第124話 路線バスは1日2本だけらしい。

 寮に戻って2日目。

 今日は、アマアマ部屋の4人で近くの神社まで散歩に行く事になった。

 これは昨日決まった事で、経緯はこんな感じだ。




「甘井さん、明日のご予定にきがあるようでしたら、私達の散歩に付き合っていただきたいのですが、いかがですか?」


 売店での仕事を終えて101号室に戻ると、天ノ川さんから声を掛けられた。


「散歩ですか? もちろんいいですけど、突然どうしたんですか?」


 僕の予定なんて、あってないようなもの。

 天ノ川さんからのお誘いならば、最優先だ。


「実は、先ほどプルちゃんの様子を見に行ったのですが、まゆの中に隠れてしまいまして……」


 プルちゃんとは科学部で飼っているアリジゴクの名前だ。

 オスなのかメスなのかは、いまだに不明である。


「アリジゴクの繭? そんなのがあるんですか」


「はい。もう繭の中でさなぎになってしまっていると思います。しばらく見ていなかったので、いつ羽化してもおかしくない状態です」


「ウスバカゲロウ……でしたっけ。トンボみたいな虫になるんですよね?」

「はい。成虫になると、部室で飼うのは難しくなりますので」


「飛べるのでしたら、外に放してあげれば問題なさそうな気もしますけど」


「それで素敵なパートナーが見付けられるのならばいいのですけど、1人ぼっちで最期まで交尾もできないのは、かわいそうですから。元の場所に返してあげようと思いまして」


「……天ノ川さんは優しいですね」


「ふふふ……甘井さんほどではありません。それに、元の場所に返しておくついでに、またアリジゴクを捕まえておかないと、部長がねてしまいそうですから」


 科学部の部長であるジャイアン先輩は「ぽろり食堂」のお手伝い優先だそうで、まだ寮には戻っていない。


「それで、その『元の場所』はどの辺りなんですか?」


 ジャイアン先輩は「近くの神社」と言っていた気がする。 (第51話参照)


