第131話 浴衣には千歳飴が似合うらしい。

「ロリは千歳飴ちとせあめの袋とか持ってたら、似合いそうじゃね?」

「まだ9月だから、七五三には、2か月くらい早いかな」

「ふふふ……鬼灯ほおずきさんは本当に『小さくてかわいい』ですね」


 ポロリちゃんの浴衣ゆかたは、かわいさ重視の赤い浴衣で、帯は黄色。

 三つ編みのお下げ髪が、小さなポロリちゃんを、より幼く見せている。

 7歳児とまではいかなくても、9歳か10歳でなら楽に通用しそうな感じだ。


「えへへ、ネコちゃんも、とってもかわいいと思うの」


 ネネコさんの浴衣は、紺色の大人っぽいデザインで、帯は赤。

 上品で落ち着いた感じに見えるのは、天ノ川さんのセンスなのだろう。


「私の自慢の妹ですから」


 天ノ川さんも、ネネコさんが褒められると嬉しいようだ。


「ミチノリ先輩はどう思う?」


「ネネコさんの事? 細いし、かわいいし、綺麗きれいだし、脚が長すぎてちょっと腰の位置が高い気もするけど、浴衣も上品な感じで、すごく似合っていると思う」


 それに、浴衣はネネコさんのように胸が無い女の子のほうが似合うのである。


「ちょっと、ほめすぎじゃね?」


「でも、今日は『妹の日』だから、僕はポロリちゃんを贔屓ひいきさせてもらうけどね」


「ミチノリ先輩がロリをヒーキしているのなんて、いつもの事じゃん」

「えへへ、ネコちゃんごめんね」


「ふふふ……私だって『妹の日』以外でもネネコさん贔屓びいきですよ」

「お姉さま……」


 天ノ川さんは自分の大きな胸の中に、ネネコさんの顔を挟み込む。

 実にうらやま……いや、微笑ほほえましい光景だ。


「僕には、アレは真似まねできないな」

「ポロリは、ナデナデでいいの」


「こう?」

「えへへへへ」


 僕自身は人に頭を触られてもそんなに嬉しいとは思わないのだが、ポロリちゃんの場合は、僕に頭をでられるのが本当に好きみたいだ。


「そろそろ、私達も体育館に行きましょうか?」

「そうですね」


 1年生2人の着付けが終わり、4人で品評会の会場へと向かう。

 天ノ川さんと僕は制服のままである。


 寮の廊下には、色とりどりの浴衣姿の生徒達が歩いており、とても華やかだ。


 玄関で靴に履き替えてから、寮の外に出る。

 浴衣姿の子も、みな靴を履いているようだ。


「みんなサンダルとか履かないんですか?」

「浴衣の子は、会場の入口で草履を貸してもらえることになっています」

「そうでしたか」


 校舎の昇降口で、上履きに履き替える。

 浴衣の子も、体育館までは普通に上履きの靴で行くらしい。


「お姉さまは、浴衣を着ないの?」

「私は、残念ながら、あまり浴衣が似合いませんから……」


 似合う、似合わないにかかわらず、僕は見てみたいと思うが、天ノ川さんの場合は浴衣を着るだけでも一苦労な気がする。帯が少し緩んだだけで大惨事だろう。


 体育館の入口には、たくさんの草履がサイズの順にずらりと並べられており、ここから選ぶらしい。


 ポロリちゃんは、最も小さな草履を選んで、上履きから履き替えている。


「品評会の受付はこちらです」


 入口横の受付にいたのは手芸部の3年生、高木たかぎ初心うぶさん。

 涼しそうな水色の浴衣姿で手を振っている。


「高木さん、エントリーをお願いします」

「天ノ川先輩、恐れ入ります。こちらの番号札を妹さんの胸に付けてください」


「高木さん、僕もお願いします」

「ダビデ先輩、どうぞ。こちらの番号札を妹さんの胸に付けてください」


