第130話 楽しみにしていてくれたらしい。

「お兄ちゃん、おはよう」


 朝起きて、最初に顔を合わせたのは、パジャマ姿のかわいい妹だ。

 髪はツインテールには結われておらず、小さな背中に届いている。


 ルームメイトは3人なので、最初にポロリちゃんと会う確率は、単純に考えれば3分の1だが、それぞれが「同様に確からしい」わけではなく、最も確率が高いのが天ノ川さんで、次がネネコさん、ポロリちゃんは3人の中では最もレアである。


「おはよう、ポロリちゃん。朝の仕事はお休みなの?」

「うんっ、今日は、パンの日なの」


 その理由は、ポロリちゃんが料理部員で、寮の朝食を作ってくれているからだ。

 今日は朝食がパンの日なので、休みがもらえたらしい。


「ポロリちゃんも、たまにはゆっくり寝ていればいいのに」


 寝る子は育つというが、ポロリちゃんは逆に、いつも早起きだから、こんなに体が小さいままなのではないだろうか。


「えへへ、ずっと楽しみにしていたから、早く目が覚めちゃったの」


「そうか、今日が約束の日だったね。今から準備してもらってもいい?」

「うんっ、ミユキ先輩とネコちゃんには、もうお願いしておいたから」


「根回しも万全か。僕は顔を洗ってくるから、先に座って待っていて」

「ポロリはゴムを用意するね」


 洗面所に入ると、奥では天ノ川さんとネネコさんが、洗濯物を仕分けし、下着類を洗濯用のネットに入れている。この作業に関しては基本的に2人にお任せだ。


 僕のトランクスは洗濯用のネットに入れる必要はなく、そのままつまんで洗濯機に入れてくれているらしい。


「おはよう。2人とも、いつもありがとう」


 2人に声を掛けてから、手と顔を洗う。


「ミチノリ先輩、遅かったね。ロリが待ってたでしょ?」

「ポロリちゃんは、朝から張り切っているみたいだね」


「ふふふ……甘井さんは品評会の金賞候補ですから、無理もありません」

「僕なんかが金賞をとってしまったら、申し訳ない気がしますけど……」


「え? ボクのお姉さまが、お裁縫でミチノリ先輩に負けるわけがないじゃん」

「ネネコさん、そのセリフは『死亡フラグ』というものです」


「マジで? お姉さま、死んじゃうの?」

「ふふふ……冗談です。でも、甘井さんには勝てる気がしません」


「ミチノリ先輩の作った浴衣ゆかたって、そんなにスゴイの?」


「手芸部の先輩に教わった通りに作っただけだから、僕がすごいってわけじゃないんだけどね。――それじゃ、今から少し時間いただきます」


 洗面所から出ると、ポロリちゃんは部屋の一番奥の自分の席に座っていた。

 僕の席はその右隣、奥から2番目の机だ。


「おまたせ、じゃあ、向こう向いてもらっていい?」

「えへへ、よろしくお願いします」


 今日、9月6日は「妹の日」だ。


 優嬢ゆうじょう学園では妹の日のイベントとして、放課後に体育館で、4年生が作った浴衣の品評会を兼ねた、1年生の浴衣姿のお披露目会が行われる。


 そのお披露目会に合わせて、僕から、かわいい妹へのプレゼントとして、髪を三つ編みに結んであげる事にしたのだ。


「だいぶ長くなったね。これくらいあれば丁度いいと思うよ」


 ポロリちゃんの細くて柔らかい髪を手櫛てぐしでとかす。


 実は、ポロリちゃんと約束したのは、もう4か月も前の事。 (第69話参照)

 あれからポロリちゃんの髪は5センチくらい伸びているようだ。 


「きゃはっ、そこは、ちょっとだけ、くすぐったいかも」

「このあたり?」

「きゃははっ。ダメだよぉ、お兄ちゃんのエッチ」


 どうやら、僕の妹は首すじが弱いらしい。


「あはは、ごめん、ごめん」


 ポロリちゃんは、普段からツインテールなので、後ろ髪は自然に左右半分ずつに分かれ、後頭部には縦に真っすぐな分け目が入る。


 三つ編みの作り方は、ゴールデンウィークにハテナさんが101号室に泊まりに来たときに編んであげる事になり、天ノ川さんから教わった。 (第68話参照)


