第126話 仲良くするとは違う意味らしい。

 今日は8月31日。夏休み最後の日だ。


 目の前には、浴衣ゆかた姿の小さくてかわいい妹が立っている。赤い生地に白いお花の模様が入った浴衣は、微妙に七五三っぽい気もするが、それも悪くない。


「どう? 僕としては上手うまく出来たと思うんだけど」

「えへへ、サイズもピッタリだし、とってもかわいい浴衣なの」


 ようやく夏休みの課題が完成したので、僕の師匠、服部はっとり阿手裏あしゅり先輩の着付け指導のもと、寮の101号室で早速ポロリちゃんに浴衣を試着してもらった。


 手芸部の活動拠点である被服室に、連日お邪魔して頑張った成果だ。


「ダビデさん、よく頑張りました。初めてにしては上出来です」


「ありがとうございます。これもアシュリー先輩のご指導と、手芸部のみなさんのご協力のお陰です」


 針生はりう先輩は、アシュリー先輩に僕の指導をするように頼んでくれた。

 花戸はなどさんは、中吉なかよしさんの浴衣を作りながら、注意すべき点を教えてくれた。

 高木たかぎさんは、浴衣の生地や帯を選ぶときに、相談に乗ってくれた。

 杉田すぎたさんは、型紙を作るときに、厚紙を上手に切るコツを教えてくれた。


「この出来なら、来週に行われる品評会で、上位を狙えるかもしれませんよ」

「品評会? そんなのがあるんですか?」


「2年生以上の生徒が、1年生の浴衣姿を見て、浴衣の出来の良さを評価するのだけれど、毎年盛り上がるのよ」


「えへへ、ポロリも楽しみなの」


 アシュリー先輩と手芸部のみなさんのお陰で、本当に助かった。

 僕1人だったら、ポロリちゃんに恥ずかしい思いをさせてしまうところだった。


「それは、僕も楽しみです」

「浴衣には、この着物用のハンガーを使ってみてね」

「お借りしていいんですか? ありがとうございます」


 これは被服室に掛けてあった、肩の部分が真っすぐなハンガーだ。


「それじゃ、私は部室に戻ります。あっ、その前にハヤリから伝言があったんだ」

「杉田さんからですか?」


「『お姉ちゃんが呼んでいるから、今日中に204にいまるよん号室に来てください』だって。『服装は体操着でお願いします』だそうですよ」


「――という事は、上佐うわさ先輩からですね。分かりました」

「じゃ、伝えたからね。ポロリちゃん、お邪魔しました」


「アシュリー先輩、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ポロリちゃんと僕は頭を下げて、アシュリー先輩を見送った。


「お兄ちゃん、すぐに行っちゃうの?」

「そうだね。もともと体操着だから、着替える必要もないし」

「ポロリはお留守番なの」


「ごめんね。夕食までには帰れると思うけど、天ノ川さんとネネコさんにはよろしく伝えておいてね」


 天ノ川さんとネネコさんは、夏休み最後の日でも水泳の特訓中だ。


「うんっ、いってらっしゃい」

「いってきます」


 ポロリちゃんに挨拶あいさつして204号室へ向かう。

 5月に初めてお邪魔してから、今回で4回目だ。 (第70話参照)