 ポロリちゃんに目で確認を取ると「うん」とうなずいてくれたので、僕は高木さんから受け取った丸い番号札を、ポロリちゃんの胸に付ける。


「ボクは7番か」

「えへへ、ポロリは8番なの」


 エントリーナンバーは、天ノ川さん姉妹が7番で、僕たち兄妹は8番のようだ。

 出席番号順ではなく、どうやら先着順らしい。


「ネネコさん、この番号は投票時に必要な番号ですから、先輩方にお披露目の際には番号札も必ずお見せするのですよ」


「はい、お姉さま!」

「――だそうだから、ポロリちゃんもよろしくね」

「うんっ!」


「それでは甘井さん、今から私たちはライバルですから、ここで解散しましょう」

「そうですね。お互い入賞できるといいですね」


「ネコちゃんも頑張ってね」

「お姉さまに恥をかかせる訳にはいかないもんね」


 ネネコさんは、僕にキバを見せるように不敵な笑いを見せた。

 どうやらネネコさんは本気マジらしい。


「ネネコさん、早速お披露目に行きますよ」

「はい、お姉さま!」


 ネネコさんは天ノ川さんに手を引かれ、会場の奥へと進んでいった。


 僕の母が感動で涙した、あの「お嬢様モード」を使われてしまったら、ほとんどの票が「天ノ川姉妹」に入ってしまうかもしれない。


 我が「甘井兄妹」陣営も、うかうかしてはいられない状況だ。


「僕達もお披露目に行かないと」 

「えへへ、ポロリもお兄ちゃんと手を繋ぐの」

「みんなが見ている前だけど、いいの?」

「うん、みんなも繋いでいるから、平気だよ」


 周りを見渡すと、花戸はなどさんと中吉なかよしさん、宇佐院うさいんさんと有馬城ありまじょうさん、ヨシノさんとリーネさん、遠江とおとうみさんと大間おおまさん、南出みないでさんと菊名きくなさん――会場にいる4年生は、みな1年生と手を繋いでいるようだ。


 妹のお披露目会なのだから、当然と言えば当然か。


「そうか、今日は『妹の日』だったね」


 ポロリちゃんと手を繋いだことは今までにも何度かあるが、周りに人がいるところで手を繋ぐのは初めてだ。大義名分があるとはいえ、おそらくかなり緩んでいるはずの自分の顔を見られるのは、少し恥ずかしい気もする。


「どの先輩からお披露目するの?」

「まずは、アシュリー先輩のところからかな」


 アシュリー先輩こと服部はっとり阿手裏あしゅり先輩は、この浴衣を作るにあたって、最もお世話になった先輩だ。ポロリちゃんの浴衣姿は既に見てもらっているので、髪型を改めてのご挨拶あいさつという事になる。


 アシュリー先輩は背が高いので、どこにいるのかは、すぐに分かった。

 正面にある舞台の右袖みぎそでの階段前で、青い浴衣姿。

 同じく浴衣姿の2人と会話をしているようで、1人は手芸部部長の針生はりうねる先輩。

 もう1人は、おそらく2年生だと思うが、こちらに気付いて手を振っている。


「ポロリちゃんの知り合い?」

「2年生のヤナさんだよ。アシュリー先輩の妹さんなの」


 ヤナさんと呼ばれた浴衣姿の2年生は、僕達を笑顔で迎えてくれた。


「ダビデ先輩、姉がいつもお世話になっています。2年生の本間ほんま耶那やなです」


 なるほど、敬称が先輩だと「嫌な先輩」に聞こえるから「ヤナさん」なのか。


「いえ、いつもお世話になっているのは僕の方で――」

「甘井君、お待ちしておりました。――アシュリ、頼みましたよ」

「はい。ダビデさん、捕まえました」


 本間さんと会話をしている隙に、アシュリー先輩に捕まった。


 4月に被服室で強制採寸されたときと同じように、アシュリー先輩から羽交い締めにされて、背中におっぱいを押し当てられており、抵抗できない――というか、抵抗する気がおきない。


