第125話 神社には言い伝えがあるらしい。

 森の中を通る道は昼間でも薄暗く、舗装された道路よりずっと涼しかった。


 2本の日傘は必要がなさそうなので、途中で折りたたんで、僕の持っている白いカバンにしまってある。隊列も元に戻り、天ノ川さんとネネコさんが前を歩き、僕とポロリちゃんが後に続く。


 相変わらず人の気配はないが、全方向からセミの声が聞こえるので、決して静かではなく、むしろ騒がしいくらいだ。




 5分ほど歩いたところで、分かれ道がある。


 一方はここで右に曲がる道で、車の通った跡が続いている。

 もう一方は真っすぐだが、車の通った形跡が無く、一面に雑草が生えている。


「神社へ行く道はこちらです」


 天ノ川さんは、そのまま真っすぐ進むようなので、僕達も後へ続く。

 道の幅は奥に進むほどに狭くなり、道を外れたら帰ってこれなそうな気がする。


「ここ、マジでヤバくね?」

「ポロリも、ちょっとだけ怖いかも」

くまは出なくても、いのししとか出たりしませんか?」


「猪は見たことがないですが、猿なら出ますよ。あと、森で一番危険な生き物は、スズメバチですから、うっかり巣を叩いたりしないよう、気を付けてくださいね」


 スズメバチか。もし遭遇したらどうすればいいのだろうか。

 蚊と違って虫よけスプレーでは防げない気がする。


 片道30分のお散歩にしては、かなりハードだ。

 4人とも装備なしの状態で、戦闘スキルも全くないのだから。




 分かれ道から、さらに5分ほど歩いたところで、前方に鳥居が見えた。

 神社の入口に到着したらしい。


「神社は、この上ですよ」


 鳥居の奥には石段が見える。かなり急な石段だ。


「ここが『生娘神社』ですか。そういえば、寮の名前も『生娘寮』でしたね」


「この辺り一帯の山は、昔から『生娘山』と呼ばれていたそうです。うちの学園祭の名称も『生娘祭』です」


 生娘山で行われる生娘祭。

 童貞の僕にとっては、心がかれる名称である。


「キムスメ山よりオムスビ山のほうがよくね?」

「ネネコさん、それはふりかけの商品名です」


「お兄ちゃん、キムスメって、なあに?」

「清らかな女の子って事。つまり処女と同じ意味だよ」


「ボクもキムスメなの?」

「僕に聞かれても困るけど、多分そうだと思うよ」


 これは、ただのボケなのだろうが、もし、そうではなかったとしたら、僕にとっては笑い事ではない。


「えへへ、ポロリもキムスメなの」

「ふふふ……私も、まだ生娘ですよ」


 ポロリちゃんも天ノ川さんも、地元にカレシが居たりはしないようだ。


優嬢ゆうじょう学園のある今のほうが『生娘山』な気がしますけど、ずっと昔からそうなんですか?」


「武士の時代に、時の権力者が器量のよい生娘を集めていた場所らしいです」

「そうだったんですか」


「年貢の代わりに娘を差し出す親がいた、という説や、災害を鎮めるための生贄いけにえとして、村で一番器量のよい娘が連れて来られていた、という説もあるそうです」


「それで、集められた娘たちはどうなったんですか?」


「権力者の為の側室養成所のような施設があって、そこで教育された後、権力者の元へ送られたそうです」


「その施設って、もしかして……」


「優嬢学園は、その跡地に建てられたようです。学園の周りの高い壁は、猛獣や災害の被害を防ぐ為というよりは、むしろ脱走防止の為だったのかもしれません」


「いろいろとひどい話ですね」


「ふふふ……あくまでもうわさ話ですから。それに、世継ぎを産んだら時期当主のお母様になれるわけですから、決して全てが酷い話でもないと思います」


 なるほど、貧しい家に生まれたとしても、女の子の場合は美人だったり、かわいかったりすれば一発逆転も可能なわけか。それは少しうらやましいかもしれない。