「トン、トン、トン……」


 ノックをすると「は~い!」という元気な返事が聞こえ、すぐにドアが開いた。

 出迎えてくれたのは美術部の2年生、尾中おなか胡桃くるみさん。僕と同じ体操着姿だ。


「ダビデ先輩? よかった~。今トイレ掃除が終わったところなんですよ~。ピカピカですから、是非使ってみて下さい!」


 尾中さんはトイレ掃除が趣味なのだろうか。実に楽しそうだ。


「僕はトイレを借りに来たわけじゃなくて、上佐先輩に呼ばれたんですけど……」


「そんなの、わかってますよ~。髪の毛ボサボサじゃないですか~」


 なるほど、僕の髪が伸びているのを見た上佐先輩が、今日なら予定が空いているという事で呼んでくれたのか。


「そんなにボサボサですか?」

「ボッサボッサでーす! というわけで、はい、こちらへ、どーぞー」


 質問に答えてくれたのは、手芸部の2年生、杉田流行はやりさん。

 こちらはタンクトップとショートパンツ。下着っぽいが、部屋着である。

 髪型はオシャレだが、僕の言葉では説明できない髪型だ。


 部屋の中に通され、脱衣所まで案内された。

 洗濯物は干されていないが、ここはいつもいいにおいがする。


「ダビデ君、いらっしゃい。ごめんね、ギリギリになっちゃって」


 そして、美術部の5年生、上佐はな先輩は、Tシャツにショートパンツだ。


「そんな、僕としては、このくらいならまだ平気だと思っていましたから」


「担当美容師としては、ちょっと見逃せない長さかな。――ハヤリ、洗髪お願い」

「はーい。――ダビデ先輩、こちらへ座って下さい」


 杉田さんの指示に従って、浴室内の小さな椅子いすに、浴槽を向いて座る。


「お願いします」


 脚を開いて、体を前に出し、浴槽のフチに外側からあごを乗せるような感じで、浴槽の底をのぞき込む。


「いきますよー」


 温水のシャワーを少し頭に浴びた後、シャンプーの着いた小さな手で、頭をかき回される。こうやって杉田さんに髪を洗ってもらうのは、これで3回目だ。


 杉田さんは僕の左側でひざ立ちになって洗ってくれているので、ときどき僕の肩や背中に胸が当たってしまうが、お互いに気にしないのが暗黙のルールだ。


「はい、お疲れ様でーす」


 髪をタオルでいてもらい、頭を上げる。


 続いて、僕は隣の普通サイズの椅子に移動し、大きなポリ袋で作られた穴の開いたシートを頭から被せられる。杉田さんは部屋に戻り、ここで上佐先輩と交代だ。


「いつもと同じくらいの長さでいいかな? 9月はまだ暑いからね」

「そうですね。今回もお任せします」


 シャキ、シャキ、シャキ、シャキ……。上佐先輩は、僕の髪を切り始めた。

 上佐先輩の話は、いつも面白いので今回も楽しみだ。


「カノジョとは、何か進展あった?」

「いきなり、その質問ですか。あるわけないじゃないですか」


 上佐先輩の言う「カノジョ」とは、ネネコさんの事である。上佐先輩のもとへ集まる数々のうわさ話を総合すると、そういう結論が導き出されるらしい。僕は一応やんわりと否定したのだが「またまたー」とか言われて相手にされなかったのだ。


「どうして? 仲良く一緒に帰って、来るときも一緒だったんでしょ?」


 2人で食事はしたが、それは寮の食堂で既に経験済みである。(第52話参照)


「それは、そうなんですけど……それより、上佐先輩はどうなんですか?」


 質問に質問で返すのは、答えに困るときの常套じょうとう手段だ。

 この手の話題を振ってくる人は、自分自身にも何かある事が多い気がする。


 僕としては話すより聞く方がいいし、情報は与えるよりももらうほうが得である。


「えーっ? 私は、去年の夏から、幼馴染おさななじみと『仲良し』しちゃってるし」


 上佐先輩には、仲の良い幼馴染がいるらしい。この「仲良しする」という言葉、ネネコさんのお母様も使っていたが、どこの方言なのだろうか。


「『仲良くする』ことを『仲良しする』っていうのは、どこの言葉なんですか?」


「どこの言葉って……もしかして、東京じゃ『仲良しする』って言わない?」

「普通は『仲良くする』って言うと思うんですけど……」


「そういう意味じゃなくてさ、例えば、ダビデ君と私は『仲良く』はしてるけど、『仲良し』はしてないでしょ?」


「どう違うんですか?」


 僕は、鏡の中の上佐先輩の目を見て質問する。


「……真顔で言われると恥ずかしいんだけど、ホントに分かってないんだね」

「?」


 シャキ、シャキ、シャキ、シャキ……。

 会話が途切れると、涼しそうなハサミの音だけが聞こえる。


「『仲良し』っていうのは、つまり『えっち』の事だよ」

「えっ?」


 ――それって、つまり「仲良しする」=「性交えっちする」って事ですか?


 僕は、ネネコさんのお母様から「もう仲良ししちゃっているのですか?」と聞かれて、「はい、いつも仲良しさせていただいています」と答えてしまった。


「つまり、その……ね。愛し合う2人が一緒に同じベッドで……」


 ネネコさんのご両親には、すでに僕がネネコさんに●●を●●してしまっていると完全に誤解させてしまったという訳か。いったい僕はどうしたらいいのだろう。


「すみません。理解はしましたけど、あまりにショックだったもので……」


「ごめんね。私にカレシがいるの、今まで黙っていて。ダビデ君がそんなに落ち込むとは思わなかったから……」


 それも少しショックではあるが、上佐先輩なら元々カレシくらい、いたとしても全然不思議ではない。


「いえ、僕が勘違いしていただけで……」

「私……ダビデ君を勘違いさせちゃってたんだ……じゃあ、これで許してね」


 僕の頭の中にある悩みは、上佐先輩とは無関係なのだが、上佐先輩が僕を勘違いさせていたと勘違いしたようで、なぜか僕のほっぺたにキスしてくれた。


「上佐先輩! そんなことされたら、その幼馴染さんに申し訳ないですし、ホントに勘違いしちゃいますよ」


「あー、ごめん、ごめん。今のは後輩への愛情だから、誰にもナイショね」

 

 もちろん誰かに言うつもりなど全くないが、これも僕にとっては夏休み最後の素敵な思い出だ。明日から新学期。夏が終わっても、楽しみはまだまだこれからだ。





 ろりねこ【アマアマ部屋のロリと猫】

  第5章 「学園生活 盛夏」 完



 第6章「学園生活 秋」へ続きます。引き続きよろしくお願いします。

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