「え? アシュリー先輩、これは何のおつもりですか?」

「ヤナは、ポロリちゃんと一緒に、そこで待っていてね」

「はいっ、承知しました!」


 アシュリー先輩はそのまま舞台への階段を上がり、僕は舞台袖の控室に連れ込まれた。


 ――バタン。


 針生先輩に扉を閉められ、部屋の中は、ほぼ真っ暗だ。


「何をするんですか⁉」


 制服のワイシャツのボタンを全て外され、靴とズボンも脱がされる。

 2人掛かりでワイシャツと同時に、靴下まで脱がされて絶体絶命の状況だ。


 またパンツまで脱がされてしまうのだろうか――と思ったところで、今度は服を着せられ、控室の明かりがいた。


「どう? きつくない?」


 針生先輩が、僕の腰に帯を巻いている。

 どうやら、男性用の浴衣を着せられたようだ。


「はい。えーと、この浴衣は……?」

「はい、『ネルネル』こと針生ネルから、後輩へのプレゼントです」


 針生先輩は「ネルネル」と呼ばれているらしい。

 そう呼ばれているところを、僕は見たことがないのだが。


「いいんですか? こんな素敵な浴衣を着せていただいてしまって」


 自分で浴衣を作ってみたので分かるが、これは僕の作った浴衣とは比べ物にならない出来だ。


「男性の象徴シンボルを採寸させていただいたお礼がまだでしたし、甘井君は4年生からの編入で、浴衣も作ってもらっていないようでしたので、私が作ってみました」


「ダビデさん、制服は後ほどお返ししますから、今日は妹の日を楽しんで下さい」

「甘井君のエントリーナンバーは8番でしたね。応援していますよ」

「ありがとうございます」


 控室から出ると、かわいい妹が本間さんと一緒に僕を待っていてくれた。


「わっ! お兄ちゃんも、浴衣になってる!」


「針生先輩が着せてくれたんだけど、どうかな?」

「うん、とってもカッコいいの」

「さすがダビデ先輩。浴衣もお似合いですね」


「ありがとうございます。本間さんも浴衣がとてもよく似合っていると思います」

「お目が高いですね。この浴衣は、昨年の品評会で金賞を頂いた浴衣なんですよ」


「そうでしたか。それなら、よく似合っていて当然でしたね」

「こうしてダビデ先輩とお話ができるのも、姉のお陰です」


「アシュリー先輩には、よろしくお伝えください。――じゃ、ポロリちゃん、この格好で次に行こうか」


「うんっ。――ヤナさん、お兄ちゃんは8番なの」


 ポロリちゃんは、自分の胸に付いている丸い番号札を本間さんに見せている。


「ダビデ先輩は8番ですね。ちゃんとメモしておかないと」

「本間さん、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 僕達は本間さんに礼を言って、その場を後にした。



 次のお披露目相手は「ジャイアン先輩」こと6年生の心野こころの智代ともよ先輩。

 隣にいるのは「ジャイコちゃん」こと3年生の藤屋ふじやいこさんだ。


 2人とも浴衣は着ておらず、セーラー服姿である。

 この姉妹は、妹のほうが体が大きく、背もわずかにジャイコさんのほうが高い。


「ふふっ、ミチノリ君もポロリちゃんも、浴衣がよく似合うね」

「これ、ホントにダビデ先輩が作ったんですか? 超かわいいじゃないですか!」


 ジャイコさんが驚いているが、無理もない。


 僕の作った浴衣が、ポロリちゃんが着ることによって「超かわいい浴衣」に変化する――これは「ポロリ・エフェクト」と呼ばれる現象で、みすぼらしいTシャツもイケメンが着ればカッコよく見えるのと全く同じ原理だ。


