第128話 寮にはガチな生徒もいるらしい。

 新学期初日の授業は特に何事も無く終わり、101号室の4人は、夕食後も朝食後と同じように、いつもの席で座談会。話題は、今日の席替えの結果報告だ。


「ボクは窓ぎわの席が好きなんだけどさ、教室の窓って、景色悪すぎじゃね?」


 ネネコさんは前回の試験で見事3位の成績を収め、今日の席替えでは、窓ぎわの席を選んだらしい。


「ほぼ壁しか見えないよね。校庭は廊下側だし、しょうがないんじゃないの?」


 校舎の2階にある教室の窓から見える景色は外壁だけで、面白みは全くない。

 僕にとっては、お嬢様方の後ろ姿のほうが、ずっといい景色だ。


「ポロリはね、初めてネコちゃんの隣の席になったの」

「そうなんだ、それは良かったね」


 4位の成績だったポロリちゃんは、ネネコさんの隣の席を選んだようだ。


「あのルールだとさ~、隣の人を選べる分、4位のほうが得じゃね?」

「まあ、たしかに席を先に選べても、好きな人の隣は選べないからね」


 席替えで最も重要なのは「どこに座るのか」ではなく「隣に誰が座るのか」だ。


「お兄ちゃんは、クラスに好きな人がいるの?」


「好きな人」という言葉に、ポロリちゃんがすぐに反応する。

 これは余計な一言だったかもしれない。


「嫌いな人は1人もいないから、そういう意味では全員が好きな人だけど……」


 普通の共学校にいたらトップレベルの美貌ルックスの持ち主がズラリとそろっているのだから、僕としては順位を付けられない。


 決して「誰でもいい」わけではなく「誰もがいい」のだ。


 強いて選ぶなら天ノ川さんなのかもしれないが、僕にとっては「良きリーダー」であり「ネネコさんのお姉さま」でもある。好きというのもおこがましい感じだ。


「好きな人の近くに座りたいのでしたら、たしかに4位が有利かもしれませんね。その好きな人が3位以内に入っている事が条件になりますけど」


「お姉さまは、好きな人がいるの?」

「ふふふ……もちろん、いますよ」


「ウソ? マジで? まさかミチノリ先輩じゃ……」

「ふふふ……ネネコさんに決まっているじゃないですか」


「えへへ、お兄ちゃんとポロリも『仲良し』なの」


 ――仲良し。


 上佐うわさ先輩の話を聞いてから、その言葉を聞くと、一瞬ドキッとしてしまう。


「姉妹以外でも、寮の廊下で手を繋いでいる人とか、結構いますよね?」


「そうですね。この寮には男子が甘井さんしかいませんから、そうなってしまう子も多いみたいです」


「そうなってしまう、とは?」


「女の子同士で……とは言っても、ほとんどが『ゆるゆり』な程度ですが、中には『ガチな子』もいるみたいですよ」


 生娘寮のお嬢様同士で「ゆるゆり」状態なのは、傍観者である僕としては、心がいやされる光景だ。


 僕の知る限りでは、2年生の安井やすいさんと浅田あさださん、3年生の信楽しがらきさんと鯉沼こいぬまさんあたりは、そんな感じに見える。


「ガチな子」は、きっと僕から遠い存在なので、普段は接点がないのだろう。


 天ノ川さんとネネコさんは「ゆるゆり」の範疇はんちゅうを超えている気もするが、これは天ノ川さんが教育熱心である事に加えて、ネネコさんが「おっぱい大好き」なだけで、決して「ガチな姉妹」ではない。


「お兄ちゃん、『ゆるゆり』ってなあに?」


「緩い百合ゆり。つまり女の子同士で『仲良し』……だとガチなほうか、例えば、2人でハグしたり、手を繋いだり……とかかな?」


「えへへ、ポロリは女の子同士より、お兄ちゃんといっしょのほうがいいかも」


「女の子同士だと『ゆるゆり』か~、男の子同士だと、何ていうの?」

「『ゆるばら』……でしょうか? 甘井さんは御存じですか?」


 なんかお腹をこわしているみたいな感じにも聞こえるが、腹ではなくて薔薇ばらだ。


「『ゆるばら』……でいいんですかね? 僕は、あまり関わりたくないですけど」


 この学園の文芸部の皆さんなら、きっと喜びそうではある。 (第74話参照)


