第123話 4人揃っていないと困るらしい。
校舎内の売店に顔を出したが、売り場にはお客さんも店員も誰もいない。
まだ寮にいる生徒が非常に少ないので、当然といえば当然である。
お弁当や、おにぎりは全く仕入れていないので、棚はスカスカだ。
お盆休み前に掛けたホコリ
とりあえず、バックルームのドアを開ける。
シートを外す前に、まずは状況確認だ。
部室内には、
リーネさんは「2学期開始の直前に戻る」と夏休み前に本人から聞いている。
「おはようございます」
ここもティータイム中で、お菓子を囲んでいるようなので、僕も
「ダビデしぇん輩、
「すみません、ちょっと自室でくつろいでました」
「そう言えば、アマアマ部屋のみなさんも、私たちと同じバスでしたね」
安井さんと足利先輩は僕と同じバスに乗っていて、駅で挨拶も済ませている。
「私は、今着いたばっかりなんだけどねー」
搦手さんは、1時間後のバスで来たようだ。
「最初のバスで同じ部屋の4人が
「そうですね。みんな、僕の都合に合わせてくれているので。それに、うちの部屋では『仲間外れは禁止』ですから」
「そういうダビデ先輩は、私たちに合わせてくれたんだよね?」
「そうだったんでしゅか?」
「まあ、それもあるかもしれません」
夏休みの課題である「浴衣作り」も残っていて、家ではとても出来そうにない。
――という理由もあるのだが。
「さあ、甘井さんもどうぞ、カンナちゃんからのお
「甘くて
「飲み物は無いから、自分で買ってね。紅茶かコーヒーが合うと思うよ」
「ありがとうございます。じゃあ、先に飲み物を買ってきます」
飲みたいものを各自で用意するのが、ここでのルールだ。一度売り場に出て、良く冷えたペットボトルのコーヒーを無人のレジでスキャンし、生徒手帳をかざす。
普通のコンビニなら万引きされ放題なシステムに見えるが、ここには心を病んでいる人が誰もいないため、品減りも皆無だ。
飲み物を調達し、自分の席に戻る。
搦手さんからのお土産はラスクだった。
「ホワイトチョコのやつが特にお薦めだよ。この銀色の袋」
ラスクは3種類あるようだが、お薦めの銀色の袋は、あと1つしか無いようだ。
「最後の1つみたいですけど、いいんですか?」
「いらないなら、私がもらっちゃうけど」
「いえ、いただきます。――これは
搦手さんが「特にお薦め」というだけの事はある。
さっきの「むにゅっ」とした食感の和菓子も良かったが、「サクッ」とした食感の洋菓子も、なかなかいいものだ。
「でしょ?」
搦手さんは僕の感想を聞いて、満足そうな顔をしていた。
天ノ川さんが選んだお土産の食感が「むにゅっ」で、搦手さんが選んだお土産が「サクッ」というのも、何となく選んだ人の性格が出ているような気がする。
「甘井さん、私達は最終バスの到着の確認へ行って参りますので、お店の方はカンナちゃんと2人でお願いします」
「分かりました」
「アイシュもお姉しゃんと一緒に行きましゅ」
「いってらっしゃーい!」
足利先輩と安井さんが部屋を出てしまい、搦手さんと一緒にお留守番状態だ。
店には誰も来ないので、残りのラスクを2人で食べながら、クーラーの効いた部屋でまったりしている。
「部長さんは、最終バスで帰って来るんですか?」
「お姉さまが戻るのは、来週なんだって」
「そうなんですか。それなら、リーネさんと一緒ですね」
「お姉さまがいないから、今週一杯はメブキ先輩が、私のお姉さまなの」
「足利先輩がお姉さまですか。それだと部屋割りはどうなるんですか?」
「私が
チカナちゃんとは、
「浅田さんも帰って来ないんですね。升田先輩はどうなんですか?」
「チー先輩も来週まで来ないから、ここの3人だけなんだよね」
「202号室は、管理部員だけで、しかも3姉妹なわけですね」
「でも、3人だとメンツが足りないでしょ?」
「部屋の維持条件は満たしていますから、特に問題ないと思いますけど」