「えへへ、この髪もお兄ちゃんに編んでもらったの」 

「いいなあ。私もお姉さまに編んでもらおうかな」

「いいけど、タダじゃやってあげないよ」


「えーっ? どうすればいいの?」

「イコが先に私の髪を編んでくれたら、やってあげる」


「やっぱり面倒だからなしで」

「でしょ?」


 なんというか、ジャイアン先輩らしい受け流しだ。


「トモヨお姉ちゃん、お兄ちゃんは8番なの」


 ポロリちゃんは、健気に僕のエントリーナンバーをアピールしてくれている。


「ミチノリくんとポロリちゃんのペアなら、多分ほっといても金賞だろうから、私はミユキに1票入れさせてもらうけど、悪く思わないでね」


 ジャイアン先輩は天ノ川さんに投票するつもりらしい。


「ポロリちゃん、私は、ダビデ先輩に1票入れますよ」

「えへへ、ありがとうございます」


 ジャイコさんは、いつも通りのニコニコ顔だった。



 続いて、近くに見えた紫色と黄色の、浴衣の姉妹に挨拶する。

 僕の所属する管理部の部長である下高したたか音奈おとな先輩と、妹の搦手からめて環奈かんなさんだ。


「ダビデさん、これは見事な浴衣ですね」


 下高先輩が褒めてくれたのは、僕が着ているほうの浴衣だった。


「はい。先ほど針生先輩に着せて頂きました」

「そうでしたか。とてもよくお似合いですよ」

「お姉さま、ポロリちゃんの浴衣もかわいいでしょ?」


「カンナ、かわいいのは浴衣ではなく、着ているポロリさんのほうです。よく見て正しく評価して差し上げないと、おふたりに失礼ですよ」


 どうやら下高先輩には「ポロリ・エフェクト」は通用しないようだが、僕としては浴衣を褒められるよりもずっと嬉しい。さすが管理部の部長さんだ。


「そうか、そうなると、私は誰に投票したらいいんだろう? リーネちゃんの浴衣もかわいかったし……となるとヨシノ先輩かなあ……」


「カンナ、よく考えるのはいい事ですが、口には出さないほうがいいですよ」


 リーネさんは先ほど見かけたが、やはり浴衣がとても似合うようだ。

 ここは票を取れなそうなので、次へ移ることにしよう。



上佐うわさ先輩、僕のかわいい妹です。よろしくお願いします」


 いつも僕が髪を切ってもらっている、5年生の上佐はな先輩に頭を下げる。

 上佐先輩は制服姿で、隣にいる杉田すぎた流行はやりさんは丈の短いミニスカ浴衣だ。


「さっきミユキちゃんとカノジョちゃんも来たけど、妹ちゃんもうわさ以上だね」

「えへへ、お兄ちゃんは8番だから、よろしくお願いします」


「もちろん、私はダビデ君に1票入れるつもりだよ。――ねえ、ハヤリ」


「うっ……私はユメちゃん先輩に入れておかないと後が怖いので……ダビデ先輩、ハヤリは悪い子でごめんなさい」


「いえ、気にしないでください」


 投票する側にも、いろいろと事情があり、気を遣わなくてはならないようだ。

 それに、どう考えても裁縫の技術は花戸さんのほうが僕よりずっと上である。

 僕の方こそ妹頼りで票を集めている悪い男だ。



 上佐先輩と同室の乙入おといりちか先輩と尾中おなか胡桃くるみさんは、探すまでも無く向こうから近づいて来た。


「キャー、ダビデ君の妹ちゃん、めっちゃかわいいっ!」

「えへへ、お兄ちゃんは8番だから、よろしくお願いします」

「入れる、入れる。クルミも入れるでしょ?」

「もちろんですよ。いつも正露丸をご馳走ちそうしてくれるお礼です」

「ありがとうございます」


 こちらは2票もらえそうだ。



「ダビデさん、調子はどうだい?」


 次は誰の所へ挨拶に行こうか迷っていると、升田ますだ知衣ちい先輩に声を掛けられた。

 僕の良きアドバイザーであり、親しくしてくれている先輩である。


「お陰様で、かわいい妹の評判は上々です」


「投票できる有権者数は1年生と4年生を除いた72人だから、36票以上取ることが出来れば金賞は確定だ。そのくらい、ダビデさんなら楽勝だろう?」 


「だといいんですけど……」

「私とチカナで2票。微力ながら応援するよ」

「ありがとうございます」


 こうなってくると、もはや浴衣の出来は無関係で、ただの人気投票である。

 あとは、ひたすら2人で体育館内を笑顔で歩き回るだけだった。


 時間一杯まで、かわいい妹と2人で楽しく回れたし、僕としては頑張れたつもりだが、36票も取れただろうか。あとは運を天に任せ、結果発表を待つだけだ。

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