいよ僕の出番だが、隣の走者は3年生最速の鯉沼こいぬま和音わおんさん。


 体力測定の時は負けてしまったが、あれから僕は成長した。今度はなんとかなるだろう――そう思いながらスタートして、鯉沼さんをピッタリとマークする。


 ゴール前で並びかけ、勝ちを確信したところで、反対側のレーンを信じられない速さで跳ぶように駆け抜ける人影があった。


「――え?」

「わー、ダビデ先輩、やっぱり速いなー。でも、イエローチームの勝ちですね」 


 僕は鯉沼さんのほうばかりを見ていて、全く気付かなかったのだが、反対側の端のレーンに、もっと速い人がいたらしい。


「速くて、驚いちゃいましたか~?」 


 それは、陸上部の部長、鹿跳しかばね存美ありみ先輩だった。


「驚きました。さすがですね、僕の完敗です」


 宇佐院さんと勝負して鯉沼さんに負けたときと全く同じパターンだ。

 僕は鯉沼さんに気を取られ、鹿跳先輩に気付けなかった。


 最初から鹿跳先輩をマークしていたら、あるいは勝てたかもしれない。

 体は成長しても、僕の頭の中身は、春から全然成長していなかったようだ。




 次の競技は「君の縄」。2人1組の縄跳び競争だ。


 各チーム5組、全部で15組のペアが一斉にスタートし、跳んだ回数ではなく、継続時間での勝負となっている。


 お嬢様方が跳ぶ度に胸が揺れるので、見ている僕にとっては嬉しい競技だ。


 僕のかわいい妹は、遠江とおとうみさんとペアを組んで、内股うちまたでゆっくりと跳んでいたが、スタートして間もなく、早々と脱落。


 我がピンクチームの中で健闘したのは、花戸はなどさんと中吉なかよしさんの姉妹ペアだ。


 しかし、花戸姉妹は2位に終わった。「揺れない心」と「揺れない胸」をあわせ持つ、イエローチームの下高したたか先輩と搦手からめてさんの姉妹ペアには敵わなかったらしい。






 次回は「エロ注意」の話となりますので、下ネタが苦手な方と15歳未満の方は1話飛ばして第139話にお進みください。それでは、ごきげんよう。

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