 僕は他人の趣味に口出しするつもりは一切無いし、本人の自由だとは思う。

 だが「ゆるばら」な光景というのは、ビジュアル的にどうだろう。

 そして、中には「ガチな人」もいたりするのか。


 ――ここが男子校じゃなくて、本当に良かった。






 座談会の後は、警備員のお姉さんとの待ち合わせだ。


 ルームメイトの3人には「校舎のほうに呼ばれている」という説明だけで、特に怪しまれずに座談会の途中で席を外す事が出来た。


 101号室に戻って歯を磨き、念のためにシャワーを浴びてから、体操着に着替える。前回の続きだとすると、あの馬の着ぐるみを着せられるのかもしれない。


 寮の玄関を出て、薄暗い中、校舎へと向かう。

 管理部の仕事のお陰で、この時間に校舎へ行くのにもだいぶ慣れた。


 昇降口で靴を履き替えて校舎の中に入ると、売店の前に人影がある。

 あの小さな体に長い髪は――パジャマ姿のリーネさんだ。


 仕事を手伝いに来たわけではないので、どうしたものかと思ったが、リーネさんはそわそわしながら「ぷ●ちょ」というグミのお菓子を1つだけ買い、「おやすみなさい」と僕に挨拶あいさつして、すぐに帰ってしまった。僕としては、一安心である。


 人に見られないように慎重に左右を確認してから、売店の横の階段を上る。

 階段を上って、最初の部屋が被服室で、2つ目の部屋が演習室だ。


「甘井さん、ちょっと待って! 今、着替え中だから」


 僕が中に入ろうとすると、体操着姿の長内おさない先生に止められた。


 ――着替え中?


 長内先生がここにいるという事は、中で着替えているのは警備員のお姉さんか。


「長内先生、今日は、ここで何をするんですか?」


「もちろん性交演習よ。今日は『本番を想定して』やってみるから、甘井さんも協力してね」


 ――本番を想定して?


 もしかして、前回はただの練習で、本番は、もっと生々しいのだろうか。


「はい。それで、具体的にはどういう事をすればいいんですか?」


「私の授業を受けているつもりで見て欲しいの。オトコの人から見て『それは違うんじゃないか』とか『その通りだ』とか、気付いた点があったら教えてね」


「分かりました」

「2人とも着替え終わったみたいだから、もう中に入ってもいいみたい」 


 ――2人とも?


 警備員のお姉さんと、あと1人はいったい――


「ダビデさん、おまたせ。どう? 似合っていますか?」

「――!」


 演習室の入口で迎えてくれたのは、発情した種馬の着ぐるみ。

 馬の首の位置に見える顔は、アシュリー先輩こと服部はっとり阿手裏あしゅり先輩だ。


 自分で着た事もある着ぐるみなのに、僕は、あまりの衝撃に声も出なかった。


「答えないと、これを、お尻に差しちゃいますよ」

「やめてください。先輩にそんな格好、似合う訳ないじゃないですか」

「そうかな? 私は結構かわいいと思うんだけど」


 本人は楽しんでいるようではあるが、僕の中にあったカッコいいアシュリー先輩のイメージがガラガラと崩れていく。


 背は学園で最も高く、髪も天ノ川さんと競えるくらいに長い。

 僕の裁縫の師匠であり、裁縫以外の事も何でも出来る、あこがれの先輩だ。


 この着ぐるみ姿は、いくらなんでも酷すぎる。

 僕としては泣きたいくらいだった。


「甘井さん、アタシのほうはどう? まだいけるっしょ?」


 警備員のお姉さんは、優嬢ゆうじょう学園の夏服姿。

 おそらく、アシュリー先輩の制服なのだろう。


 アシュリー先輩より少し背が低いので、服の丈は若干長めに見えるが、胸やお尻の大きさは2人ともほぼ同じなので、サイズは丁度よさそうだ。


「はい。まだ全然いけると思います」


 普段の警備員さんはロングパンツなので、脚が見える格好は新鮮だ。

 寮の生徒と比べ、太ももがむっちりしているのは、オトナの魅力である。


「半年前までは、アタシも似たようなカッコしてたからね」

新家しんやさんは、私より2つお姉さんなのですね。今日はよろしくお願いします」


 アシュリー先輩が頭を下げると、馬の頭が警備員さんの鼻をかすめる。

 警備員さんは驚いて1歩下がった。


「アタシのほうは『初めて』という設定だから、優しくしてよ」 

「私も『初めて』なので、下手だったらごめんなさい」


「それじゃ、新家さんの服は、こちらで預かるから、2人は隣のベッドに靴を脱いで上がって下さい。――甘井さんは、私の隣に座ってね」


「分かりました」


 演習が行われるベッドの、隣のベッドに、長内先生と一緒に並んで座る。

 いよいよ、本番を想定した性交演習の予行演習の始まりだ――


 次回、第129話は「エロ注意」の話となりますので、下ネタが苦手な方および15歳未満の方は、第130話にお進みください。それでは、ごきげんよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る