 もちろん一番羨ま……いや、ケシカランのは権力者のほうであるが……。


「お姉さま! 先に行っちゃうよー!」

「お兄ちゃんも、早く上ろう!」


 天ノ川さんと僕が話している間に、ネネコさんとポロリちゃんは階段を上り始めていた。2人ともスカートが短いので、下からだとパンツが丸見えだ。


「甘井さん、私たちも行きましょう」

「そうですね」


 天ノ川さんは僕の持っているカバンの中から日傘を取り出して広げ、僕を傘に入れてくれた。南向きの階段なので、日当たりがいいようだ。


「ふふふ……あまり上ばかりを見ていると危ないですよ」


 僕が何を眺めていたのか、天ノ川さんには、バレバレだったようだ。




 長い石段の上には、雑草の茂った広場があり、トンボがたくさん飛んでいた。


 ネネコさんがトンボを捕まえようと身構えており、ポロリちゃんが、その横で見守っている。


 ネネコさんは、草に止まっているトンボの背後からゆっくりと近付く。


 ――パシッ。


「ほら、簡単に取れるじゃん」

「ネコちゃん、すごーい!」


 素手でトンボを捕まえられるとは、なかなかの素早さである。


鬼灯ほおずきさん、こういう取り方もありますよ」


 天ノ川さんは日傘を閉じると、草に止まっているトンボの正面に立つ。


 そして、人差し指を突き出して、円を描くようにゆっくりと指を回しながら近づけて間合いを詰める。


 ――パシッ。


「お姉さま!?」


「ミユキ先輩、すごーい!」

「天ノ川さんがトンボを素手で捕まえられるなんて、意外でした」

「ボクも驚いたよ」


「ふふふ……私も小さかった頃は兄や弟と一緒に外で遊んでいましたから」

「もう1回やってみて下さい。僕もマネしてみますから」

「ポロリもやってみるの」


 この後、天ノ川さんからトンボの捕まえ方を教わり、僕も試してみたのだが、なかなか上手うまくいかなかった。トンボを捕まえるのにも慣れは必要らしい。


 ようやくキャッチできたトンボを、その場でリリースして、次は参拝だ。


「お兄ちゃん、おさいせんも入れるの?」

「せっかくだからね」


 ポロリちゃんは普段財布を持ち歩いていないようなので、僕の5円玉を渡す。


「ネネコさん、私たちも何かお願い事をしましょう」

「うーん、何がいいかな?」


 賽銭さいせん箱に各自小銭を投げ込み、両手を合わせる。

 僕の願いは「この3人が将来もっと幸せになれますように」だ。


 自分自身については、今現在この3人のお陰で幸せだし、将来については神頼みではなく、まだ見ぬパートナー頼みという事になるのだと思う。


「それでは、プルちゃんとお別れして、代わりを捕まえてきます」

「お姉さま、ボクも一緒に行くよ」


 天ノ川さんとネネコさんは社殿の裏へ回った。

 僕はポロリちゃんと一緒に神社の高台から下の景色を眺めている。


「お兄ちゃん、見て、見て、あんなとこに大きなおうちがあるの」


 ポロリちゃんの指差した家は、かなり大きな家だった。


「あー、さっきの分かれ道の先か。ホントに人が住んでいるんだね」


「こっちには、おサルさんもいるよ」

「えっ? あっ、ホントだ。しかも3匹?」


 野生のニホンザルか。襲ってきたりしないだろうか。

 猿たちは、鳥居の前を、こちらに向かって歩いてきている。


「1匹だけ白いおサルさんなの」

「真ん中の白いのだけ少し大きいみたいだけど……って、あれ人間じゃない?」


 どうやら、小学校の低学年くらいの女の子が2匹の猿を引き連れているようだ。


「ホントだー。女の子なの」

「あの猿はペットなのかな?」


「ミチノリ先輩、ロリと一緒に何見てるの?」


 ネネコさんが戻って来て、僕とポロリちゃんの間に入る。


「猿を連れた女の子がこっちに向かって来てるみたいなんだけど」

「うわっ、マジじゃん。階段上って来るし」


「お待たせしました。何かあったのですか?」