「ここから徒歩で30分くらいのところです」


「『私達』って言ってましたけど、他には誰が行くんですか?」

鬼灯ほおずきさんとネネコさんです」


「もう2人には話してあるんですか?」

「ふふふ……まだですけど、2人が私達の『お願い』を断るわけがないですから」


 その後、僕がポロリちゃんに声を掛けると「ポロリも一緒に行くの」と嬉しそうに答えてくれた。天ノ川さんの言っていた通りだ。


 ネネコさんもお姉さまの「お願い」には逆らえないので、天ノ川さんの計画通りに4人で散歩に出かける事になったのだ。




 今日は4人でモーニングストレッチにも参加した。

 ポロリちゃんも上手く「根回し」して朝食の準備を抜け出して来たらしい。


 4人で朝食をとった後、ゆっくりと身支度をして9時過ぎに部屋を出る。

 外出時の校則ルールにより、4人とも制服姿だが、靴は運動靴。


 荷物持ちの僕は、ネネコさんから借りた白いカバンを肩に掛けている。

 カバンの中身は、冷たい麦茶の入った水筒と虫よけスプレーだ。


 天ノ川さんが肩から斜めにげている――いわゆる「π/」パイスラッシュ――小さな巾着きんちゃく袋には、砂と一緒にプルちゃんの繭が入っているそうだ。


 ネネコさんとポロリちゃんは手ぶらである。


「甘井さん、まだ日差しが強いですから、これをどうぞ」


 校門を出たところで、天ノ川さんから日傘を渡された。


「ありがとうございます」


 僕が日傘を受け取ると、天ノ川さんは別の日傘を差して、ネネコさんを中に入れる。この日傘は、僕とポロリちゃんで使えという事か。


 日傘を広げると、ポロリちゃんも僕の日傘の下に入る。


「えへへ、お兄ちゃんと相合傘なの」

「そうだね」


 僕達の前を歩く、天ノ川さんとネネコさんの身長差は10数センチほど。

 セーラー服のお嬢様が姉妹で並んで日傘に入る後ろ姿は「絵になる」光景だ。


 一方、僕とポロリちゃんの身長差は25センチ以上もある。オトコの僕が日傘を持っているのも不自然だし、ポロリちゃんの顔には日が当たってしまうようだ。


「ロリの日傘、あんまり意味無くね?」


 振り返ったネネコさんがストレートに感想を述べる。

 ポロリちゃんには申し訳ないが、これは事実である。


「ごめんね、もうちょっと僕が上手うまく日傘を差せればいいんだけど」

「ちょっとだけまぶしいけど、ポロリは大丈夫だいじだよ」


 ――全然大丈夫じゃないのに……健気けなげすぎる。


「それでしたら、鬼灯さんと私の場所を入れ替えてみましょうか?」

「ボクとロリが一緒か。そのほうがいいかもね」

「お兄ちゃん、ミユキ先輩と交代してみてもいい?」

「もちろん。――たしかにそのほうが効率的ですね」


 天ノ川さんの提案は全会一致で可決されたようだ。


「ふふふ……甘井さん、傘は私が持ちますよ」 


 天ノ川さんはネネコさんに自分の持っていた日傘を渡すと、僕の持っていた傘を受け取った。


 僕達の前を歩く、ネネコさんとポロリちゃんの身長差は10センチ弱。

 セーラー服の女子中学生が並んで日傘に入っているのも「絵になる」光景だ。


 一方、僕と天ノ川さんの身長差は5センチくらい。日傘を持っているのが天ノ川さんなので、あまり違和感もないのだが、どういうわけか、あまり涼しくはない。


「ふふふ……もう少し体を寄せて下さらないと、顔に日が当たってしまいますよ」


 むしろ体温が上昇してしまったような感じだが、気のせいだろうか。


 15分ほど道路に沿って歩くと、路線バスのバス停が見えた。

 さび付いた丸い鉄板には「生娘神社」と書いてある。


「こんなところに、バス停があるんですね」


「路線バスは、1日に2本しか来ないらしいですよ。神社は、ここから横道に入って、あと15分くらいです」


 バス亭のすぐ近くから、舗装されていない横道が続いていた。道路の真ん中にだけ草が生えている1本道で、両側を森に挟まれたゆるやかな上り坂になっている。


 おそらく車も通るのだろうが、対向車が来たらよけようがない気がする。

 徒歩なら森に入ればよいのだが、少し不気味な感じだ。


「なんか、この道ヤバくね?」

くまとか出そうだよね?」

「森のクマさんと出会えるの?」

「いや、出会ったらまずいし、食べられちゃうかもしれないよ」

「それは、おっかないの」


「ふふふ……出会ったとしても、ヒグマではなくツキノワグマですから、4人いれば勝てるかもしれません」


「それは、多分無理だと思いますけど……」

「この近辺で熊の目撃例はありませんから、心配は入りませんよ」


「それって、ただ人がいないだけじゃね?」

「そんな事はありません。車も通っていますし、人も住んでいますから」


 こんなところに住みたがる人なんて、よほどの変わり者か、先祖代々ずっと住んでいるような人だろう。どうやって生活しているのか想像すらできない。


 ――パチン。


 天ノ川さんの説明を聞いているとき、ポロリちゃんに、突然腕を叩かれた。


「ごねんね。お兄ちゃんの腕に蚊がとまっていたけど。逃げられちゃったの」

「ありがとう。そろそろ準備をしたほうがよさそうだね」

「そうですね。ここから先は虫が多そうですから」 

「なんの準備?」

「これだよ」


 僕は、売店で調達しておいた虫よけスプレーをネネコさんに見せる。


「いいもの持ってるじゃん。ボクにもかけてよ」

「それなら、まずはネネコさんから」


 ――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。


 僕はネネコさんの横にしゃがみ、ネネコさんの両脚に念入りにスプレーする。

 ネネコさんの綺麗きれいな脚が蚊に刺されたら大変だ。


 ――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。


「冷たくて、チョー気持ちいいね。こっちにもかけてよ」


 ネネコさんはセーラー服をめくって、僕におなかを見せる。

 なるほど、ここから蚊が入り込む可能性もあるわけか。


 ――シュッ。


 ネネコさんのお腹にスプレーする。


「今度はこっちね」


 続いて左腕をあげて、僕にわきを見せる。


 ――シュッ。


 右腕をあげて、僕に反対側の腋を見せる。


 ――シュッ。


「こっちもね」


 服の襟元を開けて、上からもスプレーをねだる。

 僕は立ち上げって、上からアポ〇チョコに向けてスプレーする。


 ――シュッ、シュッ。


「顔にもかけてよ」


 ネネコさんは両目をつぶって、顔を上げる。

 ちょっと罪悪感を覚えるが、ネネコさんの顔面に発射する。


 ――シュッ、シュッ。


「ありがと、チョー気持ちよかったよ」

「どういたしまして」


「ふふふ……この2人は相変わらずですね」

「ポロリもそう思うの」


「あれ? なんかロリの顔赤くね? またエロい事でも考えてたんじゃね?」

「そんな事ないよぉ。ネコちゃんのエッチ」


「次は天ノ川さんでいいですか?」

「えっ? 私ですか? 私は、まだ心の準備が……」


「お姉さまには、ボクがスプレーするよ」


 天ノ川さんにスプレーしてあげるのも少し楽しみだったのだが、ネネコさんに虫よけスプレーを奪われてしまった。


「そうですね。私は、ネネコさんにお願いします」


 ――シュッ、シュッ、シュッ。


「つめたっ……ネネコさん、そこはいけません!」


 ――シュッ、シュッ、シュッ。


「あっ、だめです! 下着がれてしまいますから……」


 ネネコさんはお姉さまに対して容赦なかった。おそらく水鉄砲感覚なのだろう。

 これは、僕がスプレーしてあげるより、見ていて面白いかもしれない。


「やっぱりミユキ先輩の方がネコちゃんよりエッチなの」

「あはは、僕もそう思うよ」


 その後、天ノ川さんがポロリちゃんに控えめにスプレーしてあげて、僕はポロリちゃんにスプレーしてもらった。これで森へ入る準備は整ったようだ。

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