第136話 禁断のお菓子が入荷したらしい。

 9月も半ばを過ぎ、半袖はんそでの制服だと少し肌寒くなってきた。


 校内の売店では、暑い時期と比べてアイスや冷たい飲み物が売れなくなり、代わりにアイス以外のお菓子の売り上げが伸びてきているようだ。


 お嬢様方は甘いものが好きで、お菓子を常に持ち歩いているという人も多い。


 楽しみを共有したくなるのが健全なお嬢様方の思考パターンで、好きなお菓子は独り占めせずに、皆で分け合うのが普通らしい。


 お嬢様方にとって、お菓子は自分の食欲を満たすだけのものではなく、コミュニケーションのツールでもあるのだ。


 僕も時々売店のお菓子をお土産みやげに買って帰るが、ルームメイト達は予想以上に喜んでくれる。お菓子は僕にとっても、ここでは生活必需品なのである。


 ――そういうわけで、この時期は売店でもお菓子を沢山発注する必要があり、当然、沢山入荷するようになる。入荷が多いと、商品を並べるだけでも結構大変だ。


 今日は入荷したばかりのお菓子を、発注担当の足利あしかが先輩と一緒に並べている。

 僕が並べているお菓子は季節限定のチョコレートであるが、数が普通じゃない。


「足利先輩、いくらなんでも多過ぎじゃないですか?」

「このお菓子は特別なの。根強いファンがいて、必ず売り切れる商品だから」

「そんなに人気なんですか」

「一度に全部並べるのは無理なので、半分ずつくらいでお願いします」


 チョコレートは「1ロット=10箱」つまり10箱単位で発注するのだが、今日入荷した新商品は20ロット、つまり200箱だ。


 それが、赤い箱と緑の箱で2種類あるので、合わせて400箱もある。

 生徒1人当たり4箱近くの購入が見込まれている、超人気商品らしい。


「ごきげんよう、ダビデ君。今日は、その『ラミ●』を10箱もらおうか」

草津くさつ先輩、いらっしゃいませ。はい、『●ミー』を10箱ですね」


 ――これが「オトナ買い」というヤツか。


 並べている最中に、早くも赤い箱のチョコが10箱売れた。

 お買い上げのお客様は、文芸部部長の6年生、草津てる先輩だ。


「あら部長、奇遇ですね。それなら私は『バッカ●』のほうを10箱で」

交合こうごう先輩、いらっしゃいませ。『バッ●ス』を10箱ですね」


 文芸部の部長さんに続いて、副部長さんの交合生初きうい先輩。

 僕は緑の箱のチョコを10箱お渡しする。こちらも「オトナ買い」だ。


「キウイちゃん、毎度あり」

「食べ終わったら、また買いにくるわね」


 足利先輩が交合先輩を見送る。この2人は同じ5年生で、仲もいいらしい。

 交合先輩は、10箱買ってもまだ足りなそうな様子だった。


「また買いに……って、このチョコレート、そんなにおいしいんですか?」

「ああ、これね。実は、どちらもお酒が入っているの」

「えっ? そんなものを中高生が食べていいんですか?」


 未成年者の飲酒は法律で禁じられているのだから、お菓子の中に含まれていたとしても、僕はダメな気がする。


「法律的には問題ありませんけど、妊娠中は食べない方がいいそうですよ」


 妊娠中の女性がお酒を飲むと「おなかの赤ちゃんに悪影響が出る」という話なら、保健の授業で教わった気がする。妊婦さんでなければ問題なしという事か。


「ここに妊婦さんはいないので、何も問題はないという事ですね」

「そうとは、言いきれません」


 お嬢様方はずっと寮暮らしなのに、どうやって妊娠するというのだろうか。


「もしかして、新妻にいづま先生ですか?」


 以前、101号室に泊まりに来たハテナさんからうわさを聞いた覚えがある。

 ゴールデンウィーク中に、新妻先生は「子作りに励む予定」だという話だった。

 情報源ソースは新妻先生本人だそうなので、情報の信憑性しんぴょうせいは高い。 (第67話参照)


「新妻先生もそうなのですけど、夏休み中に婚前交渉でご懐妊された先輩方が、何名かいらっしゃるはずです。まだお腹が大きくないから目立たないだけで……」


「婚前交渉って、つまり性行為の事ですよね。オトナの男性が女子高生と、そんな事をしてしまっていいものなんですか?」


「それも法律的には問題ありません。未成年であっても、お互いの同意と保護者の同意があって、当事者が13歳以上ならば、罪に問われる事はないはずです。既に婚約も成立しているわけですから」


 なるほど、結婚を前提としたお付き合いなら、性行為も許可されるという事か。


「草津先輩も、ご懐妊されていらっしゃる可能性があったりするんですか?」


 お酒入りのお菓子で、生まれてくる赤ちゃんに何かあったら大問題な気がする。


「テル先輩は、婚前交渉を全くされていないそうですよ。キウイちゃんのほうは、まだ5年生ですから、婚約者フィアンセの方にお願いして避妊してもらっていたみたいです」


 足利先輩の話には、いろいろと驚かされた。


 この学園の生徒たちは皆仲がいいとはいえ、ここまで個人情報が流出してしまっていいのだろうか。もちろん情報源は本人なのだろうが、全員口が軽すぎるのではないだろうか。それに、交合先輩にも婚約者がいらっしゃるなんて、僕は初耳だ。