 続いて天ノ川さんが戻って来た。


「おサルさんと女の子が、こっちに来るみたいなの」

「女の子は小学校の低学年くらいだと思いますけど」

「もしかして、色の白い女の子ですか? たしか、まだ4歳だったはずですが」

「お姉さまの知り合い?」


「ええ、去年まで寮の育児室にいましたから。私が1年生の時に1歳で、それから3年間です」


「寮の育児室で近所の子を預かったりしていたんですね」


 つまり、育児室の卒業生で、寮にいる双子の赤ちゃんの先輩というわけか。


「あーっ!」


 階段を上り切った女の子が、驚いた様子でこちらを指差す。

 日本人にしては色白で、4歳児にしては背が高く見える。

 2匹の猿は、こちらを警戒しているのか、女の子の後ろに隠れている。


「ミザールちゃん、久しぶり」


 天ノ川さんが女の子に向かって手を振る。


「ミルキー!」


 ミザールちゃんと呼ばれた女の子は、天ノ川さんにかけよって胸に飛びつく。

 お供の2匹も女の子のマネをして、ネネコさんとポロリちゃんに飛びつく。


「うわっ、お前、ちょっと臭くね?」


 ネネコさんはイヤそうな顔をしつつも、サルをしっかりと抱きかかえている。


「ネコちゃん、ひどーい! こんなにかわいいのに」


 ポロリちゃんはサルを気に入ったようで、抱っこしてナデナデしていた。


「ねえミルキー、このヒトだれ?」

「このお兄さんはねー、うちの室長さん」

「しつちょー? まえのしつちょーさんは『おねえさま』だって、いってたよ?」

「お姉さまは宇宙人のお嫁さんになっちゃったから、もうここにはいないの」

「へー、そうなんだー」


 天ノ川さんの説明はかなりいい加減な気がするが、女の子は僕の顔を見て納得している様子だ。


「甘井さん、この子はサンダース先生のお嬢さんで、ミザールちゃんです」


 なるほど、近くの大きな家はサンダース先生の家だったのか。

 たしか衣替えのときに天ノ川さんが言っていた気がする。 (第78話参照)

 ちなみに、サンダース先生のフルネームは、オーサル・サンダースだ。


「僕は甘井ミチノリです」

「ボクは蟻塚ありづかネネコだよ」

「鬼灯ポロリです。おサルさん、とってもかわいいの」


「さんだーす、みざーるです。これは、トモダチの『おさるA』と『おさるB』」

「トモダチの名前、チョー適当じゃん」

「ふふふ……名付けたのは、うちの部長ですから」


 このネーミングは、ジャイアン先輩のセンスなのか。


 天ノ川さんの説明によると、春休みにジャイアン先輩と一緒にここに来た時は、先に「おさるA」と「おさるB」に遭遇し、ミザールちゃんの友達である事は後から知ったそうだ。


 この猿たちは2匹とも若いオスで、ペットという訳ではなく、勝手にサンダース先生の家の庭に住み着いており、意思疎通に関しては、ほぼ問題ないらしい。


 ミザールちゃん自身は、去年まで寮の育児室に遊びに来ていたのだが、今年の春からはお母さんの運転する車で幼稚園に通っているそうだ。


 今日は僕達が神社の階段を上っているのが見えたから来たというだけのようで、しばらくおしゃべりしてからの解散となった。


 予定より帰りは遅くなってしまったが、お昼にはなんとか間に合いそうだ。




「天ノ川さん、今日捕まえたアリジゴクの名前は決まったんですか?」


「はい。『プルツーちゃん』でどうでしょうか?」

「『おさるB』と、あまり変わらない気がしますけど……」


「ふふふ……それでもいいと思います。年輩の読者様なら、この名前をきっと気に入ってくれるはずですから」


 ……年輩の読者様? いったい誰の事だろうか?

 天ノ川さんには、僕には見えない世界まで見えているらしい。

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