 ポロリちゃんの首すじから、ほんのりと香るフルーツのような甘いにおいは、この寮に初めて来た日の夜、僕の枕に残っていた匂いと全く同じだ。 (第8話参照)


「お兄ちゃん、今日の品評会、金賞……とれるといいね」


「浴衣の出来については、そこまでの自信は無いけど、浴衣を着てくれるモデルさんが飛び抜けてかわいいから、多分取れるんじゃないかな?」


 浴衣の品評会といっても、浴衣の出来の良さなんて遠目には分からないはずだ。


 全校生徒の投票で決めるという事ならば、浴衣の出来よりも、浴衣が妹に似合っているかどうかのほうが重要視されるだろう。


「えへへ、すごいプレッシャーなの」


「もし取れなかったら、その時は僕のせいだから、思いっきり殴ってもいいよ」

「そんなことしないよぉ!」


「でも、僕はそのくらい自信があるから」

「えへへ、ポロリもね、お兄ちゃんが1番だって思っているの」


 左側の髪を編み終わったので、ほどけないようにヘアゴムで留める。

 今のところ順調だ。


「はい、今度は反対側ね」


 ポロリちゃんのサラサラな髪を両手で優しく束ねる。


「きゃはっ、そこも、ちょっとだけ、くすぐったいかも」

「このあたり?」

「きゃははっ。ダメだよぉ、お兄ちゃんのエッチ」


 どうやら、僕の妹は耳の後ろも弱いらしい。

 でも、口では「ダメ」と言いながら、喜んでいるようにしか見えない。


「あはは、ごめん、ごめん」


 兄心をくすぐられた僕は、ポロリちゃんの頭全体をナデナデする。


「えへへ、もっとなでて」


 こんなことをしてたら三つ編みは完成しないのだが、僕はこのままポロリちゃんの髪をで続けていたい気分だった。


 ポロリちゃん、いつも僕のかわいい妹でいてくれてありがとう。

 エッチなお兄ちゃんでごめんなさい。






 そして、その日の放課後。


「お邪魔しまーす」

「うわ、ロリのその格好、エロくね?」


 101号室の洗面所でポロリちゃんの着付けの準備をしていると、天ノ川さんとネネコさんが一緒に入ってきた。


「今、お着替え中なの! ネコちゃんのエッチ!」


 ポロリちゃんはスカートだけ脱いだところで、上はセーラー服で下はパンツ。

 ネネコさんのおっしゃる通りだ。


「甘井さん、私たちも、お隣で着付けしてもよろしいですか?」

「ネネコさんが嫌じゃなければ、僕は構いませんけど」

「ボクがそんな事、気にするわけないじゃん。パンツまで脱ぐわけじゃないし」

「気にしないとダメだよぉ!」


 ポロリちゃんには女の子としての恥じらいがあるようだが、ネネコさんは相変わらずだ。


「ネネコさん、着物を着るときは、パンツは脱ぐものですよ」

「マジで? それだとミチノリ先輩に見られちゃうじゃん」


 とはいえ、いくらネネコさんでも、僕の前でパンツを脱ぐのは、やはり恥ずかしいようだ。


「お兄ちゃん、ポロリもパンツを脱いだ方がいい?」

「いや、それはいくらなんでも……」


 ポロリちゃんの場合は、僕がお願いしたら本当にパンツまで脱いでくれそうな気がする。兄としては、悪い人にだまされてしまわないか、とても心配である。


「ふふふ……もちろん、冗談です。2人ともお尻が小さいですから、パンツのラインが目立つという事もないでしょうし、そこまで気にする必要もありません」


「パンツは脱がなくていいのかー。ボク、マジで驚いたよ」


 ネネコさんはそう言いながら、ポロリちゃんの隣でセーラー服を脱ぎ始めた。

 下着姿の1年生が2人、しかも洗面台の大きな鏡の前だ。

 2人の前と後ろが同時に見える状況で、かなり目のやり場に困る。

 ここは、かわいい妹に、すぐに浴衣を着せてしまうのが最善の策だろう。

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