寮の各部屋の人数は3名から6名と決められている。 (第63話参照)
3名なら特に問題はないはずだ。
「でも、3人だとメンツが足りないでしょ?」
おしゃべりしながら、最後のラスクを食べ終えてしまった。
「搦手さん、ラスクごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「でも、3人だとメンツが足りないでしょ?」
話題を変えようと思ったのだが、どうやら無理らしい。
「あの……ちょっと怖いんですけど……そんなに麻雀打ちたいんですか?」
「ダビデ先輩は、チー先輩のベッドで寝てみたいとか思わない?」
「思うかもしれませんけど、思ったとしても、本人の許可なしにそんな事したら、ただの変質者ですよね?」
「メブキ先輩を倒して、
「それは、全く思いません。とっても優しくて真面目そうな先輩ですし、そもそも足利先輩って、麻雀を打つような人には見えないんですけど」
というか、搦手さんも麻雀を打つ人には見えないし、安井さんなんて麻雀というゲームの存在自体を知らなそうに見える。
「そこは私がおだてて何とかするからさ。1週間だけダビデ先輩が私のお兄さまになるっていうのはどうかな?」
「お兄さまどころか、搦手さんはお誕生日の時に僕と同い年になったって、喜んでいたじゃないですか。かわいい妹なら間に合ってますし、室長が他の部屋に寝返るわけにはいきませんから」
搦手さんが、1週間だけ僕の妹になってくれるというのも面白そうではあるが、やはり僕のホームは101号室だ。
「えーっ! 徹夜麻雀の最後のチャンスなのに……」
「『徹夜はお肌に悪いですわよ』って、部長さんから言われてたでしょう? 夜はちゃんと休まないと、胸も成長しないかもしれませんよ」 (第84話参照)
「あっ、そうそう。先輩のお陰で、あれから少し大きくなったの。やっぱりオトコの人に
「それは多分、ただの偶然ですよ。ところで搦手さんって、実家でもパッドしているんですか?」
「そんなわけないでしょ。家ではパッドどころか、ブラもしてないし」
「なるほど。だからじゃないですか?」
「どういう意味?」
「小さな靴をずっと履いていると、足が大きくならないって聞きましたけど、常にパッドを入れていると、胸も成長しないのではないかと思うんですよ」
「えっ? もしかして、パッドって入れちゃいけなかったの?」
「いけないとまでは言いませんが、ずっと付けているのはマズイと思いますよ。少し大きくなったのでしたら、尚更です」
「やっぱり外すべき?」
「僕はそう思いますけど」
「ダビデ先輩、それって今晩の脱衣麻雀対策でしょ?」
「そういう訳では無いのですが、搦手さんが僕を誘いたいのなら、半荘1回か2回くらいなら付き合いますよ」
「ホント! やったー、お姉さまもチー先輩もいなければ、今度こそ私の勝ちじゃない?」
「僕だって、そう簡単には負けませんよ」
「じゃあ、とっととお店の仕事を終わらせなきゃね」
「そうですね。まずは2人でホコリ除けのシートを外しましょう」
その日の夕食後、僕は「管理部の会合」という名目で、101号室を抜け出して202号室に遊びに行った。
室長の足利先輩から脱衣麻雀の「脱衣」の部分は却下され、少し拍子抜けはしたが、普段なかなか見られない足利先輩と搦手さんの部屋着姿を目にする事ができ、僕にとっては有意義な対局時間だった。
安井さんは、普段と同じ体操着で、無駄な会話もせずに対局に集中していた。
そして、結果は――役満をあがった安井さんの圧勝で、足利先輩が浮き2着。
僕と搦手さんは3着と4着で、下克上どころか、揃って討ち死にだ。
安井さんが役満をあがったときの「ロン! ダイシャンゲンでしゅ!」という声に、搦手さんの目は点になっていた。寮で役満を見たのは、僕も初めてだった。
何事も油断は禁物である。
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