第6章 学園生活 秋

9月の出来事

第127話 また同じ席は面白くないらしい。

 9月になり、今日から2学期だ。

 長かったはずの夏休みも、終わってみればあっという間だった。


 101号室の4人は、1学期と同じように、食堂のいつもの席に座っている。


 1学期と違うのは、天ノ川さんとネネコさんの肌の色と、ポロリちゃんのツインテールの長さくらいだろうか。


 朝食を終えて、いつものように座談会が始まる。


 話題は、隣のテーブルで食事をしているパジャマ姿の2人組。

 保健体育の長内おさない心炉こころ先生と、夜間警備員の新家美晴しんやみはるさんだ。


「お姉さま、ココロちゃんと一緒にいる人って、誰だっけ?」

「長内先生とご一緒している方は……前にも見かけたような気がしますが……」

「あのお姉さんは、警備員のお姉さんなの」


 長内先生のパジャマ姿は、寮でよく見られる光景で、体操着姿のときと同様に、完全に生徒と同化している。


 警備員のお姉さんのパジャマ姿は初めて見るが、こちらも意外と馴染なじんでいる感じだ。違和感がないのは、髪の色が金髪に近い茶髪ではなく、黒髪だからだろう。


「髪の色が黒くなってますね。夏休み中は、もっと明るい色だったはずですけど」

「そうですね、私がお盆前に見かけたときは、もっと明るい色でした」

「そっか~、だから、わかんなかったのか~」


「お兄ちゃん、2人とも、こっちにくるよ」

「もしかして、僕達の声が聞こえちゃったかな?」


 夜間警備員のお姉さんは、夏休み中だけの期間限定だった気がする。

 だとすると、今日でお別れなのだろうか。


「おはようございまーす!」

『おはようございます』


 長内先生の元気な挨拶あいさつに、4人で答えて、軽く頭を下げる。


「甘井さん、ちょっといい?」


 そして、警備員のお姉さんから声を掛けられた。

 僕は席を立って、テーブルから少し離れた場所までついていく。


「髪切ったんだ? ずいぶんサッパリしたね」

「はい、昨日先輩に切ってもらいました」


「アタシは黒髪に戻してみたけど、どうかな?」

「前の方が目立っていましたけど、僕は今の髪の色の方がいいと思います」


 以前は少し怖そうだったが、髪が黒いだけで大人しそうな感じに見える。


「目立つ必要は特にないからね」

「もしかして、お仕事は今日までですか?」


「最初はその予定だったんだけど、金銭トレードで、学園がアタシを派遣会社から引き取ってくれる事になって、今日からは警備員を兼ねた学園の職員だから」


「そうだったんですか。それって、いい事なんですか?」


「もちろん。家賃は掛からないし、給料もいいし、朝食もおいしいし、仕事も楽そうだし、いい事ずくめだよ」


「それは良かったですね。おめでとうございます」


「それで、早速職員としてのお願いがあるんだけど、いいかな?」

「はい、僕でお役に立てるのでしたら」


「じゃ、今日の夜8時に演習室まで来て」

「分かりました」


 長内先生は警備員さんの横で、ずっと無言だったが、僕が返事をすると、2人はこちらに軽く頭を下げて去って行った。


 ――もしかして、前回の続き? (第108話、第109話参照)


 それしか僕には心当たりがないので、少し体温が上昇した。

 そうでなかったとしても悪い話ではなさそうなので、楽しみにしておこう。


 テーブルに戻ると、3人からの質問攻めだ。


 すべてを話すわけにもいかないが、うそもつきたくはないので、3人には差し支えないところだけを説明して、朝の座談会は終了となった。






「甘井さん、少し早いかもしれませんけど、そろそろ出ましょうか?」

「そうですね。――じゃ、僕たちは先に行くけど」

「ボクも一緒に行くよ」

「ポロリも準備出来たの」


 新学期初日は、授業開始の前に席替えが行われる。

 席替えの日は30分早く集合するのが、ここでのルールだ。 (第79話参照)


