第133話 お嬢様同士のガチバトルらしい。
品評会翌日の放課後。管理部所属の僕は、部活動として校舎内の売店の品出しと清掃を行い、バックルームである部室の、いつもの席で休憩を取っていた。
部室では、後輩達3名が昨日の品評会の感想を語り合っている。
「ダビデしぇん輩は、やっぱり大人気だったのでしゅ!」
体操着姿で真ん中の席に座り、熱く語っているのは2年生の
安井さんは、甘井という姓に
「お姉ちゃんが銅賞を取れるなんて、おかしいと思ったのよ」
安井さんの右隣、僕と向かい合う席に座っているのは1年生の
リーネさんが表彰式で不満そうな顔だったのは、もっと上を
「それは、リーネちゃんの
安井さんの左隣、僕と対角の席に座っているのは3年生の
搦手さんは、リーネさんのかわいい浴衣姿を見て、その浴衣を作ったヨシノさんに投票したそうだ。「浴衣が特に似合う」という意味では、リーネさんのほうが僕のかわいい妹よりも上だったかもしれない。
ポロリちゃんの場合、どんな格好をしていても、常にかわいいのだ。
「リーネしゃんも、アマアマ部屋の子たちに負けていなかったのでしゅ!」
「そうかしら? ミチノリさんはどう思う?」
リーネさんは、1年生の中でポロリちゃんに次いで小柄で、安井さんの言う通り、うちのロリ猫コンビと比べても
ポロリちゃんには強力な「妹補正」があり、ネネコさんには特別な「親友補正」がある。リーネさんにも「後輩補正」があって、僕は当然3人とも好きである。
「そうですね、リーネさんは、かわいいのにクールすぎる気がします。笑顔だと、さらにかわいさアップですよ」
こんなことを偉そうに言える立場でもないが、この5か月で数多くのお嬢様方の表情を観察してきた僕なりの、正しい見解だと思う。
「そう。でも、リーネは笑顔が苦手なの。みんな何が楽しいのかしら」
口ではそう言いながら、今のリーネさんは柔らかい表情で、嬉しそうに見える。
作り笑いは僕も苦手だ。リーネさんも、どうやら僕と同じらしい。
「リーネちゃん、楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しくなるんだよ」
「しょの通りでしゅ!」
搦手さんいわく「楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しくなる」か。
本当に、そうなのだろうか。
「そういう考え方もあるんですね」
「前にチハヤ先輩からも同じ事を言われたけど、リーネには無理よ」
「もう言われてたのね……実は、チハヤ先輩からの受け売りだったんだけど」
「チハヤしぇん輩は、いつも笑顔なのでしゅ!」
「たしかに
僕は、てっきり宇佐院さんの笑いの沸点が低いだけかと思っていたが、そうではなくて、あれは意図して笑っているという事なのか。だとすると、笑顔でいる事を心掛けるだけで、自分の世界をもっと楽しく出来るのかもしれない。
宇佐院さんは「心が汚いと顔に出る」とも言っていた。「顔に出る」とは、言い換えれば「表情がよくない」という事だ。
この命題が真であるならば、対偶も真であるはずなので「表情がよければ、心も
常に良い表情を心掛ける――これは簡単そうな事ではあるが、心が汚れていて、日ごろからエロい事ばかり考えている僕にとっては難しい課題である。
「ところで、ダビデ先輩、ピンクチームの総大将って、もう決まったの?」
「え? ピンクチームって何のチームですか? それに総大将って……?」
「そこから? ホントに、まだ何も聞いていないの?」
搦手さんは、僕が何も知らない事に驚いているようだ。
僕の情報収集能力は、まだまだ全然足りていないらしい。
「秋分の日に、寮の運動会があるのでしゅ」
安井さんが僕にヒントをくれた。
寮の運動会という事は、「学園の行事」ではなく「寮の行事」という事か。
レッドチームなら、運動会の紅組なのだろうが、なぜピンクなのだろうか。
「今月、運動会があるという話は聞いていますけど、なぜピンクなんですか?」
「レッドよりピンクのほうがかわいいからじゃないの?」
「たしかに、そうかもしれませんけど……」
かわいいというより、エロい気がするのは、僕だけでしょうか?
「今年の4年生と1年生は、卒業するまでずっとピンクチームなの。総大将っていうのは、チームリーダーの事ね」
「今年は
1階がピンクで、2階がブルー、3階がイエローなのか。
どうやら、寮の運動会はフロア対抗戦で、3チームでの争いとなるようだ。
「ミチノリさんとリーネは、ずっとピンクチームって事?」
「そう。お姉さまと私はずっとイエローチームだし、メブキ先輩とアイシュちゃんは、ずっとブルーチームだよ」
「卒業した先輩の色を、1年生が引き継ぐというわけですね」
「しょの通りでしゅ!」
「フロア対抗なら、上級生のほうが有利じゃないの?」
「そうですよね。去年と
僕もリーネさんと同意見だ。男子なら年齢が上の方が断然有利だと思うが、女子の場合はどうなのだろう。
「なんと、我がイエローチームが連勝中です。今年勝てば6連覇なんだってさ」
つまり、学年に関係なく今のイエローチームが強すぎるという事か。
言われてみれば、6年生は「濃い先輩」ばかりな気がする。
「ブルーチームも優勝を諦めてはいないのでしゅ! 今年は本気でしゅ!」
寮の運動会は、お嬢様同士のガチバトルらしい。
これは実に楽しみである。
次の日の朝、教室で寮の運動会について宇佐院さんに質問しようとしたところ、待ってましたとばかりに歓迎され、その場で総大将に任命された。
もちろん僕は辞退するつもりだったのだが、宇佐院さんは僕以外の35名分の署名を既に用意しており、ピンクチームの総意であることを示したのだ。
これは、もはや決定事項であり、僕に「断る」という選択肢はない。
それほどの「根回し」であり、チームにとっては重要な事だったのだろう。
僕の役目は、あくまでも士気を高める事で、指揮は宇佐院さんが執ってくれるというので、それならば、と快く引き受ける事にした。
「甘井さん、ありがとう。これで今年はピンクチームの優勝だよ」
「そんなに上手くいくものなんですか?」
「私たちのお姉さま方は、上品すぎて、いつも本気出さなくてさ。今年の1年生は2年生や3年生より元気そうだし、何より4年生に甘井さんがいるのが心強いよ」
宇佐院さんの話を聞く限りでは、女子の場合、男子とは違って必ずしも上級生が有利というわけではないようだ。
「僕が競技に参加してしまうのは、反則な気がしますけど……」
「そんなことないよ。甘井さんより背の高い子もいるし、足の速い子だっているんだから。甘井さんが反則なら、ナコちゃんや
「まあ、ルール上問題ないというのでしたら、構いませんけど」
「他に何か質問はある?」
「他のチームの総大将って、どなたですか?」
「イエローチームが下高先輩で、ブルーチームが
「…………」
予想通りと言えば予想通りなのだが、その名前は、僕が知る先輩方の中で、最も敵に回したくない先輩方の名前だった。
「あははは、甘井さん、目がまんまる。脱衣
しかも、宇佐院さんは僕が2人に身ぐるみ
快く総大将を引き受けてしまったが、前途は多難である。
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