「それって、ここでは普通の事なんですか?」


「婚前交渉に応じるかどうかは本人次第ですけど、毎年卒業式には、お腹の大きい卒業生が何人かはいらっしゃいますよ」


 それは、とてもおめでたい事だとは思うが、性行為を経験したことをわざわざ発表する必要があるのだろうか。童貞の僕としては「生娘寮」に生娘じゃない人が、僕以外にも結構いるという事実を知って、少し残念に感じた。


「みなさん、オトナですね」

「私もそろそろ就職活動を始めないと、売れ残ってしまうわね」

「足利先輩なら、絶対にそんなことはないと思いますけど」

「甘井さんが協力してくれれば、すぐに就職活動を始められるんだけど……」

「もちろん、僕にできる事でしたら、喜んで協力します」


「ありがとう。それなら、まずは店の発注業務を甘井さんに一任するから、今から完全に覚えて下さいね」


「えっ? いきなり全部ですか?」


「発注のやり方は、どの商品もほとんど一緒よ。1人で出来ないところは、カンナちゃんやリーネちゃんやアイシュに手伝ってもらえば、何とかなるでしょ?」


「分かりました。頑張ってみます」


 ――こうして、僕は足利先輩から売店の発注業務を引き継ぐことになった。


 後輩達3名が補佐してくれるとはいえ、責任は重大だ。


 搦手からめてさんと安井やすいさんは、すでに発注業務も可能だが、リーネさんと僕は全くの初心者である。今日のところは、足利先輩の説明を受けただけで解散となった。


 そして、僕はおみやげに緑の箱のチョコを1箱買って帰ることにした。




「ただいまー」

「お兄ちゃん、おかえり」

「ミチノリ先輩、今日は遅かったね」


 101号室に帰ると、いつものように、ロリ猫コンビが僕を迎えてくれた。


「ちょっと仕事が忙しくてね。はい、今日のおみやげ」

「これって、お酒が入ってるヤツじゃね?」

「ふふふ……甘井さんは、ネネコさんを酔わせてどうするおつもりですか?」


 天ノ川さんが嬉しそうに僕の顔を見る。

 これはしかられているのではなく、からかわれているだけだ。


「どうって……別にやましい事は考えてませんけど」

「ボクは、これ、あんまり好きじゃないや」


 ネネコさんは、やや不機嫌そうである。


「そうなの? ごめん、次は違うのにするよ」


 どうやら、今日の「おみやげ作戦」は失敗だったらしい。


「えへへ、ポロリはね、このチョコ大好きなの」


 だが、ポロリちゃんは逆に喜んでいるようだ。


「甘井さんは、お酒入りのチョコレート、お好きですか?」

「僕、実は食べた事ないんです」

「おいしいから、お兄ちゃんが最初に食べてみて!」

「やめといたほうがいいよ、絶対おいしくないって!」


 ポロリちゃんとネネコさんの意見がここまで分かれるとは珍しい。

 いったいどんな味なんだろう。


 口に入れた感じは、普通のチョコレートだ。

 そのままんでみると、ドロリと液体が口の中にあふれ、途端に酒臭くなる。


「うっ! これは……僕には、ちょっと合わないかな」

「ほら、ボクの言った通りじゃん!」 


 ネネコさんは勝ち誇った顔をしている。


「お兄ちゃん、おいしくなかった?」


 ポロリちゃんは、なんだか寂しそうだ。


「僕が苦手なだけで、ポロリちゃんがおいしいと思う事を否定したりはしないよ」


 寂しそうな妹の頭をで、機嫌を損ねないように笑顔を見せる。

 喜びを分かち合えないのは、僕もつらいのだ。


「お酒が合うか合わないかは人それぞれですから、仕方ありません」


 天ノ川さんは、こう言ってくれたが、ポロリちゃんはもうオトナで、ネネコさんと僕は、まだ子供なのかもしれない。


「お姉さまも、このチョコ好きなの?」

「ふふふ……私は、いくらでもいけますよ」

「それは良かった。なら、残りはポロリちゃんと2人で分けて下さい」

「えへへ、ミユキさんと2人で分けっこなの」

「えー! それだと、ボクのお菓子ないじゃん!」

「夕食のお肉を少し分けてあげるから、それで勘弁してよ」

「肉をくれるなら、ボクはお礼にネギをあげるよ」

「いや、それは、お礼じゃなくて、いつもの事でしょ?」


 その後、4人でいつも通りに夕食をとったのだが、食事前にお酒の入ったチョコレートを食べたポロリちゃんは、食事中に寝落ちしてしまった。


 どうやら僕のかわいい妹は、お酒好きなのにお酒に弱いらしい。


 ポロリちゃんの食べ残しは僕とネネコさんで平らげ、寝落ちしたポロリちゃんは僕が「お姫様抱っこ」でお持ち帰りすることになった。


 天ノ川さんは全く普段通りだが、1年生にお酒入りのチョコは危険なようだ。

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