第132話 世界は思ったより優しいらしい。

「集計が終わりましたので、只今ただいまより結果発表、および表彰式を行います」


 いよいよ、品評会の結果発表だ。

 体育館の舞台のそででマイクを握っているのは、広報部部長の犬飼いぬかい先輩。


 普段は滅多に顔を見せない校長先生が舞台に上がり、中央に置かれた演台の向こう側に立つ。この品評会は、ただのお遊びではなく、正式な学園の行事らしい。


 僕はポロリちゃんと手をつないだまま、壇上を見上げている。


「では、発表致します。名前を呼ばれた方は、妹と一緒に舞台へ上がって下さい。銅賞は――エントリーナンバー4番、今市いまいち佳乃よしのさんです。皆さん拍手をどうぞ」


 き起こる拍手の中、ヨシノさんとリーネさんが舞台に上がる。

 僕とポロリちゃんも、繋いだ手をほどいて拍手に加わる。


 リーネさんは、真っすぐにそろえられた前髪と、長い後ろ髪が浴衣ゆかたとよく似合っているが、あまり嬉しそうな表情ではない。本人はもっと上の賞を取るつもりだったのかもしれない。


 制服姿のヨシノさんは、少し驚いたような表情で、とても嬉しそうだった。


「銅賞。今市佳乃殿、あなたは『浴衣の品評会』にて頭書の成績を収められましたので、これを賞します。令和3年9月6日。優嬢学園校長、水戸みと光子みつこ

 ――おめでとうございます」


 ヨシノさんが両手で賞状を受け取り、リーネさんと一緒に頭を下げると、さらに大きな拍手が会場を包む。なんだか、僕も緊張してきた。


「続きまして銀賞は――エントリーナンバー1番、花戸はなど結芽ゆめさんです。皆さん拍手をどうぞ」


 沸き起こる拍手の中、花戸さんと中吉なかよしさんが舞台に上がる。

 花戸さんと中吉さんは、姉妹でお揃いの浴衣だ。

 舞台の上から、2人とも満面の笑みで手を振っている。


「銀賞。花戸結芽殿――以下同文です。おめでとうございます」


 遠目には分からないが、浴衣の出来も、きっと素晴らしいのだろう。

 花戸さんの銀賞受賞には何の不満も無いし、素直にたたえてあげたいと思った。


 だが、僕はこの時点でイヤな予感がした。僕のライバルは、天ノ川さんとネネコさんの姉妹で、金賞を取るのは天ノ川さんか僕のどちらかだと思っていたからだ。


 その予想はきっと正しいのだろうが、天ノ川さんと僕の同時受賞の可能性は無くなってしまったのだ。


 それでも、僕はポロリちゃんのかわいさには絶対的な自信があった。


 ネネコさんには及ばない可能性はあっても、中吉さんやリーネさんに投票勝負で負けるなんてことがあり得るのだろうか。


「お兄ちゃん、金賞の発表だよ」


 ポロリちゃんは笑顔で僕を見上げながら、また手を繋いでくれた。

 ポロリちゃんは落ち着いているようだが、僕の手は震えていた。


「金賞は――エントリーナンバー7番、天ノ川深雪みゆきさんです。皆さん、盛大な拍手をどうぞ」


 やはり、考えが甘すぎたようだ。

 これは、あくまでも浴衣の品評会で、本来僕の出る幕ではなかったのだ。


 浴衣の出来は「僕にしては」よく出来ていたとしても、ここでは水準以下だろうし、ポロリちゃんの髪だって、僕でなければ、もっと綺麗きれいに編んであげることも出来ただろう。


 挨拶あいさつ回りでは、数多くの先輩方や後輩達が「ダビデ君に入れるよ」とか「ダビデ先輩に入れます」と応援してくれていたのに、あれは社交辞令だったという事か。


「金賞。天ノ川深雪殿――以下同文です。おめでとうございます」


 天ノ川さんとネネコさんの背中に拍手をしながら、僕はそんな事を考えていた。

 ポロリちゃん、愚かな兄で、ごめんなさい。


「お兄ちゃん?」


 かわいい妹が、僕の顔を心配そうに見上げる。

 お願いだから、そんな目で見ないでおくれ……僕は泣きたい気分だった。


「ごめん、僕が悪かった。約束通り、思いっきり殴ってくれていいから」

「ポロリはそんな事しないよぉ!」


 でも、それでは僕の罪は償えない。


「遠慮しなくていいよ」


 僕は少しかがんで目をつぶる。


「いいの?」

「思いっきり頼むよ」


 ――ペチン!