 前回の席替えでは遅刻ギリギリになってしまったので、今回は4人で一緒に早めに部屋を出ることにした。


 ほとんどの生徒は数日前から寮に戻っており、クラスメイト達とは既に顔を合わせているが、4年生の教室に入るのは久しぶりだ。


「ダビデ君、ミユキちゃん、おはよう!」


 天ノ川さんと一緒に教室に入ると、先に教室にいた花戸はなどさんから挨拶された。


「花戸さん、おはようございます」

「おはようございます。ユメちゃん、今日は早いのですね」


 席替え前の僕の席は、後列の左から3番目。

 通路を挟んで左隣が天ノ川さんの席で、花戸さんは僕の前の席だ。


 天ノ川さんの言う通り、花戸さんが先に教室にいるのは珍しいかもしれない。

 しかも誰かと一緒ではなく、花戸さん1人だ。


「うんっ、ちょっとダビデ君に『お願い』があるんだけど、いいかな?」

「僕に出来る事でしたら構いませんけど、どんな『お願い』ですか?」


 花戸さんには浴衣ゆかた作りの際に協力してもらった。

 今度は僕が返す番だ。


「席替えの事なんだけど、ダビデ君は最初に好きな席を選べるでしょ? それで、この席を選んで欲しいの」


 前回の試験の成績上位者は、席替えの際に好きな席を選べるというのが、この学園のローカルルールだ。今の席も自分で選び、なかなかいい席だった。


「そこは花戸さんの聖地じゃないですか。僕なんかが選んでもいいんですか?」

「ふふふ……ユメちゃんは、3年生の3学期も、同じ位置でしたね」


「でしょ? くじ引きだといつもこの辺りの席になっちゃうから、たまには他の席に座りたいの。だからお願い! ダビデ君が無理ならミユキちゃんでもいいから」


 クラスの中心的存在である花戸さんには、クラスの真ん中の席がよく似合う。 

 そう思っていたのは僕だけで、本人としては飽きてしまったようだ。


 花戸さんは「くじ引きだと自分が必ず真ん中あたりの席を引く」と思い込んでいるらしい。確率としては18分の2だから、11%くらいか。


 1学期の前半は出席番号順だったので、花戸さんの席が真ん中なのは必然だ。


 くじ引きで全く同じ席になったのは単なる偶然なのだろうが、それでも、そこに僕が座ってしまえば、また同じ席になる確率は0%になる。


 くじの交換は不正行為だが、僕が席を選ぶのは自分の意思だ。

 花戸さんの「お願い」も不正行為ではなく、ただの「根回し」である。


「分かりました。僕は花戸さんが今座っている席を選ぶ事にします」

「ホント!? ありがとうダビデ君。これでやっと違う席に座れるよ!」


 こんな簡単な事で喜んでもらえるのなら、僕としても嬉しい事だ。




 4年生の全員が教室の後ろに集まり、席替えが始まる。

 司会進行役は、例によって広報部のヨシノさんだ。


「それでは、学年トップの甘井ミチノリさんから、どうぞ!」

「はい。僕はこの席がいいです」


 2学期最初の席替えは、僕が「花戸さんの聖地」を選ぶところから始まった。

 つまり、僕の席は1つ前に動いただけだ。


 教室がどよめいている中で、花戸さんは僕に笑顔を向けてくれた。


「続いて、学年2位! 大石おおいしミサさん、どうぞ!」

「じゃあ、私はここ。――悪く思わないでね」


 大石さんは、最初から決めていたように、僕の右隣の席に座る。


 今回も前列の席を選ぶだろうと予想していた僕としては意外だったが、僕の隣を真っ先に選んでくれる人を悪く思えるはずもない。


「よろしくお願いします」

「……ユメちゃんに頼まれただけなんだから、勘違いしないでよ」


 僕が笑顔で挨拶すると、大石さんは小さな声で理由を話してくれた。


 なるほど、これで中央の席は2つともふさがれたわけか。

 花戸さんの「根回し」は万全だった。


「続いて、学年3位! 横島よこしまクロエさん、どうぞ!」

「えっと……、でしたら、こちら側で……」


 横島さんは僕の様子を伺うようにこちらを見ながら、僕の左側に立つ。

 もしかしたら、今回も右隣を選ぼうとしてくれていたのかもしれない。


「よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ……」


 僕は笑顔で横島さんの選択を歓迎した。

 どちらにせよありがたい事だ。


「それでは、学年4位! 天ノ川ミユキさん、どうぞ!」

「はい。私はこちらの席にします」


 天ノ川さんは僕の真後ろの席に腰を下ろす。


 僕を見守ってくれているという意味ではありがたいのだが、長くて綺麗きれいな黒髪が視界から外れてしまった事に関しては、少し残念である。


「ふふふ……甘井さんは肩幅も広いのですね」


 振り返ると、じっとこちらを見ていた天ノ川さんと目が合った。

 どうやら、見守られているというよりは、観察対象にされているようだ。


「残りはくじ引きです。引きたい人からどうぞ!」




 ――というわけで、くじ引きも終わり、全員の席が決まった。


 僕の周囲の席は、右隣が大石さん、通路を挟んで左隣が横島さん。僕の前が南出みないでさんで、その右隣が栗林くりばやしさん。真後ろが天ノ川さんで、その右隣が真坂まさかさん。


 花戸さんは、前列の一番廊下側、教室の入口に近い席になったらしい。

 2学期の教室も、なかなか面白そうだ。

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