「あだっ!」


 僕の左のほおに、望み通りの衝撃が加わる。

 ポロリちゃんの代わりに僕の顔を平手打ちしてくれたのは、ネネコさんだった。


「ほら、ボクの言った通りじゃん。お姉さまがミチノリ先輩なんかに負けるわけないって」


「ふふふ……ネネコさん、これはただの事故です。表彰式には、まだ続きがあるみたいですよ」


「事故?」

「どういう事ですか?」


 金賞の表彰が終わったはずなのに、校長先生はまだ壇上に立っていらっしゃるようだ。会場も、どよめいたままである。


「ほぼ人気投票なのに、甘井クンが入賞しないなんて、ありえないだろ」

「はい。……私も……甘井先輩に……投票させていただきました……」


 僕の右に立っていたのは、美術部部長の口車くちぐるま先輩と、妹の柔肌やわはださんだ。


 2人とも浴衣がよく似合っており、口車先輩は着こなしがカッコよく、柔肌さんは見蕩みとれてしまうほどに美しかった。


「ダビデ先輩、姉さんと私はダビデ先輩に1票ずつ入れましたよ」

「私もダビデしぇん輩に、1票入れました」


 後ろにいた2年生の浅田あさださんと安井やすいさんからは、投票の報告を受けた。

 この仲の良い2人組は、色違いで同じデザインの浴衣姿である。


「ところでさ、ダビデ先輩って苗字みょうじなんだったっけ?」

「そう言えば、私も知らないかも」


 左の方からは、他の2年生同士の話し声が聞こえてきたが、なんとなく話が見えてきたような気がした。


 僕は1年生と4年生の顔と名前は全て一致するし、僕の名前も当然知られているはずである。3年生と5年生も合同授業があるので、苗字くらいは皆に覚えてもらえているはずだ。


 だが、2年生と6年生は合同授業が無いため、僕は一部の人しか名前を覚えていない。逆も同じで、僕の名前を全員が覚えてくれているというわけではないのだ。


 今回の投票は学園の行事であり、投票にはエントリーナンバーの他に、浴衣の作成者の名前を書く必要があるはずだ。


 だとすると、当然「ダビデ君」では認められないという事になる。

 今回の敗因は、おそらく、そこにあったのだろう。




「皆さんもお気付きかと思いますが、今回の投票では過半数が『無効票』となってしまいました。投票には、エントリーナンバーと浴衣の作成者の名前が必要です。


 エントリーナンバー8番の甘井道程みちのりさんは、4年生ながら既に『称号』を得ている為、そちらを記入してしまった人の方が多かったようです。


 従いまして、今回は特例として『特別賞』を追加致しました」


 体育館内に歓声が湧き起こった。

 どうやら評価されていたのは「ダビデ君」であって、甘井道程ではないらしい。


 考えてみれば、僕は初対面の人からも「ダビデ君」か「ダビデ先輩」と呼ばれる事のほうが多かった気がする。


 もしかしたら、僕の名前は案外憶えられていないのかもしれない。


「特別賞は――エントリーナンバー8番、甘井道程さんです。皆さん、盛大な拍手をどうぞ」


「お兄ちゃん、行ご!」(←注釈「行こう」の地元方言)


 温かい拍手の中、僕はかわいい妹に手を引かれ、舞台へ上がる。

 この世界は、僕が思っているよりも、ずっと温かくて優しかった。


「特別賞。甘井道程殿、以下同文です。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 僕が賞状を受け取ると、さらに大きな拍手と黄色い大歓声に包まれた。

 これは、僕のかわいい妹と、この場にいる全てのお嬢様方のお陰だ。

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